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RESEARCH

ニューロン誕生に見る細胞社会の建設現場

宮田卓樹名古屋大学大学院医学系研究科

大脳の外側にびっしりと並んだニューロンは脳機能の主役。発生中の脳壁で長い繊維をもった神経前駆細胞がせっせとニューロンを作っている現場を見たら、細胞分裂に脳形成特有のみごとな工夫がありました。

1.脳の始まりは薄い皮

成人の脳は塊として認識できる。たとえるなら木綿豆腐あたりがふさわしいところかもしれない。ところが、脳づくりの過程をさかのぼってみると、原点としての構造体は薄い皮であり、それがため池を包んでいる。マウス胚を外から眺めると、皮越しに水たまりのような脳室が透けて見えるだろう(図1)。皮は次第に厚さを増して脳壁となり、脳室は相対的に狭くなって、やがて塊としての脳の形に近づいていく(図2)。

(図1) マウスの胚(左)とヒトの脳(上)

最終的に塊となる脳も、もとは水たまりのような脳室を包む薄い皮。

(図2) マウスの大脳の発生

建設中のビルが高くなるように、細胞が積み重なった脳壁が厚くなるのは、個々の細胞が大きくなる、他の場所から移民細胞がやってくるなどの理由でも説明できるが、最も大切なのは脳壁の中で新しい細胞、とくにニューロン(神経細胞)が生産されているということだ。脳壁の中での細胞のふるまいをつぶさに観察することで、発生期の大脳の中でのニューロンの誕生には、脳の三次元構造を効率的に進めるための知恵と工夫が秘められていることが分かってきた。その大切な細胞づくりの仕事をしているのが神経前駆細胞(註1)である。

(註1) 前駆細胞

子孫にあたる細胞が特定の分化をすることが明らかな未分化の細胞。神経系前駆細胞の場合は脳を構成するニューロンやグリア細胞に分化する能力を持つ。



2.長い形の前駆細胞

実は大脳の神経前駆細胞は、脳壁の内面から外面までをつなぐ独特の細長い形をしている(図3-1)。内面では隣り合った細胞同士が接着結合し、脳室の中の組織液がしみ出さないように石垣の役目も担っている。このように長い形をした(えのき茸、あるいは貝割れ大根を思い起こして欲しい)前駆細胞が束になって壁を構成している部分が、脳づくりの「生地」である。一方、ニューロンは、こうした神経前駆細胞の合間をぬうようにして脳壁の外側に並んでいる(図3-2)。

(図3-1) 脳壁断面の模式図

(図3-2) 発生中の脳壁の断面図

脳壁の断面を走査電子顕微鏡で撮影。左上は蛍光顕微鏡で捉えた単独の前駆細胞。左下は脳室面を細胞接着タンパク質に対する抗体で染めた写真。

マウスの大脳壁の場合、胎生10日では0.1ミリの厚さがあるので、その頃の前駆細胞の背丈は0.1ミリである。発生が進むにつれて、つまり脳壁が厚くなるにつれて前駆細胞も長くなり、胎生14日頃には0.2-0.3ミリに達する。こうした発生の各段階において、前駆細胞はどのように分裂し、ニューロンを生み出しているのだろう。

3.ありのままの形を観る

これまでの神経前駆細胞に関する研究は、細胞分化の研究の成功例である造血系の前駆細胞に対する研究の手法に習って進められてきた。すなわち、個々の細胞の系譜を作り、一つの細胞の中のどのような因子が細胞分裂や系譜形成を制御しているかという観点での解析である。それにあたって愛用されてきた手法が、前駆細胞の低密度培養法だ。この方法では皿に付着した個々の細胞が他の細胞と重ならずに球形をとるため、個別の分裂を観察して娘細胞の系譜を把握することが容易である。

血球となる前駆細胞は、生体内でも単独で分裂を繰り返して増殖するためこの培養法で問題ないが、神経前駆細胞が組織中でとっていたはずの長い形態を再現することはできない。脳という三次元の組織の極性がこの二次元の培養システム中に再現されているとは考えにくいのだ。

そこで、どうにかして三次元のままで神経前駆細胞を培養したいと考えて、マウスの脳壁をスライスし、切片を丸ごと飼育したところ、2日ほどなら立派に育ち、ちゃんと厚みを増してくれた(映像1)。前駆細胞は、およそ10時間に一度分裂するので、2日あればその観察は可能なはずだと考え、分裂を追う方法を考えた。

(映像1) 厚くなる脳壁

胎生13日目のマウスの大脳皮質をスライスし、コラーゲンゲルに入れて培養した。脳室面から脳膜面へ細胞が移動し、脳壁は厚みを増していく。

スライスは当然細胞だらけで、単に眺めただけでは個々の細胞の様子は分からない。そこで、脳壁の外面にごくごくまばらに蛍光色素(註2)をまぶした大脳をスライスし、培養した結果、長い形態をした前駆細胞を光らせることができた。満員電車で一つのつり革だけに色素をつけ、それにつかまった乗客だけを光らせるような感じである。こうして集団の中における個々の細胞のふるまいの観察が可能になった(図4)。

(図4) 神経前駆細胞の2種類の培養法

従来の観察法(上)では前駆細胞は丸い形で分裂すると思われていたが、組織内の形態を維持した観察法(下)では長い繊維を保ったまま分裂し、2つの異なる形の娘細胞が生まれることがわかった。

この条件でスライスを連続観察したところ、前駆細胞の分裂の瞬間をとらえることができた(映像2)。前駆細胞の多くはDNA合成を脳壁の深部で行った後、脳室面に核と細胞体を移動させ、そこで分裂することは知られていた。しかし、これまで30年間にわたって、固定した標本を電子顕微鏡で観察していたので、繊維は分裂の度に壊されると信じられていたのである。ところが驚いたことにスライスでの観察の結果、前駆細胞は分裂期の最中にも脳膜側に長い繊維を持ったままだと分かったのだ。さらに観察を重ね、繊維は2つに分かれるのではなく、分裂した片方の娘細胞に丸ごと相続されることも分かった。非対称分裂である。繊維を大切に維持し相続するのには、何か意味があるのだろうか。繊維を相続した娘細胞の様子をじっくり観察した。

(映像2) 前駆細胞の分裂

蛍光標識した胎生14日目のマウスの大脳スライスを、30分おきに撮影して、14時間かけて前駆細胞の分裂する様子を連続観察した。前駆細胞は長い繊維を保ったまま分裂し、繊維は娘細胞に継承された。

(註2) 蛍光色素

この実験ではDilという脂溶性の色素を用いた。細胞膜に親和性があり、細胞全体の形がよくわかる。



4.前駆細胞の形から読む脳づくりの戦略

脳室面で前駆細胞が分裂した結果生まれた2つの娘細胞は、前駆細胞とニューロンとになるわけだが、脳膜側の繊維がどちらに相続されるかは決まっていない。発生のステージや部位によって異なるルールに従うのである。ところで、ニューロンの方が繊維を相続した場合、細胞は長いロープをたぐり寄せるように繊維を用いて、脳膜方向へ旅立つ。そのようなニューロンは、繊維を相続しないニューロンに比べて、旅立ちが素早い(図5-1)。前駆細胞が長い形のまま分裂するということは、繊維を相続した娘ニューロンが最終目的地までの移動とそれに引き続く成熟・配線とをできるだけ早く行い、脳、さらには個体としての機能発揮をいち早く行うことに貢献しているであろうと考えられる。

(図5-1) 繊維を継承した娘細胞の旅立ち

核を含む細胞体が移動する様子が観察された。繊維を継承した娘細胞は速やかな移動を行う。繊維を継承しない娘細胞もその後、脳室面から旅立つが、移動の速度は前者が勝っている。

もし、この「繊維の相続」という工夫がないと、本来ニューロンのすみやかな旅立ちによって前駆細胞のため開け放されるべき空間に、旅立ち損なったニューロンが渋滞し、空間の配分に支障が生じてしまうだろう。そうなったら、分裂すべき前駆細胞が分裂できないばかりか、未分化な状態を保てないといった障害が起きるかもしれない。継続的なニューロン産生が求められる脳の原基、とりわけ我々ほ乳類の大脳皮質のような膨大なニューロンを必要とする部位にとっては、そのような状態は長期戦略を妨げる重大な痛手である。

一方、繊維を相続した娘細胞が再び前駆細胞となる場合でも、脳機能の即戦力となるニューロンを三次元的に組み立て、かつ新しいニューロンを継続的につくる前駆細胞が生まれる空間を確保しようとする努力が両立していると読める現象が観察された。それがニューロンの「現地生産」という前駆細胞の戦略である。前駆細胞になる娘細胞の中には、まるでニューロンが行うように旅立った後に、ニューロンの配置予定箇所の近くで分裂するものがあるのだ(図5-2)。これもスライスを用いたからこそ見えてきたことである。

今回明らかになった前駆細胞の細長い形態が細胞産生と組織構築のために貢献しているのは間違いない。このような分裂と旅立ちの時期の異なる前駆細胞の気持ちの違い、つまり遺伝子やタンパク質の発現の違い(註3)を読み取る努力を今進めている。

(図5-2) 繊維を利用した母細胞の移動

母細胞が繊維をたぐって移動し、ニューロンの配置予定箇所の近くで分裂する様子が観察された。生まれた2つの娘細胞は共にニューロンとなり、すみやかにニューロン分布域に配置された。

(註3)

bHLH型転写因子に属するNeurogenin2(Ngn)が非脳室面分裂における脳室側の繊維消失の時期選択に関わっていると考えられる。



5.細胞社会から見るニューロンの誕生

三次元の脳原基で細胞が生まれる場面をくり返し観察することによって、「前駆細胞は細胞づくりだけが能ではない」ことが分かってきた。脳室面で生まれた娘細胞が母細胞である前駆細胞から繊維を継承して旅立ち、脳膜近くで先行して移動を終えたニューロンと出会い、脳室帯とは異なる新しい細胞社会を築く。娘細胞が組織という細胞社会の中にどう組み込まれるべきかという「関わり合い」への布石が、前駆細胞の、そして脳原基全体のとる形態の随所に秘められているのである(図6)。

(図6) 脳壁に見る細胞社会の立体図

走査電子顕微鏡で捉えた脳壁の断面図とニューロンの旅立ちの模式図を組合せた、細胞社会の概念図。細胞社会に見る細胞の誕生は、母細胞との別れ、新たな配置箇所での細胞との出会いと不可分の現象であり、その様相から発生という時間の推移を知ることができる。脳壁の中の個々の細胞のふるまいを追うことで、時間と空間の両面から発生ステージおける細胞社会の建設現場に迫りたい。

空間の中での細胞のふるまいを観察することで見えてきた次の課題は、時間に注目し、胎齢に伴う変化、つまり細胞にとっての「時代」を意識してこの観察を継続することである。今後は、細胞の時代を意識しながら個々の細胞のふるまいを観察する努力と共に、細胞集団をシステムとして理解するため、発生ステージ全体を俯瞰する観察と解析も必要だと考えている。私たちが自身の脳のおいたちを理解する日は、まずはここで見てきたようなニューロンの生まれと旅のからくりを見尽す努力の先にあると言ってよかろう。

 

宮田卓樹(みやた たかき)

1994年高知医科大学大学院医学研究科博士課程単位取得退学。医学博士。日本学術振興会・海外特別研究員(コロラド大学)、大阪大学医学部助手、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員などを経て2004年より名古屋大学大学院医学系研究科教授。


 

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