論文

Hiroki Oda, Sawa Iwasaki-Yokozawa, Toshiya Usui and
Yasuko Akiyama-Oda

Experimental duplication of bilaterian body axes in spider embryos: Holm’s organizer and self-regulation of embryonic fields

Development Genes and Evolution
2019年4月10日オンライン公開(オープンアクセス)
DOI: 10.1007/s00427-019-00631-x

解説

 クモ胚で重複胚形成を誘導する実験を再現し、その実験に関する研究の歴史と現状を概説した総説論文が国際学術雑誌「Development Genes and Evolution」に4月10日にオンライン公開されました。この論文で記載した再現実験の一部は名古屋南高校の生物?化学部との共同成果です。この論文は同雑誌で現在企画・編纂中のクモ特集号に集録される予定です。
 今回の総説論文は、スウェーデン、ウプサラ大学のオーケ・ホルム (Ake Holm)という人物が行った、クモ胚を使った発生生物学実験を世界の多くの人に知ってもらいたいと思い書きました。ホルムが1952年に発表した150ページに及ぶドイツ語の論文は、クサグモ胚を用いた様々な実験を記載しています。具体的には、細胞の追跡、胚の一部の除去や移植、胚領域の分断などです。ホルムはそれらの実験を自作の実験道具で巧みに行うことで、クモ胚の細胞が体を形作る際に如何に柔軟なコミュニケーションを行っているかを示すデータを得ました。特に、重複胚の形成を誘導する2種類の実験はクモ胚の細胞が持つ能力を示す学術的に重要な実験です。その実験のひとつは、クムルスと呼ばれる小さな領域を部分的に吸い取ってそれを体の反対側に移植する実験で、もうひとつは、胚の領域を大きく二つに分断して互いに180度異なる位置に回転させる実験です。体の左右対称性を規定する2つの軸のセットが、つまり、前後(または頭尾)の軸と背腹の軸のセットが、それらの実験操作によって分離して2セット現れるのです。前者の実験は、教科書で有名なシュペーマンとマンゴルドの両生類胚を使った原口上唇部(オルガナイザー領域)の移植実験と類似した実験です。後者に類似した実験もシュペーマンによって行われています。今回の私たちの総説論文は、脊椎動物と節足動物で記載された2つのタイプの胚操作によって起こる重複胚形成に焦点を当てています。
 脊椎動物の実験は非常に有名で多くの人に再現され、分子生物学的知見と統合されて、その仕組みの理解が進んできました。他方、クモの実験は誰にも追試されず、その現象の存在すら発生生物学分野で広く知られることはありませんでした。今回の論文では、ハエトリグモ胚を使ったクムルスの移植実験とオオヒメグモ胚を使ったレーザー照射実験でホルムが行った重複胚形成誘導実験を再現し、胚操作後に重複胚が現れてくる様子をビデオに収めることに成功しました(動画1動画2)。是非ご覧ください。節足動物の重複胚形成誘導の様子を捉えた世界で唯一の映像です。ハエトリグモを使った移植実験は名古屋南高校の生物?化学部の活動で最初に成功し、生命誌研究館で追試された実験です。
 今回の総説論文で示した重複胚誘導の再現実験は、脊椎動物とクモに2つの共通の概念が適用できることを意味しています。その概念とは、オルガナイザー(形成体、または司令塔)と自己調節、です。後者の概念は少し分かりにくいですが、魅力的な研究テーマとなります。与えられた領域において胚の細胞が互いにコミュニケーションし、全体として完全な形やパターンを作ろうとする性質や能力を有していることを指します。人為的に領域が分断されれば、それぞれの限られた領域の中で完全な形を作ろうと細胞は振る舞うということです。個々の細胞の視点に立てば、全体の様子を見ている訳ではないのになぜ全体と調和するための情報を得ることができるのか。この問題は発生生物学において基本的な問題ですが、未解決です。
 日本では、ホルムの研究の影響を受け、クモと同じ鋏角類に属するカブトガニの研究に歴史があります。カブトガニ胚を用いた胚操作で重複胚が得られています。誇り高き成果ですが世界的認知度が高いとは言えません。今回の総説論文ではそのようなカブトガニ研究の歴史にも触れています。
 節足動物の発生に関する知識の多くはショウジョウバエを起点として築かれてきました。しかし、私たちはクモやカブトガニなどの鋏角類にはまた別の世界があると感じています。今回私たちがモデル生物として開拓してきたオオヒメグモで自己調節能の存在を明らかにできたことで、今後節足動物の胚発生の研究が多角的に進んで行くことを期待しています。

■動画1

ハエトリグモ胚を用いた重複胚形成誘導実験:クムルスの移植

詳しくは論文をご覧ください。

 

■動画2

オオヒメグモ胚を用いた重複胚形成誘導実験:レーザー照射による胚領域の分断


詳しくは論文をご覧ください。

関連論文


Yasuko Akiyama-Oda and Hiroki Oda (2010) Cell migration that orients the dorsoventral axis is coordinated with anteroposterior patterning mediated by Hedgehog signaling in the early spider embryo. Development 137, 1263-1273



Akiyama-Oda, Y. and Oda, H. (2006) Axis specification in the spider embryo: dpp is required for radial-to-bilateral symmetry transformation and sog for ventral patterning. Development 133, 2347-2357



Akiyama-Oda, Y. and Oda, H. (2003) Early patterning of the spider embryo: A cluster of mesenchymal cells at the cumulus produces Dpp signals received by germ disc epithelial cells. Development 130, 1735-1747



Oda, H., and Akiyama-Oda, Y. (2008) Differing strategies for forming the arthropod body plan: Lessons from Dpp, Sog and Delta in the fly Drosophila and spider Achaearanea. Development, Growth and Differentiation 50, 203-214

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