Special Story
刺胞動物を探る
サンゴの一風変わった進化
「刺胞動物」というと耳慣れないが、サンゴ、イソギンチャク、クラゲなど、じつはよく知られた生き物たちだ。ショウジョウバエなどのモデル生物での研究を基礎にして、今、刺胞動物を使った新しい研究が始まっている。サンゴの研究からは、驚くべき進化の一面が見えてきた。
CHAPTER
サンゴとは
紺碧の海に白い砂浜。広がる珊瑚礁に色鮮やかな魚の乱舞。南の島々を思う時、頭に浮かべるのはこんな光景だろう。このような熱帯らしい風景が保たれるのは、じつは珊瑚礁あればこそなのである。珊瑚礁は島の地形を造り上げるとともに、熱帯雨林に匹敵する生物多様性と二酸化炭素の固定能力をもっている。その珊瑚礁をつくるサンゴとはいったいどんな生き物なのだろう。
サンゴはイソギンチャクと同じ刺胞動物の仲間で、3mm程度のイソギンチャク型の個虫(ポリプ)が骨格の表面の管の中に潜み、触手を広げてプランクトンを待ち構えている。ポリプは分裂して数をふやし、ひとかたまりのクローン性の群体として成長する。その過程で炭酸カルシウムを沈着させて伸びていく。成長の仕方、つまり、いつ、どこで、どちらに枝分かれを始めるかは、種によって固有のパターンがある。テーブルのように広がるもの、鹿角のように枝を伸ばすもの、カリフラワーのような形のもの、果ては岩盤を薄く覆うもの、じつに様々な形になる。
一方、分類学上ではこれら珊瑚礁のサンゴの多くはミドリイシ属という一つの「属」に含まれる。ミドリイシの仲間が現れたのは約350万年前と化石から推定されているが、今では、150種とも200種ともいわれる多様な種が存在する。いろいろな形の種が、短期間にどのように進化してきたのだろうか。
私たちの研究グループはこのミドリイシサンゴの進化の謎に迫ろうと、4年前から研究を始めた。そもそものきっかけは、遺伝学研究所でヒドラを一緒に研究していた杉山勉先生が、「生物の研究をするのなら、もっと自然の中の生物を見なくてはいけない」とサンゴの産卵期に沖縄に派遣してくれたことだった。多くの生物研究が、実験室だけで、時には、その生き物を見ることなく行われている現状への危惧をこめた先生の誘いだったのだろう。サンゴはヒドラと同じ門に属しながらもまるで違う生き物で、多様な生物の現実に触れるにはいい機会だった。
しかし、サンゴそのものの生物学的研究は、あまり盛んというわけではない。そもそもサンゴのふえ方さえ、ほとんどわかっていないのだ。唯一有名なのは、一斉放卵という現象である。その一斉放卵を実際に目の当たりにすることができたからこそ、この研究の道すじを見いだせたのだった。
一斉放卵と雑種のできる可能性
珊瑚礁では、同一海域に生息する多数の種や属のサンゴが、初夏の満月近くの夜に一斉に放卵・放精する。
スギノキミドリイシサンゴ
突起の小さなくぼみの一つ一つにイソギンチャクに似たポリプが入っている。ポリプとポリプはお互いに薄い膜でくっついている。(写真=楚山勇)
雌雄同体の各ポリプから約10個の卵と精子嚢が一つにまとまって放出される。やがて、それは海面に達し、はじけ、波によって拡散し、他の卵や精子と出会い受精する。浅い海底を埋め尽くすサンゴから産み出される大量の卵は、湧き上がる雪のようで、翌朝には赤潮と見間違えるほどに海面を赤く染める。一斉放卵は年に一度のスペクタクルだが、このことはまた、種の存在を脅かす可能性も秘めているのだ。なにしろ、サンゴは植物と同じく動けない。しかも、様々な種の個体が隣り合って生息している。それが近縁な種であれば、同時に産み出された卵と精子は混ざり合い雑種を生じてしまうかもしれないからだ。
もしも、毎年雑種が生まれているとすれば、雑種個体がたくさんいるだろう。もしかしたら、それらを特定の種として分類してしまっているのかもしれない。
実際に沖縄の海に潜り、形態を観察すると、ひと目で雑種とわかるような形態は見当たらない。たとえば、枝状タイプとテーブル状タイプの中間的な形態の個体はないのだ。一方で、種内の違いなのか種そのものの違いなのか判断に困るような、微妙で連続的な形態の違いもある。一斉放卵を通して、本当に雑種が産み出されているのだろうか。それをまず、実験で調べることにした。
いろいろな形のサンゴが隣り合っている
①ウスコモンサンゴ、②ツツユビミドリイシ、③ショウガサンゴ、④サンゴ群落、⑤スギノキミドリイシ、⑥ウスリネスリバチサンゴ 、⑦クシハダミドリイシ(写真=楚山勇)
交配実験
種間で交配があり得るのか、11種のミドリイシ属サンゴのかけあわせを行って受精の有無を調べた。各群体から卵と精子を採集し、種内または種間の他群体のものと混ぜ合わせし受精率を計測したのだ。といってもこの実験、年に一度の一斉放卵の時にしか行えない。しかも、自然の中における生物の研究であるから、実際、沖縄に行かなければならない。幸い沖縄の慶良間には阿嘉島臨海研究所があり、共同研究としてそこのスタッフの全面的参画を得ることができた。最近では6月になると阿嘉島に向かうのが恒例になっている。
実際の産卵は水温などの影響で、満月の日とは限らず、その前後のいつ起こるかはわからない。そのため、毎日海に潜ってサンゴの状態を観察する。産卵間近になると、一つ一つのポリプの中に、赤い卵が見え始める。そうなったら、交配したいサンゴを昼間のうちに一部とり、港内の海中に沈め、夜を待つ。産卵の兆候が見え始めたらそれぞれ一緒にならないようにバケツに入れ、研究所まで持ち帰る。こうやって、卵をとり分け、何百種類もの組み合わせの交配を徹夜で行なうのだ。この方法を見つけるまでに何度失敗を繰り返したことか。自然相手の難しさを実感した。
交配実験の結果、サンゴは自家受精せず、同種の間では100%近い受精率だった。さらに、種間での交配が起こる組み合わせが見つかった。しかも驚くべきことに、枝状とカリフラワー状といった、形態の違いが誰の目にも明らかな種の間でも交配があったのだ。その一方で、形態的には種内の個体差と考えられてきた小さな形態の違いが、じつは種の違いとすべきであるような例も見つかった。つまり、形態分類で種として取り扱っている単位と、生殖隔離による単位は基本的には一致しているが、例外があること、さらに、雑種をつくる種の組み合わせは形態の違いと無関係であることがわかってきたのだ。
交配実験の次に、種間交配で生じた幼生が本当に雑種であるということを、DNAを抽出し、遺伝子解析による親子鑑定で確認した。そして、少なくとも着生・変態してイソギンチャク型のポリプにまでは育つことも確認した。この幼生がいったい、どんな形態に成長するのか、興味津々だ。しかしミドリイシサンゴを幼生から親になるまで人の管理下で飼育する技術はまだ開発されていない(それゆえに珊瑚礁修復も進まないのだ)。雑種幼生が得られても、成熟個体の形態を見ることも生殖能力を確かめることも、現状ではできないのが残念だが、いつかは飼育法を見つけてこの問題を解決したいと思っている。
雑種が生まれることはわかった。では、今までに自然界で生じてきた雑種は不妊だったのだろうか。もし、雑種が不妊ではなく、親と同じ種と交配をし続けてきたのなら、種間で遺伝子の交換が行われてきたことになる。それによって、かつて別々だった2つの種は1つの種に融合するということも起こったはずだ。そこで、自然界における今までの雑種の痕跡、つまり、種の間での遺伝子のやりとりを見つけることができないかと考えた。
一斉放卵と交配実験
①サボテンミドリイシの一斉放卵。海一面にこの光景が広がる。この年(1997年)は6月の満月から4日後の夜10時半から11時過ぎ頃だった。
②サンゴ群体に識別番号を付け、一部を採取する(採取許可が必要)。
③ボウルの中で個別に産卵させる。水面に浮くオレンジ色の粒は、卵と精子が入っている袋(バンドル)。
④サンゴごとに卵と精子を分離して整列させる。
⑤総当たりの組み合わせで卵と精子を混ぜる。卵と精子が元気なうちに作業を終了しなければならない。時間との戦いで殺気立つ。3時間の仮眠の後、受精率の計測が始まる。
(写真=服田昌之)
遺伝子の移動の痕跡
人間の顔がひとりひとり違うようにDNA配列も個体ごとに少しずつ異なっている。近い親戚は顔が似ているように塩基配列もよく似ているだろうし、アカの他人であれば違いは大きい。しかしその違いの程度は、異なる種との違いに比べれば当然格段に小さく、個体の変異は一つの種のまとまりの中に収まる。もしも種間で遺伝子の交換が起こっていたなら、系統関係は種ごとのまとまりが失われて一つの種のように混ざり合ってしまうに違いない。
そこで、ミドリイシサンゴの各個体について特定の遺伝子の一部分の配列を比較した。おそろしく労力の必要な作業だが、東京水産大学の大学院生深見君が主力となって解析が進んだ。その結果、どんなに形態が類似していても種間での交配が見られなかったものは、種ごとのまとまりをつくり、さらに種間の遺伝的距離は有意に遠いという結果になった。一方、種間交配が見られた種の間では種ごとのまとまりがなく、複数種の個体がまるで一種のように、入り混じった。調べた11種は、このようなグループ4つに分かれた。ここで驚いたのは、各グループ内での形態はばらばらで、かえって違うグループの中によく似た形態の種が見られたことだ。
交配実験の組み合わせ表
実験の結果、ハナガサミドリイシとスギノキミドリイシ、サボテンミドリイシとトゲスギミドリイシは、それぞれ雑種をつくることがわかった。また、ある種の組み合わせでは、卵と精子をどちらの種から採るかによって受精率が変わってくるのは興味深い結果だった。
網目状進化
このDNAの分析結果は、交配実験の結果と合わせると、どう説明できるのだろうか。100%確かとういわけではないが、これは、特定の種間において、自然界でも雑種が生じ、雑種がさらに生殖に参加することで、種間で遺伝子の交換が起こってきた結果だと考えられる。
こう考えてみた時に驚くのは、形態が大きく異なる種の間でもこの関係が見いだされたということだ。各々の種が一つの種として存在しながらも、異なる種との交雑を繰り返して、つながり合っているのではないか。今、私たちはそう考えている。
もしこれが本当なら、これは通常の種の概念からはみ出した、種の複合体である。異なる種が融合し、また分岐することを繰り返す進化を、網目状進化と呼ぶ。ミドリイシサンゴで見つかった風変わりな種間関係は、まさにこの一断面を捉えているに違いない。
もちろん、今はまだほんのわずかな間接証拠を掴んだに過ぎないが、何か常識的ではないことの尻尾を捕まえたような気がしている。
網目状進化
融合と分岐を繰り返し、網目のように進化していく。現在、我々が見ている現象は、はたして、種の融合なのだろうか、分岐なのだろうか。(J.E.N. Veron著 "Coral in Space and Time. The Biogeography and Evolution of the Scleractinia" より改変)
ミドリイシサンゴの種が、今、融合し始めているのを見ているのか、それとも逆に種分化を始めたところを見ているのか・・・・・・、一斉放卵という生殖様式をとるがゆえの進化過程が、年に一度、現在も熱帯の海で進行している。沖縄の珊瑚礁は、私たちにそんな壮大なドラマを思い描かせてくれるのだ。
通常(a)のように同じ種同士が近くに集まって、他の種から離れる。しかし雑種化を繰り返して遺伝子の交換が起こると、種ごとにまとまらず(b)のように入り混じると考えられる。
(c)のミドリイシサンゴの場合、交配実験で雑種をつくったハナガサミドリイシとスギノキミドリイシ、サボテンミドリイシとトゲスギミドリイシは、それぞれ一つのまとまりをつくり、その中で互いに入り混じっている。一方、雑種ができなかった種では、種ごとのまとまりは崩れていない。
また、スギノキミドリイシの中に別種と考えられる種が含まれていたことがわかり、交配実験でも確認できた。
服田昌之(はった・まさゆき)
1963年美濃加茂市生まれ。名古屋大学理学部卒業後、京都大学大学院理学研究科に進学。大学院では細胞接着分子(カドヘリン)の遺伝子について研究。92年に国立遺伝学研究所助手となり、ヒドラとサンゴの研究を始めた。