年度別活動報告
年度別活動報告書:2007年度
3.分子系統から生物進化を探る 3-1.イチジク属植物とイチジクコバチの共生関係と共進化
蘇 智慧(研究員、代表者) 佐々木剛(奨励研究員)
石渡啓介(大阪大学大学院生) 魚住太郎(大阪大学大学院生)
神田嗣子(研究補助員) 山﨑雅美(研究補助員)
松浦純子(研究補助員)
はじめに
様々な生物種から構成される地球生態系のなかでの生物同士或いは生物と環境との相互作用は、生物の多様性を生み出す大きな原動力と考えられる。昆虫と被子植物はそれぞれ陸上で最も多様化した生物群で、その多様化は植物と昆虫とが互いに相互適応的関係を築くことによって促されてきた。したがって、植物と昆虫との相互関係(共生、寄生など)を解明することは、生物の多様性を理解する上で最も重要なカギの一つである。我々は現在植物と昆虫の共生関係の中で最も代表的な系といわれるイチジク属とイチジクコバチの相利共生関係の構築、維持、崩壊のメカニズム、種分化の様式などについて分子系統解析や野外調査などにより研究を行っている。
イチジク属Ficusは、クワ科 (Moraceae) に属し、4亜属 (イチジク亜属Ficus, アコウ亜属Urostigma, Pharmacosycea, Sycomorus)に分けられ、東南アジア、アフリカ、中南米など熱帯を中心に約750種が世界中に分布している。日本はイチジク属の分布域の北限にあたり、南西諸島を中心にアコウ亜属3種、イチジク亜属13種が分布している。そのうち、小笠原諸島に固有種3種と移入種1種がいる。一方、イチジク属植物に共生、或いは寄生している一群のイチジクコバチの仲間は、分類学的に膜翅目のコバチ上科Chalcidoideaに属し、イチジクコバチ科Agaonidaeとされている。イチジクコバチ科はさらに複数の亜科に分けられ、その内の1つが送粉コバチ亜科Agaoninae (fig-pollinating wasps)で、他の亜科はすべて非送粉コバチによって構成されている。
イチジク属植物と送粉コバチとの間、子孫を残す共通な目的のもとで、「1種対1種」関係が結ばれていると言われている。この「1種対1種」関係を維持しながら種分化が起きるとしたら、同調的な種分化や系統分化が起きていたと考えられる。近年、分子系統解析を用いてこの仮説を検証する研究が盛んに行われるようになった。これまでの報告によると、イチジク属植物と送粉コバチとの系統関係は、分類上のイチジク属のsectionとコバチのgenusと大まかに対応していることが示唆され、基本的にイチジク属植物と送粉コバチとの協調的種分化と共進化を支持している1)。しかし、イチジク属各種がそれぞれ広い分布域を持っており、日本産の大部分の種も中国や東南アジア、オーストラリアまで広く分布している。これほど広い分布域をもち、海や山など大きな地域隔離を有するイチジク属植物の各種に送粉するコバチが本当に同一種だろうか。実際、最近送粉コバチの隠蔽種や、1種のイチジクに複数種の送粉コバチが存在することなども報告され始めている2)。従って、「1種対1種」の関係を検証するためには、分布域を網羅する複数地点からの送粉コバチを分析する必要がある。しかし、このような緻密な解析はほとんど行われていない。
我々は以上の考え方をもとにして、これまでメキシコ産、日本産と中国海南島産のイチジクとイチジクコバチの分子系統解析を行ってきた。メキシコ産の材料を分析したところ、同じ種のイチジクから採集した送粉コバチが系統樹上1つの枝にまとまらず、異なる系統に分かれるという興味深い結果が得られ、イチジク属植物と送粉コバチの「1種対1種」関係の崩壊を示唆した3, 4)。一方、日本産の材料を調べたところ、その「1種対1種」の関係はほぼ厳密に維持されている(アコウとその送粉コバチを除く)ことが分かった5)。今年度は中国産イチジク属植物と日本産のものとの関係解明も目指して、雲南産のイチジク属とそのコバチの解析を進めてきた。
結果と考察
1) パナマ産とメキシコ産イチジクコバチの系統関係
イチジク属植物とイチジクコバチとの関係は種特異性の最も高い共生関係の一つで、昆虫と植物との共進化と協調的種分化を研究するためのモデルシステムでもある。この特異性の維持と崩壊を調べるために、我々はミトコンドリアCOI遺伝子を用いて、メキシコの各地から採集したイチジクコバチの系統関係を解析した。その結果、メキシコ産イチジク属の送粉コバチはまず2つのグループに大きく分かれた。そのうちの1つはPharmacosycea亜属に送粉するもので、もう1つはUrostigma亜属に送粉するものである。しかし、各グループ内では、同種のイチジク植物に送粉するコバチが系統樹上同一クラスターを形成せず、逆に異なるイチジク種の送粉コバチが相同な遺伝子配列を有するケースも見られた。この結果はすでに以前報告したものである。今回はパナマ産のイチジク属の送粉コバチのデータを加えて系統解析を行った。パナマにはメキシコ産との共通種がいくつも分布しており、その地域関係は興味深い。今回使用したパナマ産のイチジクコバチのCOI遺伝子の配列データはGenBank データベースから入手したものである。系統解析を行ったところ、これまでメキシコ産のみを用いて得られた結果と同様に、送粉コバチの系統関係と宿主との関係が一致しないことが示された(図1)。特に興味深いのは、Pharmacosycea亜属の3種(F. insipida, F. maximaとF. yoponensis)の送粉コバチの系統関係である。これら3種はすべて共通種である。F. yoponensisの送粉コバチはパナマ産とメキシコ産との間に、一定の地域差が見られたが、両者が確実にクラスターを形成していた。これに対して、F. insipidaの送粉コバチは、メキシコ産のものとパナマ産のものがそれぞれ別系統を形成し、全く異なる起源を示した。F. maximaの送粉コバチも同様に少なくとも3つの独立した系統を形成した。これらの結果は以下のことを示唆した。1)メキシコ産イチジク属と送粉コバチとの「1種対1種」関係が崩壊している可能性がある。2)イチジク属とイチジク送粉コバチとの協調的種分化を裏付ける系統的証拠が得られていない。3)宿主転換が頻繁に起きているかもしれない。
図1. ミトコンドリアCOI遺伝子によるメキシコ産とパナマ産イチジク送粉コバチの系統樹。パナマのサンプルは四角で囲んでいる。括弧の中の学名は宿主のイチジクの種名である。シンボルは同種のイチジク植物から得られたコバチが複数の系統に分かれていることを表す。枝上にある数値は系統樹の信頼度を示す。
2) 中国雲南産イチジク属とイチジクコバチの系統解析
植物の系統解析は、葉緑体DNAの6つのイントロン部分の塩基配列と核ITS領域を用いた。乾燥葉から全DNAを抽出し、PCR反応によって目的のDNA断片を増幅し、塩基配列を決定した。ITSは核ゲノム上に、複数コピーがあるので、クローニングして、1サンプルに対して最低3クローンを取って塩基配列の決定を行った。一方、コバチの方は、核28SrRNA遺伝子とミトコンドリアCOI遺伝子を使用した。コバチは体長が1-2mm くらいしかない小さな昆虫のため、個体全体を使って DNA抽出に用いた。系統解析は、MAFFTというコンピューターソフトウェアによって塩基配列をアライメントし、XCED或いはPAUPで系統樹を作成した。
比較するために日本産のイチジク属各種も加えて、系統解析を行った。その結果、日本産のアコウとガジュマルを含むUrostigma亜族は独立した2つの系統に分かれ、それぞれがUrostigmaセクションとConosyceaセクションという分類単位と綺麗に一致したが、亜属としての単系統性は認められなかった。同様にFicus亜属とPharmacosycea亜属も単系統性が認められず、複数の系統に分かれた。特にFicus亜属は少なくとも4つ以上の独立系統に分岐し、日本産アカメイヌビワとオオバイヌビワおよび雲南産2種 (F. hispida, F. fistulosa) を含むSycocarpusセクションがそのうちの1つの系統と一致したものの、他の系統は亜属以下のセクション分類単位ともあまり対応性が示されない。F. callosaはPharmacosycea亜属に属するが、この亜属のメキシコ産3種とは全く近縁性を示さず、それぞれ独立した系統となり、つまりこの亜属も単系統性は認められない。もう一つの亜属Sycomorusについては、今回1種 (F. racemosa) しか解析されていないが、雌雄同株のこの亜属は雌雄異株のFicus亜属のセクション (Neomorphe) に近縁であることが示唆された。一方、コバチの系統関係に関しては、大きなグループ分けは宿主の植物の系統関係と大まかに一致していた。例えば、植物の系統樹において単系統性を示したFicus亜属のSycocarpusセクションに対して、これらの種の送粉コバチも100%の支持率で単系統としてまとまった。また、Urostigma亜属のConosyceaセクションの各種の送粉コバチも同様に同一系統を形成した。これらの結果は、イチジク属植物とイチジクコバチの同調的種分化および共進化説をある程度支持しているが、細かい種間関係や各グループ間の系統関係を見てみると、同調的分化を支持しない部分も多く見られた。例えば、日本産のハマイヌビワ、ムクイヌビワ、ホソバムクイヌビワ、ヒメイタビ、イタビカズラ、オオイタビとイヌビワを含む大きな植物系統が比較的に高い支持率で形成されているが、それらの送粉コバチは同じグループにまとまらず、独立した系統に分かれている。また、種間においても、同様なことが見られ、宿主の転換が起きていた可能性があると示唆された。
おわりに
イチジク属とイチジクコバチの共生関係は寄生コバチを含めた三者の関係が絡み合った複雑な系である。イチジク属と送粉コバチの共進化を探るには、これら三者の生活史がどのように関連しているかを知る必要があるが、まだほとんど分かっていない。特に、非送粉コバチについては、未記載種も相当いると思われ、同定も困難である。今年度は雲南産イチジク属植物とその送粉コバチの一部の系統解析を行ってきた。メキシコ産送粉コバチの解析結果を踏まえて、イチジク属植物とイチジクコバチの間、特に近縁種間において、「1種対1種」関係と同調的種分化の乱れや宿主転換などがある程度起きているのではないかと考えた。今回の結果もこの考えを支持している。イチジク属植物とイチジク送粉コバチとの共生関係と共進化を解明するために、緻密な解析が如何に重要なのか改めて示された。今後、まだ採集されていない必要な送粉コバチを入手して解析したいと思っている。