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10. ダーウィンの時代精神 ヴォーン・ウィリアムス『海の交響曲』岡田節人の「音楽放談」

わが生命誌研究館の前サイエンス・ディレクター茂木和行は、1995年3月の、"生命誌版生物進化の物語『ピーターと狼』"の上演の成功に続いて、ダーウィンの『ビーグル号航海記』の朗読と音楽を融合させた上演に意欲をもっていた。この計画はまだ具体化していないが、いささか音楽愛好家として深入りしすぎている私は、そのために作曲されたような音楽がある、と言っていたものだ。

その音楽とは、ヴォーン・ウィリアムス(1872-1958)が1908年に作曲した『海の交響曲』(交響曲第一番)である。管弦楽、合唱、二人のソロイストという、大規模な音楽(演奏時間65分)なので、とてもおいそれと上演できるような代物ではない。しかし、いつの日にか、という私の思いのためにも、ここで紹介しておきたい。

イギリスにはオペラの伝統はない。しかしヘンデルの『メサイヤ』からエルガーの『ゲロンティアスの夢』に至る合唱音楽の、誇るべき歴史をもっている。それらはキリスト教的な題材によるものが多いわけだが、ダーウィン後の世代(たとえばボールト指揮のEMlのCDの解説書にもそう定義している)に入ると、より自由で広大な時代精神によるテキストを求めて作曲されるようになった。

『海の交響曲』は、このような精神を代表するホイットマンの詩の世界と一体となって、海の情景と航海とを壮麗に歌い上げている。とりわけ、クライマックスの「冒険者たち」と冠された第四楽章にはこうある。「アダムとイヴの子孫たちは、大地の秘密を解き明かすべく、今や休みなき疑問への熱にうなされ冒険を続ける」と。ここには生物学、博物学の創始の精神が具体的に、雄大な音楽をもって息づいている。これこそ進化論のための、そしてダーウィン以後の時代のための、オラトリオでありカンタータである。

作曲家ウィリアムスは、かの陶磁器の老舗として名高いウェッジウッド家と、そしてダーウィン家とも親戚であり、個人的環境からしても、この交響曲を作曲する時代精神の中核にあったといえる。

[参考]
ボールト指揮
(EMl CDC-7472122)。
素晴らしい演奏だが、日本版にはない。日本では、朝比奈隆指揮の大阪フィルが大阪で演奏した。
CDとしては、アンドリュー・デイヴィス指揮のもの(Teldec 4509-94550-2)が販売されている。