オペラ『蝶々夫人』を、生物に題材した音楽作品の中に入れでもしたら、それこそお笑い草である。悲しい運命をたどる、可憐なヒロインの日本人少女の名がたまたま蝶々さんであるのであって、自然界の蝶とはなんの関係もない作品なのだ。しかし、このオペラを少し詳しく、台本に注意しながら調べてみると、じつに興味深い一節がある。それは、蝶々という生物についてでなく、大袈裟にいうと「生物学」についてのお話になる。
第1幕の終わり。伯父のボンゾ(僧侶)に呪われ、いざこざのあった結婚式が後味悪く終わり、ピンカートンと涙にくれる蝶々さんの二人が残り、有名な愛の二重唱となる。まさに名場面であり、プッチーニは腕によりをかけて、愛の陶酔の音楽を作っている。そのちょうど半ばごろ、音楽は突然それまでの甘美さを離れ、蝶々さんは叫ぶように歌う。
「海の向こうでは、
蝶々はつかまえられると、
ピンに刺されて殺されて、
箱の中に閉じ込められるんですってね」
こういう歌詞が書かれていることは、海の向こうの国々(西欧)では、生物を採集し、コレクトし、標本にする、という生物の科学のもっとも始原的な行為が、どれほど社会一般に定着していたかをじつによく物語っている。オペラに昆虫採集が登場しているなんて、意外そうで、じつは意外でも何でもないことかもしれないのだ。
このオペラの台本を書いたイリカとジャコーザは、それを1902年に完成して作曲家プッチーニに渡している。20世紀のはじめのことであり、世界中の蝶々の主なもの(約2万種類にのぼる)は、もう記載されつくされていた時代だ。だから、蝶々の採集、コレクションそのものは何の新しさもないことだ。しかし、それがなんとオペラという、蝶々集めなどとはまったく別の世界の創造的行為にまで、脚本家はこういう歌詞を書き、作曲家も、たぶん何の違和感もなしに作曲したにちがいない。ということになると、これは私たちの常識を超えている。大袈裟にいうと、きわめて西欧的な文明の現象をここに見ているという思いさえ、私にはするのだ。
もちろん、イリカとジャコーザは、日本のやさしさと可憐さの対極としての、西欧の「残酷さ」といったものを、ここで浮き彫りにしようと試みているはずだ。善かれ悪しかれ、その残酷さが、西欧において生物の科学が創設されたこととは無関係ともいえないだろう。
目次
1. オペラの中の蝶 | 1993年2号 |
2. 北欧の人の心と鳥たち | 1993年3号 |
3. シュトラウスの昆虫 | 1994年4号 |
4. ハイドンの『天地創造』に生命誌を聴く | 1994年6号 |
5. マルチヌーの『胡蝶と極楽鳥』 | 1995年7号 |
6. シベリウス『樹の組曲』 | 1995年9号 |
7. かげろうの哀れ—ルーセルの『クモの宴』 | 1995年10号 |
番外編 音楽のなかの昆虫たち | 1996年11号 |
8. ラヴェル『マダガスカル島民の歌』 | 1996年12号 |
9. 琥珀のしじまの音 | 1996年13号 |
10. ダーウィンの時代精神 ヴォーン・ウィリアムス『海の交響曲』 | 1996年14号 |
拡大版 音楽の架け橋で科学へ | 1997年15号 |
11. ハイドンのシンフォ二一 | 1997年16号 |
12. 鴎の死に生命自然の霊を聴く—ラウタヴァーラの「至福の島」 | 1997年17号 |
13. 女性作曲家の作品を聴く | 1998年18号 |
番外編 音楽に聴く生命誌 | 1998年19号 |
14. 発掘された音楽—ブラウンフェルスのオペラ『鳥たち』 | 1998年20号 |
15. 科学者と音楽家の幸福なデュオ マルチヌー『五つの連作マドリガル』 | 1998年21号 |
16. 春の寿歌—ブリテンの『春の交響曲』 | 1999年23号 |