年度別活動報告

年度別活動報告書:2002年度

脊索動物と節足動物の共通祖先を理解する 4-2 クモ胚の体軸形成メカニズムの解析

小田広樹(研究員)

秋山-小田康子(派遣研究員)

山崎一憲(奨励研究員)

入江雅美(派遣実験補助員)

 

はじめに

 現在広く受け入れられている系統関係ではショウジョウバエと脊椎動物の間に様々な動物群が入れられている1) 。しかし、このように系統的に離れていると考えられているショウジョウバエと脊椎動物のボディープランには様々な共通点があることがわかってきている12) (例えば、Hox遺伝子群による前後軸に沿った領域特定化、Pax6による眼形成、Dpp/Sogによる背腹軸の特定化など)。節足動物や脊椎動物の体の形作りのメカニズムはどのように進化してきたのだろうか?これを知るためには、適度に離れた動物の発生メカニズムを比較して祖先的な発生メカニズムを理解する必要がある。
 本研究で私たちは、節足動物の祖先的な発生メカニズムを知る手がかりを得るために、ショウジョウバエ(昆虫類)と同じ節足動物で、ショウジョウバエとは系統的に遠いとされている鋏角類クモ(オオヒメグモ、Achaearanea tepidariorum) の胚発生を分子発生生物学的な手法を用いて調べている。本年度は、クモ胚の体軸(前後軸、背腹軸)の形成メカニズムを中心に解析を行った13) 。

 

結果と考察

(1)クムルスにおけるDpp(背側誘導)シグナルの伝達

 1952年のHolmの報告では、嚢胚期に胚盤の中心から縁に向かって動く細胞の肥厚(クムルスと呼ぶ)が、体軸形成を誘導する活性を持っていることが実験的に証明されている14)が、その報告から今日まで、クムルスの役割が分子生物学的な観点から解析され理解されることはなかった。昨年度の報告書でもクムルスに関して記述したが、私たちはクムルスに存在する間充織細胞の塊(CM細胞と呼ぶ)がショウジョウバエのDecapentaplegic(Dpp) と相同なクモの分子AtDppを発現していることを発見した (図3A、B)。ショウジョウバエ胚では、Dppは背側の分化を誘導し、背腹軸を特定化するシグナル分子として働いていることがわかっている。クモ胚においてAtDppを発現するCM細胞は、嚢胚期に胚盤上皮の基底面を中心から縁に向かって移動する。私たちは、CM細胞で作られたDppシグナルがどの細胞に伝わるかを調べるために、交差反応する抗リン酸化Mad抗体でクモ胚の嚢胚を染色した(図3C、D;Mad蛋白質はDpp/BMP2/4のシグナルを受けてリン酸化されることが知られている)。その結果、CM細胞で作られたDppシグナルはすぐ近傍の胚盤上皮細胞に伝えられていることがわかった。CM細胞は移動しているため、胚盤の中心部から縁に向かって順次Dppのシグナルが伝わっていくことになる。これらの結果とDppのショウジョウバエ胚での機能を考慮すると、クムルスでは胚の背側を誘導するシグナルの伝達が行われていることが示唆される。

 

 

(2)前後軸の特定化

 私たちはさらに、ショウジョウバエ胚の前後軸に沿った区画化に関わる3つの遺伝子forkhead (fkh)、orthodenticle (otd)、caudal (cad) と相同なクモの遺伝子を単離し、それらの遺伝子の構造を決定した。次に、Whole-mount in situ hybridization法によりこれらの遺伝子の転写産物の発現を調べたところ、fkh 転写産物は胚盤の周縁部の上皮細胞と中心部の間充織細胞で発現しており、otd 転写産物は胚盤の周縁部に発現していた (図3A)。どちらの遺伝子の発現パターンも胚盤の中心に対して対称であり、そのパターンはクムルスが周縁部に到達してから非対称化した (図3B)。一方、cad 転写産物は体節形成期 直前になって、もともと胚盤の中心部であった領域が尾葉に分化するとともに、その部分で発現が始まった。これらの前後軸の特定化に関わるクモ遺伝子の発現は、前後軸と背腹軸の向きの決定がDppシグナルの発信源であるクムルスの非対称な動きと重要な因果関係があることが示唆された。(1)と(2)で示した私たちの発見は、50年前のHolmの実験結果を分子生物学的に説明するものであると思われる。

図3 クモ胚の体軸の特定化に関わる遺伝子の発現

 

 

(3)クモ胚盤で発現するパターン形成遺伝子の単離と発現解析

 私たちは、上記以外に、ショウジョウバエ胚の初期のパターン形成に関わっている遺伝子に相同なクモ遺伝子を複数単離した。私たちは単離したほぼすべての遺伝子の発現をWhole-mount in situ hybridizationで調べ、胚盤の特定の領域だけで発現している遺伝子を探索した。その結果、snail、sex comb reduced (scr) ,labialhedgehogWnt5 が比較的初期の胚盤で領域特異的に発現していることがわかった。

 


(4)ヤエヤマサソリのcDNAライブラリーの作製とサソリDpp遺伝子の単離

 クモと同じ鋏角類に属し、クモよりも原始的であると考えられているサソリを分子発生生物学的な実験材料に用いることを試みた。クモとサソリの比較により、鋏角類の祖先的な発生形質を調べることを目指した。用いたサソリはヤエヤマサソリ(Liocheles australasiae) である。若虫からmRNAを精製し、cDNAライブラリーを作製した。このcDNAライブラリーからサソリdpp 遺伝子を単離した15) 。しかし、技術的な問題が理由でまだその遺伝子の発現を明らかにすることはできていない。

 

おわりに

 現在、発生メカニズムの解析はクモに主眼を置いて行っているが、脊椎動物との共通点と相違点を把握するうえでクモは貴重な実験材料となっていると感じている。これまで遺伝子の単離と発現の解析を中心に行ってきたが、今後は遺伝子の機能を調べるための実験系の開発も行う必要がある。また、クモの体軸形成においてクムルスの重要性は歴然としており、クムルスの移動方向を制御するメカニズム及びクムルスから発信されるシグナルが胚盤のパターン形成を制御する遺伝子カスケードを明らかにしていきたいと考えている。

 

 

参考文献

1) 白山義久(2000)、無脊椎動物の多様性と系統(監修:岩槻邦男、馬渡峻輔)、バイオディバーシティ・シリーズ5、裳華房

2) Philippe, H., Chenuil, A., and Adoutte, A. (1994) Can the Cambrian explosion be inferred through molecular phylogeny? Development Suppl.: 15-25.

3) Abouheif, E., Zardoya, R., and Meyer, A. (1998) Limitations of metazoan 18S rRNA sequence data: implications for reconstructing a phylogeny of the animal kingdom and inferring the reality of the Cambrian explosion. J. Mol. Evol. 47: 394-405.

4) Rokas, A., and Holland, P. W. H. (2000) Rare genomic changes as a tool for hylogenetics. Trends Ecol. Evol. 15: 454-459.

5) Boore, J. L., Lavrov, D. V., and Brown, W. M. (1998) Gene translocation links insects and crustaceans.  Nature 392: 667-668.

6) Takeichi, M. (1995) Morphogenetic roles of classic cadherins. Curr. Opin. Cell Biol. 7: 619-627.

7) Tepass, U. (1999) Genetic analysis of cadherin function in animal morphogenesis. Curr. Opin. Cell Biol.11: 540-548.

8) Oda, H., and Tsukita, S. (1999) Nonchordate classic cadherins have a structurally and functionally unique domain that is absent from chordate classic cadherins. Dev. Biol. 216: 406-422.

9) Oda, H., Wada, H., Tagawa, K., Akiyama-Oda, Y., Satoh, N., Humphreys, T., Zhang, S., and Tsukita, S. (2002) A novel amphioxus cadherin that localizes to epithelial adherens junctions has an unusual domain organization with implications for chordate phylogeny. Evolution & Development 4, 426-434.

10) Wada, H., and Satoh, N. (1994) Details of the evolutionary history from invertebrates to vertebrates, as deduced from the sequences of 18S rDNA. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 91: 1801-1804.

11) Turbeville, J. M., Schulz, J. R., and Raff, R. A. (1994) Deuterostome phylogeny and the sister group of the chordates: evidence from molecules and morphology. Mol. Biol. Evol. 11: 648-655.

12) Carroll, S. B., Grenier, J. K., and Weatherbee, S. D. (2001) From DNA to diversity. Blackwell Science.

13) Akiyama-Oda, Y. and Oda, H. (2003) Early patterning of the spider embryo: A cluster of mesenchymal cells at the cumulus produces Dpp signals received by germ disc epithelial cells.  Development, in press.

14) Holm,  (1952) Experimentelle Untersuchungen ber die Entwicklung und Entwicklungsphysiologie des Spinnenembryos. Zool. Bidr. Uppsala 29, 293-424.

15) 山崎一憲、秋山-小田康子、小田広樹「ヤエヤマサソリの分子発生生物学的研究:実験系樹立へ向けた試み」日本節足動物発生学会、第38回大会 2002.7.6(菅平、長野)

 

 

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