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Talk

生命のリズムが作りだす未来

湯本裕和 設楽農学校代表・設楽森の広場ユースホステルぺアレント
中村桂子 JT生命誌研究館副館長

生き物が本来のリズムをきちんと刻む社会とは・・・。農業を通して未来を考えたい。湯本さんは、そんな試みを愛知県設楽郡で16年前から始めました。
生命誌研究館が考える未来と同じ未来がみえてきます。

ユースホステルの食堂で。

未来学から農業へ

中村

20年ほど前ですね。湯本さんは工学部出のエンジニアで、これからの社会を考える研究会で一緒に議論していた。社会システムが、自然、とくに生命のリズムがきちんと刻めるものになっていない。農業、医療、ごみ、教育など、生き物がかかわるところは、すべて共通の問題が起きている。私はその意識を生命誌という分野に繋げたのだけれど、湯本さんは農学校。議論では、農業まで工業化しているのはおかしい、むしろ工業を農業化すべきだと話していたのだけれど、まさか、それを実行するとは。

湯本

未来を頭の中で考えるというよりは、未来生活を実践する、というのが私の未来学だったんです。未来は、頭で整理できる世界ではない。生命力というか、生きてるエネルギーというか、大脳だけでなく、体全体でぶつかっていく生命のリアリティがなければダメだ、そして、体全体による体験の積み重ね、時間の蓄積をしたいと思っていました。

中村

それにしてもずいぶん山奥。思い切りましたね。

湯本

東京からなるべく遠いほうがいいと思ってます。都会は、現在が渦巻いていますから、未来が見えにくい。晴耕雨読が未来型知識社会のライフスタイルだと思うのですが、インターネットなどを通じ、そんな未来が現実化していると思います。生命のリアリティを晴耕の部分で確保し、大脳の知的活動を雨読の部分で確保するのが未来型生活だと思います。農業とコンピュータにまたがった生活です。

どっしりとした木曽馬。

コンピュータと農業

中村

農業や生命はコンピュータを拒否するようだけれど、組み込んでいける。農業は複雑系。お天気、土、植物や動物そのものも複雑だし、その絡み合いもある。上手にコンピュータに手伝わせると面白い分野だと思いますね。

湯本

確かにそれはある。でも、私は、ゆったりと自然に身をまかせて、なおトータルで今の近代農法と同じぐらいの生産力があるという農業をやりたいのです。

中村

本当にその生産力が出せますか?

湯本

コンピュータのように、農業もパーソナルな小規模で、多くの人が楽しみながら進める、というやり方が十分可能です。そのほうが生産量も、質も確保できることは間違いありません。

中村

しかし、今は分業化が進んでいて、産業としての農業を考えなくてはいけない。それでも成り立ちますか。

湯本

産業としての農業と、晴耕雨読の生活としての農業の両方を進めるということになるのでしょうか。ただ私としては、知識社会の基盤をなす農業という面に着目したい。われこそはインテリだと思う人は田舎で晴耕雨読。そういう知識社会です。生命のリアリティから、知的な生産力も発生するのではないかと。

中村

都会での情報より、生物や自然から直接得る情報のほうが質が高いということですね。

湯本

そうです。そして雨読の読としてコンピュータやインターネットを使えば、みんなが離れて暮らしても大丈夫という未来社会。

中村

するともう一度社会が小さな共同体になりますね。今、地方分権と言われていますが地方盛況が本質。その基盤に農業を考えている。

湯本

そうです。百姓は考えないとか、職人はしゃべらないとか言われますが、それは逆で、考える百姓、しゃべる職人がいいなと思う。そのほかお坊さんや学校の先生はまた、ちょっと違った存在としてある。

中村

地域に根をおろし、多くの情報は様々なメディアでという形は考えられますか?農業を基盤にするには日本の人口1億2000万や地球の60億は多すぎませんか。

湯本

日本が大丈夫なら地球も大丈夫。日本は1人あたり150坪で、大丈夫だということになっている。

中村

すでに農地になっているところでですか。

湯本

そうです。150坪というのは1人の人間を支える食べ物ができる広さです。

中村

すると1億2000万ちゃんとあくせくせずに、湯本方式で暮らそうと決心さえすれば暮らせるわけね。

湯本

 そっちのほうがいいぞという話にだんだんなると思うんですよ。

中村

 なるほど。新しい技術も社会システムも文化も積み上げられるわけですね。

生き物は途中だらけ

中村

ここには馬や鶏がいて、生まれたばかりの赤ちゃんヤギは可愛い。でも世話は大変でしょう。都会に自然がないという言葉はあまり好きではなく、都会に山ほどいる人間自身も、タンポポもアリも自然だと思います。だから一日飽きない自然はある。ただ生まれたり死んだりに接することは少ない。

湯本

連続した時間のない自然というか。

中村

まさにそう。「ああ、きれいだね」「公園の緑で安らごう」というタイプの自然はある。きれいごとですね。子供が動物の誕生や死を見ることはほとんどない。時間の流れとそこで起きる恐いこと、嫌なことも含めないと。

湯本

私も都会で育ったので、自分の一日一日が連続している人生だという感覚がなかなかもてなかった。

中村

ここは農場ではなくて、農学校にしているのは、そのあたりを考えているのかなと思うのですが。若い人や子供にいちばん教えたいことはそこですか?

湯本

はい。自分の頭で理解するのではなく、自分の体で体験する、つまり、リアリティを自分の手でつかんで欲しい。子供たちに鶏の卵を集めたり、ヤギのミルクをしぼったりさせるのですが、どうしてと、すぐ質問して、答えを頭にしまって、それでお終い。そこにいる生き物を見ないでマニュアルを見ている。

中村

ここまで来ても。

湯本

一生懸命観察しようと、そばへ寄って、触ったりしない。誰かにこれはどうなっているか聞く。いろんなものが身の回りで動いているとか、変わっていくとか、生きたり死んだりしてることに、どっぷり浸かって欲しいなと思う。質問に、私がそれらしい言葉で答えないと、なんだ何も教えないじゃないかって(笑)。

中村

学校なのに何をやっておるかというわけね。とにかく、一刻も早く答えを教えてと。

湯本

そうです、いつも途中がないんですよね。

中村

生き物はプロセスそのもので途中だらけなのに。何日間かいると、マニュアルを見るところから変わることはありますか。

湯本

やっぱり年単位が必要ですね。種を蒔いたら芽が出てきたことに感動する。そして、ひと夏過ぎると畑のいろんな生き物と接するので、面白みがわかってくる。

(左)野草で染めた毛糸も販売。
(中央)味噌も自前で。
(右)鶏も飼っている。

ヤギミルク入りパン

中村

夢を追って農業を始めてみて、一番困ったことは何ですか。

湯本

経済の問題。経済的に成り立たせようとすると合理化路線でいかなきゃいけない。もっと観察して、自然の流れに身をまかせてなんてやっていると、やっぱり経済からはずれる。それはわかってたけど、実際体験すると、これはなかなかだぞと(笑)。

中村

だけどそこのところを解決してこそ、社会にたいしてインパクトがある(笑)。

湯本

今はヤギを増やして、そのミルクをパンにして売っていて、すごく感触がいいなと思っている。たとえば、都会から若い夫婦が入ってきて、ヤギを20頭ぐらい飼って、ミルクをしぼってそれでパンを焼いて出荷する。それは結構…子供を大学にやるぐらいに成り立つ。

中村

それは試行錯誤の末に探し出した経済的に成り立つ話の一つですね。しかもヤギと里山というのは一つの系としていいんじゃないですか。

湯本

いいですよ。ヤギは木の葉っぱを食べるので、餌がいらないんです。

中村

 このパン、さっきからいただいているのですけれど、さっぱりしておいしいですね。どうやって売っているんですか。

湯本

インターネットで宣伝して、宅急便で売っている。ヤギを飼って、パンを焼く生活を基本に、そこにパソコンを持ち込み、いろいろな学問を持ち込み、そこでみんなが学者になっちゃうという未来を描いているのですが。  それにしても、里山は、すごいヒントです。今まで、山奥に引っ込むことばかりイメージしてたんですが、里山は、夢ばかり追っている私の、現実との接点になりそうです。このヒント、ありがたくいただいちゃいます。いろいろな人に応援してもらうこともできそうな気がします。

(左)雑草で飼育出来るヤギ。
(中央)ぱりぱりしていて香ばしい、ヤギミルク入りパン。
(右)袋詰めして出荷する。

伝える・聞く

中村

私も応援します。ところで、16年前に都会でエンジニアとして未来学を考えていた時と今では、考え方、将来性、手応えなど違いますか。

湯本

方向はだいたい同じですけれど、「ああ、そうだ」と自信がもてたし、先も見えてきた。

中村

生命誌研究館も最初はユニークと言われましたが、今は学問や社会がこちらを向いていると実感します。うっかりすると呑み込まれる。お互い基本を見つめると同時に、次を見ていかなくてはいけませんね。

湯本

だいぶ世の中が聞く耳をもってくれるようになった。たとえば、大学の同窓の連中にこんな話をしても通じるわけがないから黙っていた。ところが最近、向こうから時々電話をくれて「お前がやっていることもわかるよ」なんて言ったりする。

中村

湯本さんの同窓生は、都会の一流企業の中心にいる方が多いでしょう。その方たちが考え方を変えるというのは、とても大きいことなのでは。

湯本

そうですよね。

中村

同窓会に出ていって、一席ぶつといいですよ。

湯本

それに、みんな引退後をチラチラ考えている。産業界から引退した自分をどう設計するかというテーマが出てきて、そうなった時に私と話が合うという点もある。

中村

同窓会に行って、日本の産業界と高齢社会の両方の未来を引き受けてください。ちょっと大変だけど(笑)。

(写真=西村陽一郎)

湯本裕和(ゆもと・ひろかず)

1973年早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。(財)未来工学研究所で、脱産業社会、情報社会論、人間と科学技術の関わりを調査研究。未来の生き方として、自給自足的な農業の重要性に考え至り、83年、脱サラ。農業の体験学校を設立、その後ユースホステルを併設。現在、里山保全と食料自給率向上のため、森でヤギを飼う計画を進める。森の中でインターネットを活用し、ものを考え、ものを語り書く未来型隠居生活を夢みている。

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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