FROM BRH 20周年の報告とこれからの展望
生きもの愛づる人びとの物語り3
研究と表現の両輪による活動を続けて20年、明確なまとまりが見えてきました。これをどのように生かし、どう展開するか。次の10年に向けて考えています。よい提案がありましたら是非。
CHAPTER
1.ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ
生命誌展のポスターの解説
生物は形態、機能、行動を多様に変化させ、生存戦略を多様化させてきた。この多様化の駆動力は、ゲノムの進化である。私たちは、「生物の形態の多様性をゲノムの進化と関連づけて理解したい」という目的意識を持って、生命誌研究館で10年以上にわたり研究を行ってきた。生命誌展のポスターは、その私たちの研究の歩みを年代順に記した。
ゲノムは情報である。変化を受けながら次世代に引き継がれる。私たちの研究は、その情報と生物の形態をつなぐ実体に注目してきた。実体とは、からだを構成する「細胞」と、からだを形作る「発生のメカニズム」である。私たちは、多細胞生物の細胞の基本機能を担う接着分子の構造に動物グループ間で大きな違いがあること、そして、からだの基本体制を決めるシグナル分子の使い方には同じ動物グループの中でも大きな違いがあることを発見した。
違いを発見することは多様性を理解する第一歩である。しかし、様々な違いを列挙することが、科学者としての私たちのゴールではない。次のステップへの鍵は、多様な中に法則性を見出せるかである。接着分子の研究は、そのような法則性の存在を提案した。生物の進化は偶然の積み重ねだとよく言われるが、すべてが偶然ではないと、私たちは信じる。
2014年3月1日に開催されたBRH20周年を記念する催し「生命展」の様子。専門、非専門の枠を越え多くの方と館員が語り合う場となった。
どうしてか? 細胞も発生メカニズも、物理•化学の法則に支配されているからである。例えば、組織が形を変えるには細胞が生み出す力が必要であり、からだのパターンを生み出すには分子の拡散が必要である。生物の多様性形成を駆動するゲノムの進化と物理•化学の法則との関係、次の10年の研究課題も、生命誌展のポスターに描いた。
20周年BRHシンポジウムシリーズ第3,4回合同
「系統関係、形態、生態をむすぶ新ゲノム時代の進化学」
第一部「細胞のつながり方の進化と表現型の進化」
シンポジウムは2研究室で共催し、「系統関係、形態、生態をむすぶ新ゲノム時代の進化学」と題した。このシンポジウムの大きな目的のひとつは研究者をつなぐことにあった。自分の分野から離れていると思っている分野の研究者が集まり、他の研究者の話を聞く。すると、意外に自分の分野とつながっていると感じたり、異なる分野をまたがって研究している研究者の努力に気づいたり、時には、他の研究分野の説得力の弱さに疑問をもったりする。こうして研究者間の交流を広げながら、新たな研究のヒントを得る場を求めてのシンポジウムが参加者にその実感を与えられたならば幸いである。
私たちの研究室が主催したセッションでは、細胞レベルの進化と組織、個体レベルの進化を結びつけている研究者に講演をしていただいた。多細胞動物の進化を理解する上で、からだの最小構成要素である細胞の仕組みに対する理解は欠かせない。しかし、細胞レベルの研究は、私たちの研究室の研究も含め、個体レベルの形態にどのように結びつくかを示すことが難しいために、進化学として注目されることは少ない。細胞生物学が、形態形成を扱う発生学だけでなく、系統学や生態学などにも近い関係にあることがセッション全体として示すことができたならばうれしい。
20周年BRHシンポジウムシリーズについて→
ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ→
2. DNAから進化を探るラボ
はじめに
地球上には数千万種の生物が存在していると言われている。生物はどうやってこれほど多種多様になったのだろうか。生物の多様性を理解するために、我々は地球上でもっとも多様化している昆虫類に焦点を当てて研究を行ってきた。
生物の多様化をオサムシで探る
甲虫の仲間であるオサムシは、主として北半球に分布し、世界に約1000種、日本には35種が生息している。この仲間のほとんどは後ろ翅が退化して飛べない。そのため移動が制限され、地域的変異が出やすく、生物の進化・多様化・地史と関連した分布圏の成立過程などを考察するのに格好の材料となる。これらの問題へのアプローチとして、日本産 35 種を含む世界のオサムシ数百種・数千個体のミトコンドリア DNA や核遺伝子の塩基配列を決定し、系統関係を調べ、オサムシの系統と進化を世界に先駆けて考察した。
その結果、オサムシの日本列島への進入経路・マイマイカブリの系統分化と日本列島の形成史との関連などを解明できた。また、一斉放散・並行進化・不連続的形態進化・「動の進化」と「静の進化」など様々な進化様式をオサムシから発見した。これらのオサムシ研究はアマチュアと研究者のコラボレーションの結晶であり、昆虫分子系統学・進化と地史の関連研究の発展の基礎を作ったと自負している。
2014年3月1日に開催されたBRH20周年を記念する催し「生命展」の様子。
昆虫と植物のつながりから生物の多様性を探る
花粉を運ぶ動物の大部分が昆虫であること、昆虫の大部分が植物を食べることなどから、昆虫の多様化は植物とのつながりの中で起きていると言える。昆虫と植物の関係の中でも、イチジク属植物とイチジクコバチの共生関係は特に注目に値する。それは、両者は繁殖のために互いに強く依存し合うだけでなく、「1種対1種」という種特異性の高い絶対送粉共生系を構築しているからである。このような関係にある生物種の種分化と多様化は同調的に起こる(共進化・共種分化)と考えられる。私たちは、分子系統学・集団遺伝学・化学生態学など様々な側面から、イチジク属植物とイチジクコバチの共生関係の構築・維持、種分化・多様化機構の解明を行ってきた。
解析の結果、日本産のイチジク属植物とイチジクコバチでは「1対1」の関係を厳密に保ちながら両者が進化していることが明らかになった。一方、メキシコ産のイチジク属植物とイチジクコバチでは、近縁種間で「1対1」関係の乱れが見られた。また、小笠原諸島固有のイチジク属植物3種を調べたところ、それらは雑種起源であることが判明した。これらの結果は、「1対1」関係の乱れと再構築がイチジク属植物とイチジクコバチの共種分化過程の一つであることを示唆している。今後、種内集団間や近縁種間の比較を通して、共種分化過程・共生関係の再構築過程を明らかにしたい。
昆虫の起源と節足動物の系統進化を探る
昆虫の多様化を理解するには、昆虫がどのような共通祖先から分岐したのか・1種の共通祖先から現在の多種多様な種になるまでどういう道筋をたどってきたのかといった昆虫多様化の歴史を知ることが重要である。そのために、私たちは分子系統学的手法を用いて昆虫類を中心とした節足動物の系統関係の解明に取り組んできた。
私たちの研究によって、昆虫類の系統関係について長く議論されてきた多くの問題に決着をつけることができた。具体的には、ナナフシ目・カマキリ目・バッタ目など11目を含む多新翅類が単系統であることやネジレバネ目に最も近縁なのはコウチュウ目であることなどである。また、昆虫類で最初に分岐したのはカマアシムシ目であり、従来の分類群である内顎綱が単一起源ではないことも判明した。さらに、昆虫類の起源に関わる鰓脚類と多足類の系統関係も明らかにしてきた。特に多足類では、コムカデが最初に分岐したことと、その分岐はこれまで考えていたよりも遙に古いカンブリア紀初期に遡ることなど新しい仮説を提唱することができた。
これからの研究
今後も昆虫類の多様化という焦点をぼかさずに研究を進めていきたい。進化・多様化の研究のキーワードは「比較」である。これまでは主として系統関係をもとに表現型を比較して多様化の様式と過程を考察してきた。ゲノム解析が可能になった今、その恩恵を逃すわけにはいかない。ゲノムの比較・表現型の比較、さらにはゲノムから表現型に至るまでの分子機構の比較を通して、生物の多様化の過程を探っていきたい。
20周年BRHシンポジウムシリーズ第3,4回合同
「系統関係、形態、生態をむすぶ新ゲノム時代の進化学」
第二部「昆虫の系統進化と形態、生態の進化」
これまで以上に多分野間での広範囲な議論と交流を求めて、第3・4回を合同で開催した。シンポジウムの第1部は小田ラボ、第2部は蘇ラボが主催したので、ここでは、第2部について書く。
生物はさまざまな環境に適応して多様化を遂げてきた。その中で生物同士の相互作用も多様化をもたらす大きな原動力となっている。全動物種の7割以上を占める昆虫類は多様化戦略においてもっとも成功した動物群であるといえる。したがって、昆虫類の多様化への理解は生物多様化機構の解明に繋がると考えられる。今回、昆虫類の多様化の理解に焦点を当てて3名の外部研究者を招き、系統進化・形態形成の分子機構・植物との相互作用など様々な側面から昆虫の多様化について講演と議論を行った。100名ほどの参加者により、講演後の質問や総合討論は大いに盛り上がった。昆虫類の多様化の理解には、ゲノム上の多様性と表現型の多様性とのつながりの理解が非常に重要であることを改めて実感した。