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19.10.08

4.脊椎動物の頭部神経はどのように部域化されるのか

橋本主税(主任研究員)

阿草耕介(研究スタッフ)

皐裕美(研究補助員)

山口真未(大学院生)

永友寛一郎(大学院生)

村戸康人(大学院生

 

はじめに

 生きものの形やパターンの情報は、非常に大ざっぱには受精卵にも存在するが、実際にはその多くが個体発生の過程で作られる(1)。とはいえ、線虫やホヤなどでは、受精卵が持つ細胞質の情報によってかなりの位置情報が決められており、非対称分裂を行ないながら異なる性質の細胞が組織だって出来上がっていくのであるが、脊椎動物などの胚では、非対称分裂によって細胞の個性を生じさせるには細胞数が多すぎる。そのため脊椎動物の初期胚発生においては、まず確率論的にも見える大まかな領域の形成がおこり、次いで起こる厳密な境界の形成によりパターンが形成されている(図1)。

図1

前者の主役は分泌因子群である。誘導と呼ばれる現象では、特定の組織から因子が分泌され、その濃度勾配に応じて接する組織が分化する。この時、分泌性の因子という必然から、誘導を受ける組織(領域)は非常に大まかであり、誘導をうける組織と受けない組織の境界付近では二種の細胞がごま塩状に入り交じる。分泌因子は、勾配のみならず規則正しい縞模様さえも理論的には形成できるため、自由拡散できる因子によるパターン形成は一つの魅力的な系として注目を浴びている(2)。次に後者、すなわち異なる組織の境界を鮮明にする主役のひとつはDelta-Notchシグナルである。一般的な分泌因子と受容体の関係とは異なり、受容体であるNotchだけでなくリガンドであるDeltaも細胞膜に埋め込まれているため、シグナルが自由拡散してその近隣の複数の細胞に影響を及ぼすことはなく、隣接する細胞の運命のみを明確に限定することができるのである。また、リガンドであるDeltaのNotchとの結合によって自身の細胞へシグナルを入れることも知られているため、物理的に接する細胞両者の性質をきわめて限定的に決定することができるのである(3)。このため、Delta-Notch経路の下流にあることが多いHES関連因子は、無脊椎動物から脊椎動物に至る様々な動物において領域境界に発現することが多く、実際に領域境界の形成に重要な役割を示すことが多くの生きもので既に知られている。

 脊椎動物のオーガナイザーと呼ばれる領域は、原腸形成運動を経て神経を誘導し、誘導された神経に頭尾・背腹の軸性を与えるために重要である(4)。当初は明確な領域が存在する訳ではないオーガナイザーも、発生が進むにつれてさらなる領域形成が起こり厳密な領域へと細分化される。オーガナイザーに由来する組織は神経形成とその部域化に重要な働きをする。胚発生過程は、元々のファジーな位置情報からシャープな位置情報を形成する時期であるとも言えるが(5)、オーガナイザーが形成され領域化される時期の胚は、まさに大まかな領域から厳密な領域を形成する過程として捉えることが出来、オーガナイザーに視点を定めた神経のパターン形成研究はその意味においても重要である。

 アフリカツメガエルでは、オーガナイザーを誘導するシグナルとしてさまざまなものが知られている。たとえば背側を決めるβカテニンシグナルであり(6)、また、背側に高い活性を持つNodalなどの成長因子群である(7)。これら複数のシグナルによってオーガナイザー特異的遺伝子の発現が誘導される。しかしこれらは基本的に領域を限定する性質ではなく、むしろ体軸の方向性を規定すると考えた方が理に適っている。最も背側辺りの領域にオーガナイザー特異的遺伝子を確率論的に発現させるに過ぎず、その結果としてオーガナイザー活性が現われるが、その場所(の境界)は厳密には全く特定できない。その後のオーガナイザーの形成と領域化にはむしろ転写制御因子と共にDelta-Notchなどの場所を限定するシグナル経路が機能する。ツメガエルのNotch遺伝子はXotchと呼ばれている。Xotch遺伝子の発現はオーガナイザー領域に局在しており、それはあたかもNodalシグナルによって発現が促進されているように見える。また、リガンドであるDeltaはXotchとは相補的に腹側領域で発現が認められ、初期原腸胚ではこれらの細胞は混じることなく、従ってXotchシグナルは境界にある一部の細胞内でしか活性化され得ない。原腸形成運動(収斂伸長運動)が進むにつれて、これらの細胞は背側正中線において混じり合う。この混じり合いはとりもなおさずXotchシグナルのスイッチングを引き起こし、隣接する細胞同士での厳密な境界形成へと通じるものである。これは、形態形成運動が遺伝子発現を制御するという興味深い一例であろう。

 我々は、ツメガエルにおいて頭部神経の形成は初期原腸胚で始まっていることを示し(8)、HES関連遺伝子(Xhairy2b)の働きを切り口としてツメガエルの原腸形成時におけるオーガナイザーと神経組織のパターン形成過程を解析している(9)。初期原腸胚のオーガナイザー特異的に発現するXhairy2bは、HES関連蛋白質であること、およびオーガナイザーに局在することを考えあわせると、その後のパターン形成にきわめて重要な働きを持つことが期待される。大まかな領域から厳密な領域が形成されていく流れの中で、Xhairy2bがどのように位置情報を作り上げていくのかを詳細に見ることにより、生き物に普遍的なメカニズムの一端をかいま見る可能性に期待を寄せるのである。さらに、Xhairy2bは神経の領域化にも機能することが分かっており、特に前方部神経領域・予定中脳校脳境界領域・神経提領域などを神経発生のきわめて初期に決定すると考えられる。今年度はこの内、分化と増殖のバランスによってその形成が制御されている前方部神経領域に注目してXhairy2bの働きを解析した(10)。最後に、頭部神経系が詳細に領域化される機構を知るために、将来の視床下部の形成がどのように行なわれるのかについてもXhairy2bの働きを指標として解析した。

 オーガナイザーの形成と領域化ならびに神経誘導とその領域化は、まず何もない場所に大まかな領域が形成されて、次いで形態形成運動を伴いながらさらに厳密で詳細な領域を作り上げられる必要があるため、生きものの形づくりの分子機構の解明には最適な生命現象である。これらに、特にXhairy2bとよばれる一つの転写因子を切り口として攻め込むことで、新しい視界が広がることを期待している。

 

結果と考察

1)Xhairy2b遺伝子は異なる二つの機能を持つ。

 Xhairy2bが、様々な形態形成過程でどのように働くのかを知る前に、分子としてのXhairy2bタンパク質が発生現象においてどのように機能しているかを知ることが重要である。Xhairy2bは、初期原腸胚において体幹部体軸の形成を誘導し、頭部の形成を抑制することが既に判明している。これら「誘導と抑制」という両極端の性質を同時に行なう分子機構を明らかにするために、Xhairy2bタンパク質のドメインの働きを解析した。すると、このタンパク質は全く異なる二つの働きを同時に行ないながら体軸のパターン形成を行なうことが分かった。すなわち、転写因子としてではなく、C末端のWRPWモチーフ単独でオーガナイザー特異的な遺伝子群の発現を誘導することができ、結果としてその領域を背側として確立させることが示されたのである。この活性とは別に、もちろん本来の転写抑制因子としての働きも、特定の遺伝子発現を抑制するのに重要である(図2)。

 

 

 

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