RESEARCH
生物活動の痕跡が示す大量絶滅の真相
酸素を呼吸する私たちと異なり、海底や湖底の泥層には、硫酸イオンと有機物を利用して生きる硫酸還元バクテリアがいる。太古より続くこの生物活動の痕跡を手掛かりに、生物大量絶滅をもたらす地球環境の変動を読み解く。
1.生命のバトン
地球上の生命はその発生以降途切れることなく現在まで続いてきた。ただし、陸上競技のリレー種目のように、その主役は時代とともに移り変わっている。例えば、中生代(註1)と呼ばれる時代は恐竜をはじめとする大型爬虫類の全盛期であったが、生命のバトンはその末期には哺乳類へと託された。主役の交代は決して緩やかなものではなく、環境激変によって引き起こされた生物の大量絶滅によるものである。絶滅によって空白が生じた生態的地位(ニッチ)を埋める形で、それまで主流ではなかった哺乳類の繁栄が始まったのである。
(註1) 中生代
地質年代の一つ。約2億5000万年前から6500万年前までの時代。
2.生物大量絶滅と硫酸酸性雨
環境激変による生物の絶滅は大量絶滅イベントと呼ばれており、生物史の中で5回起きたことが分かっている。先に述べた中生代末における環境激変は、隕石衝突が引きがねになったと考えられている。この学説は当初「異端」と言われていたが、多くの研究が積み重ねられた結果、一般的に認められるようになり、今では他の大量絶滅イベントについても隕石衝突との関連が議論されるようになってきた。しかし、大量絶滅を引き起こす要因はこれだけではない。
大量絶滅イベントの引きがねとなる現象として、隕石・彗星など地球外小天体の地球への衝突に加えて、大規模な火山活動を挙げることができる。これらの事象はいずれも硫酸酸性雨と関連することが分かっている。
地球外小天体には硫黄分が含まれており、それが地球に衝突するときに酸化され、地球大気にSO2(二酸化硫黄)が放出される(図1)。中生代末の隕石衝突の場合には、隕石からのSO2に加えて、衝突地点の地層に含まれていた硫酸塩鉱物の分解によって生じたSO2も加わったことが分かっている。大気中に放出されたSO2は酸化されて硫酸エアロゾルを形成し、最終的には酸性雨として地表に到達する。こうして放出された大量のSO2は、速やかに酸化されるので、例えば中生代末の隕石衝突による酸性雨は10年程度で収まったと考えられている。
(図1) 隕石衝突による酸性雨が地表に到るまで
一方、洪水玄武岩(註2)と呼ばれる非常に大きな岩体を形成した大規模火山活動がいくつか知られている。このような火山活動において、SO2は火山ガスとして大気に放出され、酸性雨が引き起こされる。例えば、シベリア洪水玄武岩を形成した火山活動は古生代(註3)末に起きたとされ、それは数10万年程度続いたと考えられている。
このように隕石衝突で引き起こされる酸性雨と大規模火山活動による酸性雨とでは持続期間がまったく異なる。私たちは、地層中に酸性雨の指標を見出し、その継続期間を明らかにすることで、大量絶滅イベントの引きがねが何であったのかを理解しようと考えた。
(註2) 洪水玄武岩(こうずいげんぶがん)
流動性の良い玄武岩質の溶岩がくり返し大量に噴出して形成されたと考えられる巨大な岩体。形成される地形から台地玄武岩とも呼ばれている。
(註3) 古生代
地質年代中、原生代の後、中生代の前の時代。約5億4000万年前から2億5000万年前までの時代。
3.現在の環境に探る酸性雨の指標
まず、現在起きている酸性雨の影響が何にみられるかを調べ、指標の手掛かりを探した。そのような指標の一つとして硫化物濃度を挙げることができる(図2上)。これには、生命の起源に近い頃から存在し、今も湖沼や海洋の底の無酸素環境に生息している硫酸還元バクテリアが関与している。
バクテリアによる硫酸還元には硫酸イオンと有機物が必要である。淡水環境では一般的に、藻類など生物の遺骸に由来する有機物は多いが硫酸イオンが少ない。このように硫酸イオンが不足した環境での硫化物生成量は硫酸イオンの量に比例して決まる。一方、海洋底では逆に、硫酸イオンは多いが有機物が不足している。このような環境では、硫化物生成量は硫酸イオンではなく有機物の量に比例する。
もう一つの指標は、堆積する硫化物の同位体(註4)比であり、これも淡水と海洋で違っている(図2下)。これは硫化物を生成するバクテリアが硫酸イオンを還元する際に、質量数の異なる硫黄同位体のうち32Sを選り好みするためである。淡水環境は硫酸イオンが少ないので、バクテリアは選り好みができずに、泥層中の間隙水(註5)に含まれる硫酸イオンのほぼすべてを使って硫化物に還元する。したがって、淡水環境では硫化物と硫酸イオンの同位体比は変わらない。一方、硫酸イオンが潤沢な海洋環境では、バクテリアは選り好みをして34Sよりも32Sを選択的に還元するので、硫化物と硫酸イオンの同位体比に差が生じる。
(図2) 過去の酸性雨を探るための2つの指標
つまり、淡水性の堆積物中に保存された硫化物濃度と同位体比を指標にすれば、それができた時の環境中の硫酸濃度が推定できるのである。硫酸イオンが少ないはずの淡水環境で、海底に匹敵する同位体比の硫化物が堆積していた場合、そこで環境中の硫酸イオンを増大させる重大な出来事があったと考えてよい。
実際の堆積岩の分析では、硫化物の濃度自体は堆積物中の他の成分の増減によっても変化するので、有機物/硫化物比(C/S)を指標として用いる。淡水環境で硫酸イオン濃度の増減によりC/S比、同位体比(34S/32S)といった指標がどのように変化するのか予想すると、図3のようになる。環境中の硫酸イオンが増えると、C/S比は低下するがδ34S(註6)に変化はみられない。さらに硫酸イオンが増えると、海洋環境で見出されるように、C/S比はほとんど変化せずに同位体比が大きく低下することになる。
(註4) 同位体 [isotope]
原子番号が同じで、質量数が異なる元素。陽子の数が同じで、中性子の数の異なる原子核をもつ原子。
(註5) 間隙水(かんげきすい)
多孔性物質の間隙に存在している水。
(註6) δ34S
δ34Sは標準試料の34S/32Sからのずれを千分率で示したもので以下の式で表す。
δ34S = [ ( 34S/32S ) 試料 / ( 34S/32S ) 標準試料 -1 ] x 1000
4.酸性雨の継続期間から環境変動を読み解く
これらの指標を用い、過去に起きた2つの大量絶滅イベント、中生代末・古生代末に相当する淡水性堆積岩を分析した。中生代末の白亜紀-第三紀(K-T)境界に対応する堆積岩では、有機物/硫化物比(C/S)と同位体比が低下した(図4左)。K-T境界は粘土層で特徴付けられるが、その層でだけこれらの指標が変化しており、これは、短期間のイベントであったことが分かった。はじめに述べたように、隕石衝突による突発的な環境変動だったのだろう(図4右)。この時、恐竜を含む多くの陸上生物は滅んだが、淡水の生物は絶滅を免れた。これは隕石衝突に伴って形成されたCaに富む鉱物が水中で酸を中和したことによると考えている。
(図4) 中生代末の淡水性堆積岩の分析
もう一つの大量絶滅イベントである、古生代末のペルム紀-トリアス紀(P-T)境界に対応する堆積岩(写真)の分析からは、図3で予測した2段階の指標の変位が見出せた(図5左)。まずC/S比は低下するが同位体比は変化しない状態が一定期間持続し、次いで、C/S比は一定のままで同位体比の急激な低下がみられたのである。この時、淡水環境中の硫酸イオンは海底に匹敵するほど増加していたことになる。この変位に対応する堆積期間は数千年程度と推測できた。隕石衝突では10年程度の酸性雨しか起こらない。数千年にわたり断続的に続いた硫酸酸性雨は大規模火山活動によるものと考えることができる。中生代末には、境界層でだけ急激な変位が見られたのに対し、この場合にはゆっくりとした変位である。
(写真)
P-T境界に相当する淡水性の堆積岩(南アフリカSenekal)
ハンマーの位置が境界層、その上下に硫化物が濃縮している。
(図5) 古生代末の淡水性堆積岩の分析
P-T境界は、先述のシベリア洪水玄武岩を形成した大規模火山活動の時期と一致することが知られているので、これと関連した酸性雨と考えられる(図5右)。ところで、溶岩の噴出期間は数十万年、それに比べると、私たちが堆積岩に見出した数千年という酸性雨の期間は非常に短い。そこで、この時の酸性雨は、直接火山ガスによりもたらされたものではないと考える必要がある。では、数千年の間で環境中の硫酸濃度を上昇させた直接の要因は何だったのだろうか。
5.第三の引きがね
火山活動では、火山ガスとしてSO2だけでなく、CO2(二酸化炭素)も大気に放出される(図6)。これによって温暖化が促進されると、低温で安定な海底のメタンハイドレート層が崩壊し、メタンとその酸化によって生成したCO2による温室効果で温暖化が加速されることになる。メタンハイドレートとはメタンガスと水からなる物質であり、そのメタンの多くは無酸素環境下でのバクテリアによる有機物分解を起源としている。メタンが大量に蓄えられた海底には、同様にバクテリアにより生成した硫化水素(H2S)も存在し、これも温度の上昇に伴って大気に放出されるだろう。H2Sも酸化されると、最終的には硫酸酸性雨として地表に到達する。つまり温暖化やメタンハイドレート層の崩壊を含む複合的な連鎖が、数千年にわたる断続的な酸性雨をもたらしたのではないかと考えられるのである。
(図6) 数千年の間、酸性雨をもたらした複合連鎖による環境激変
この規模の環境変動になると、もともと豊富だった海洋の硫酸イオンの同位体比も変えてしまう可能性も高い。現在、私たちは海洋堆積物を起源とする堆積岩からその傾向を読み取ろうとして、各地からの試料を用いて研究を進めている。これまでの分析で、場所による違いなどを通じて、酸性雨の規模が推定できる可能性が出てきた。硫酸酸性雨の指標をもとに、過去のイベントの内容を読み取ることができるようになってきたのである。他の大量絶滅についてもこれを適用して、その成因を議論していきたい。
地球の歴史の中で起きた環境の激変の理解は知的好奇心をそそるだけでなく、現在起きている温暖化や酸性雨をどう解析し、その影響はどうなるかを知ることにつながる。過去に何度も起きた環境激変と大量絶滅から学ぶことは多い。
丸岡照幸(まるおか てるゆき)
滋賀県生まれ。1999年大阪大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士。ウィーン大学、ワシントン大学、大阪市立大学において博士研究員を勤め、2005年筑波大学大学院生命環境科学研究科講師、2008年より同研究科准教授。