季刊「生命誌」88〜91号の内容を1冊の本にまとめました。
はじめに
今年の動詞は〝ゆらぐ〟です。風に吹かれる木の枝や水面のかすかな動きなど不規則に少し動く感じを表わす一方、物事の基盤がぐらつくという意味もあります。
まず、「基盤がぐらつく」に眼を向けます。生きものを機械のように見て進歩を求め、人間による自然の支配を考える現代社会の根っこはぐらついていないでしょうか。生命誌は、人間は自然の一部としますので、科学や技術もその中で生きる工夫として考えます。多様化しながらさまざまな新しい生き方を創り出してきた生きものの進化に学び、社会を基盤から考え直そうと思っています。
それにはもう一つの〝ゆらぐ〟が大事です。機械は均一です。一方、生きものは一つ一つ異なる。人間はすべて共通のヒトゲノムの情報ででき上り、はたらいていますが、一人一人少しずつ違います。まさにゆらぎの中にいると言えます。それゆえに、しなやかにしたたかに続いてきたのです。
季刊生命誌をまとめた年刊号は、トーク(対談)、リサーチ(研究紹介)、サイエンティスト・ライブラリー(研究者紹介)の三つの軸から成っています。研究と研究者紹介は科学、対談は科学に限らず生きものを見つめる眼を持ち、生命誌に広がりを与えて下さる方にお願いしています。
内藤礼さんは、直島での〈このことを〉の発表の時、思いがけずお招きいただいたのが初めての出会いでした。「今ここにあること」への思いを、これほど繊細に表現できるものだろうかと思わせる作品に導かれます。東日本大震災(まさに大地が揺らぎました)後の小さな白い〈ひと〉という表現にハッとしました。小野和子さんは初めてですが、やはり東日本大震災後、「形あるものは流されたけれど命綱としての民話があった」という古老の言葉に動かされ、その日を語る場をつくられたことに共感しました。このような広がりは、生命誌を豊かにしてくれます。
そして生態学の湯本さんと数学の森先生。専門分化してしまった科学でなく本来の自然を考える知(サイエンス)をつくりあげたいという願いには、知への挑戦者の知恵を借りるしかありません。生態学は即戦の知として学びました。一方数学は正直苦手。けれど思い切って最も難解なお仕事をしていらっしゃる森先生の頭の中を説明していただいたら思いがけぬ刺激を受けるかもしれないと考えたのです。ていねいなお話が魅力的でとてもよい時間でした。いつかきっとこれを生かそう。心に誓いました。
他の二つの軸も合わせて生命誌がどのような広がりを持てたか、「生命誌アーカイブ」としてまとめながら新しい知を創る努力をしています。支えて下さる多くの方に感謝しながら今年も年刊号をまとめました。
お楽しみ下さい。
中村桂子
掲載記事
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