論文

Masaki Kanayama, Yasuko Akiyama-Oda, Osamu Nishimura, Hiroshi Tarui, Kiyokazu Agata and Hiroki Oda (2011)

Travelling and splitting of a wave of hedgehog expression involved in spider-head segmentation

Nature Communications 2, 500.

解説

 ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろう!ラボの、遺伝子発現の波が繰り返し分裂することを発見した論文がオンライン科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。
 動物のからだの軸に沿った反復構造は、胚の中で形作られる体節と呼ばれる繰り返し単位に由来する。この体節が形作られる過程(体節形成)は、生物において空間的周期パターンがどのような仕組みで作り出されるかを理解するための格好の研究対象で、これまで理論と実験の両面から研究されてきた。モデル生物として有名なショウジョウバエでは「固定領域での段階的な細分化」による体節形成が、脊椎動物のモデル生物(マウスやニワトリなど)では「遺伝子発現の振動」による体節形成が知られているが、実験生物学は古典的モデル生物に大きく依存してきたために、それら以外の体節形成に関して知識が乏しかった。一方、理論(反応拡散系)による研究では、既存の波の頂点部分が広がるとともにその頂点が二つに分裂する様式で反復パターンが生じうることが示されていた。 しかし、このような現象が実際の生物で明確に示されたことはなかった。
 今回、大学院生の金山真紀を中心に進めてきた研究で、ヘッジホッグと呼ばれる遺伝子の発現がオオヒメグモ胚頭部の軸の伸長に伴って波のような振る舞いを示すことを発見した。その遺伝子発現のストライプ状の波はオオヒメグモ胚の前端から後方に向けて細胞から細胞へ伝播した後、繰り返し分裂した(図)。2回の「波の分裂」によって最初に触肢の体節領域が、次に鋏角の体節領域が作られる。さらに、遺伝子の働きを阻害する実験を行って、遺伝子発現の波を安定に維持する遺伝子(otd)と波の分裂を促進する遺伝子(opa)を明らかにした。ヘッジホッグタンパク質は拡散性のシグナル分子として働くことが知られているが、そのシグナルはクモ胚の頭部ではotdとopaの発現を促進する一方、これらの遺伝子を介してフィードバック制御を受けていることが分かった。この仕組みは反応拡散理論が想定する仕組みとも矛盾しなかった。
 動物のからだづくりにとって重要な体節形成は、これまで主に“固定領域の段階的な細分化”と“遺伝子発現の振動”による2つの様式が知られていたが、今回新しく第三の様式“波の分裂”を発見した。第一の様式は階層的な(トップダウン方式の)遺伝子相互作用を必要とし、第二の様式は時間的な遅れをもつ負のフィードバック制御を必要とする。今回の第三の様式はotdの関わる正のフィ-ドバック制御とopaが関与する未解明のフィードバック制御を必要とすることが考えられた。ここで用いられるヘッジホッグやotd, opaは、ショウジョウバエでは“固定領域の段階的な細分化”に用いられており、同じ節足動物の体節形成でも動物によって遺伝子の使われ方が異なっている点は、動物の形態進化のメカニズムを理解するための重要な手がかりとなる。今回の発見は、太古の多細胞動物が最初どのような仕組みで体の反復構造を作り出すことに成功したのかを理解することにつながる。


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