季刊「生命誌」92〜95号の内容を1冊の本にまとめました。
はじめに
ある時、名詞でなく動詞を思い浮べた方が頭が動き始めることに気づき「生命誌」について考える時は「生命」でなくそれを生み出す動詞に注目することにしました。毎年、その年の動詞をきめるようになって15年、年末は集まって次の言葉を選ぶのが年中行事として定着してきたところでした。
まず、いのちを感じさせること、今とても大切なことを浮び上らせること…そんな気持で選ぶのですが、今年はどうしてもそこに「和」という文字が出てきてしまうのでした。心の奥に平和を考えなければいけないという気持があってのことです。でも生命と同じで、平和も名詞として口にしてもそれでどうなるものでもないという少し空しい気持になる言葉です。実は、和という文字はやまとことばでは、なごむ、やわらぐなど音を聞いただけで優しくなれそうな意味をもっています。
もっともそれ以上に味わい深いのが「あえる」で、どうしてもこれまでと同じように一つの動詞に絞るのなら「あえる」を選ぶほかないという気持でした。「和える」で思い出されるのはごま和え、白和えなどの和え物でしょう。白和えは、ほうれん草、きのこ、人参などをごまをすりこみ醤油などで調味したお豆腐で和えた一品です。それぞれの素材の味を生かしながら一体感を味わいます。対照としてサラダは、さまざまな野菜をドレッシングでまとめますが、トマトはトマト、レタスはレタスとしていただきます。ここではトマトは嫌いだと思ったらそれだけを除くことができます。サラダボウルに例えられたアメリカは、気に入らない素材を放り出そうとしています。和え物はそれが難しい。そこが大事な点です。
「和える」へのそんな思いをわかっていただくのは難しいかもしれない。そこで、なごむ、やわらぐ、あえるという動詞を合わせて「和」という文字を選ぶという新しい選択をしました。その後NHKの子ども番組で「和」は「のどまる」とも読むと教えられ、ますます優しい気持を呼び起こされるというおまけもつき、「和」、なごむ、あえる、やわらぐ、のどまるでこの一年を過しました。
今年も対話(トーク)、研究(リサーチ)、人(サイエンティスト・ライブラリー)という三つの形で、さまざまな方のお話を伺い、考えてきました。今すべてをまとめてみて思うことは、登場してくださった方のどなたもが、体の中、心の中に大事なものを抱えて生きている姿を見せてくださったということです。それはなんと気持のよいことか。そのような方たちに出会えて本当に幸せだったと思います。そこから生命誌として学ぶことをできるだけたくさん引き出しながらまとめた一冊の本です。どこからお読みくださっても結構です。そこここに心に響くものを見出していただけると思います。
中村桂子
掲載記事
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