年度別活動報告
年度別活動報告書:2006年度
3.分子系統から生物進化を探る 3-3.陸上植物の起源、系統と進化に関する研究
蘇 智慧(研究員、代表者)
佐々木剛(奨励研究員)
神田嗣子(研究補助員)
石渡啓介(大阪大学大学院生)
はじめに
節足動物が約4億年前に上陸するのに先立って、約4億7500万年以上前に植物が上陸を果たしたと考えられている。六脚類(3-2を参照)の上陸を理解するには、植物の上陸を考慮しなければならない。しかし陸上植物の起源に関して、最も陸上植物に近縁な藻類は何かは未だ解決されていない。また、植物の多様化に伴い、遺伝子はどのように多様化したのか、動物で明らかになったような多様化パターンが植物でも見られるのか明らかになっていない。陸上植物の起源と、植物遺伝子の多様化について、宮田顧問との共同研究を行った。
結果と考察
1) 陸上植物の起源に関する分子系統学的解析
陸上植物の起源となった生物は、藻類のなかのシャジクモ藻綱であることは既に知られているが、そのうちのどのグループが陸上植物に最も近縁となるかは未だ解決されていない重要な問題である。最近報告された複数の遺伝子に基づく分子系統樹はシャジクモ藻綱のうち、シャジクモ目が陸上植物に最も近縁であり、次いでコレオケーテ目、接合藻類の順に近縁関係が低下する。シャジクモ目とコレオケーテ目は多細胞であるのに対し、接合藻類は単細胞であること、また、シャジクモ目、コレオケーテ目、接合藻類の順に形態が複雑であることから、シャジクモ目―陸上植物近縁関係が尤もらしく思われた。しかし、その後のクロロプラースト全ゲノムのデータを用いた解析ではこの結果は支持されなかった。われわれは、問題にしている進化的期間内に系統樹推定に利用する遺伝子の遺伝子重複がないことを確認した上で、DNAポリメラーゼδ、DNAポリメラーゼα、RNAポリメラーゼII Largestサブユニット、RNAポリメラーゼII Second Largestサブユニット、の4つの遺伝子を使って系統樹推定を試みた。その結果、多細胞のコレオケーテやシャジクモよりも単細胞の接合藻類が陸上植物に近縁であることが、最も信頼性のある統計検定で有意に示された。この結果は、予想外の結果であるとともに、多細胞化が藻類の系統で繰り返し起きていたことを示唆している。
2) 植物遺伝子の多様化パターン
動物で明らかにされた遺伝子多様化パターンが植物へ拡張できるか。われわれはこの問題を明らかにするため、植物の系統で多様化したreceptor-like kinese (RLK)遺伝子族の解析を行った。この遺伝子族は、シロイヌナズナとイネのゲノム中に膨大な数のメンバーが存在する。さらにこの遺伝子族はドメイン構成の異なる、従って機能が異なると思われる、多くのサブファミリーから構成されている。こうした機能の異なるサブファミリーの多様化時期を知るために、コケ植物の1グループであるゼニゴケからRLK遺伝子の網羅的クローニングを行った。シロイヌナズナやイネなどの維管束植物とコケ植物の分岐は現存する陸上植物の中で最古の分岐に対応する。ゼニゴケから29のRLK遺伝子が単離され、シロイヌナズナやイネを含めた維管束植物RLK遺伝子にこれらゼニゴケの遺伝子を含めて系統解析が行われた。その結果、異なるドメイン構成を持つサブファミリーの多様化は、維管束植物とコケ植物の分岐に遡るという結果を得た。すなわち、サブファミリーの多様化は非常に古く、すくなくとも陸上植物の進化の初期か、藻類の時代に遡る。この結果は動物特有に遺伝子の多様化パターンと同じである。
維管束植物には茎の伸長に関与するRLK(TMK; transmembrane kinase)が知られている。興味あることに、われわれは、TMKのグループによく似た遺伝子を茎を持たないゼニゴケから単離した。今後の詳細な機能解析が待たれる。さらに、RLKの一つのメンバーであるSERK(Somatic Embryogenesis Receptor Kinase)は、体細胞から生殖細胞への転換(Somatic Embryogenesis)に関与することが知られている。接合藻類は陸上植物に尤も近縁な藻類であるという1) の結果を受け、ミカヅキモにSERKホモローグを探査した。興味あることに一つの遺伝子がミカヅキモに見つかった。Somatic Embryogenesisは明らかに多細胞に関係する現象であるが、単細胞のミカヅキモでは何をしているのか。今後の課題であるとともに、遺伝子リクルートにも関係する問題でもある。