論文

Sato Y, Umesono Y, Kuroki Y, Agata K, Hashimoto C.

Proliferation maintains the undifferentiated status of stem cells: The role of the planarian cell cycle regulator Cdh1

Dev. Biol, Vol. 482, 55-66

解説

幹細胞は、自身と同じ細胞を殖やす自己複製(増殖)能と、異なる細胞に分化する分化能の2つを有する細胞として定義されます。一般的に、幹細胞の分化は「分化誘導シグナル」が活性化されることで開始するとされています。しかし、分化誘導シグナルが存在しても細胞が分化しない事象も報告されており、幹細胞の分化には細胞外からの分化誘導シグナルとそのシグナルに応じて分化するために細胞自身が有する「分化応答能」が必要であると考えられます。しかし、分化応答能はどのような機構で決定されているかは明らかになっていませんでした。また、1980年代から現在に至るまで、幹細胞の自己複製と分化は互いに関連し合っていると想定されてきました。しかし、多くの多細胞生物では細胞周期の制御に関わる分子が複数存在し複雑に制御されているため、単一遺伝子の発現を操作しただけでは細胞周期を人為的に制御することができず、細胞周期と分化の明確な関連性は長らく解明されないままでした。本研究では、シンプルな細胞周期制御機構を持つプラナリアを用いることで、幹細胞の分化応答能は細胞周期によって決定されていることを示唆する結果を得ました。


幹細胞が分化するためには、細胞外からの「分化誘導シグナル」と細胞自身の「分化応答能」が必要となる

  細胞周期はG1期(間期1)→S期(DNA合成期)→G2期(間期2)→M期(分裂期)と進行しますが、この細胞周期進行はサイクリン依存性キナーゼ (Cyclin-dependent kinases: CDKs)と呼ばれる酵素の活性によって制御されています。G1期ではCDKsの活性が最も低い状態に抑制されており、CDKs活性が上昇することでS期→G2期→M期と進行し、M期の中盤からCDKs活性が再び抑えられることで細胞分裂が行われ、G1期に戻っていきます。G1期でCDKs活性が低いままの状態が続くと細胞周期の停止が導かれG0期(休眠期)に入るとされています。一般的な多細胞生物では、G1期にp16やp21といったCDKインヒビター(CDK inhibitors: CKIs)やcdh1といった複数の分子がさらにそれらを調節する様々な分子と作用し合う複雑な機構によってCDKs活性が抑制されています。しかし私たちの解析から、プラナリアのゲノム上にはCKIsが存在せず、細胞周期停止に関わる遺伝子としてcdh1のみが見出されました。よって、プラナリアではcdh1の発現のみで細胞周期停止が引き起こされるシンプルな細胞周期制御システムが存在していると示唆されます。また、プラナリアでは体内における分裂細胞が幹細胞だけであるため、細胞周期を人為的に制御しても幹細胞にのみ影響し、他の分化細胞への影響を排除できます。このため、プラナリアは幹細胞の自己複製と分化の関連性を調べるための非常に優れたモデルであると考えられます。さらに、プラナリアは三胚葉・三体軸・脳といった構造を持った左右対称の最も単純な生物種の1つであり、プラナリアで保存されている幹細胞の基本的性質は私達ヒトを含む高等動物まで保存されていると期待できます。


プラナリアではcdh1の発現のみで細胞周期停止が導かれる

  プラナリアは成体内の全ての種類の細胞に分化することのできる多能性幹細胞を全身に持っており、体が切断されても1週間で失った組織を再生し、各断片が個体になります。また、プラナリアでは常に古い分化細胞が幹細胞から新しく分化した細胞と入れ替わることで組織の恒常性を維持しています。しかし、プラナリアのcdh1を機能阻害すると組織恒常性の維持や再生ができなくなることが本研究から明らかになりました。このcdh1機能阻害個体では、幹細胞が細胞周期を停止することができずに自己複製を続け、体内で劇的に増加していました。しかし一方で、分化細胞や前駆細胞といった細胞は減少しており、幹細胞が分化できていない様子が観察されました。これらの結果から、幹細胞は自己複製を続けている間は分化できないと示唆されます。さらに詳しい解析の結果、プラナリアでの分化誘導シグナルとして報告されているERKシグナルが活性化されてもcdh1機能阻害個体の幹細胞は分化しないことが示されました。よって、自己複製を続けている幹細胞は分化誘導シグナルに応答して分化できず、細胞周期を停止してG0期に入ることで初めて分化誘導シグナルに応答して分化できるようになるのではないかと考えられます。分化応答能を制御する機構は現在まで明確に示されてきませんでしたが、本研究から細胞周期が分化応答能を決定している実体であると示唆されました。


プラナリアは多能性幹細胞を利用することで非常に高い再生能を示す

本研究の結果は基礎的な生物学だけでなく、幹細胞を利用した再生医療にも新たな知見を与えることが期待されます。


幹細胞は細胞周期を動かすことで未分化状態を維持している。細胞周期が停止してG0期に入ることで、
幹細胞は初めて分化応答能を獲得し、分化誘導シグナルを受けて他の細胞に分化する。

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