オサムシ研究のこれまでとこれから
「DNAから進化を探るラボ」の研究材料として、イチジク属植物とイチジクコバチがあります。ラボのアイコンもそれをイメージしたものです。
今回は、もう一つの大切な研究材料「オサムシ」について紹介したいと思います。
オサムシ研究のこれまで
DNAから進化を探るラボは、オサムシ研究から始まりました。歩く宝石と呼ばれ世界中に愛好者がいるオサムシは、進化研究の観点からもとても興味深い昆虫です。
その当時のことを、季刊「生命誌」100号で振り返っています。
季刊「生命誌」100号 多様な生きものがどのように共通祖先から生まれてきたのか
この研究の中でオサムシの新種も発見しました。
スペースシャトルで宇宙にも行ったクビナガモドキ
BRH設立当初から始めたこの研究は、世界中のアマチュア研究者と協力し大きな成果をあげました。
今読み返しても皆さんの熱が伝わる、当時のニュースレターをごらんください。
季刊「生命誌」28号冬 オサムシから進化を語る
現在は絶版になってしまいましたが、オサムシ研究から見えてきた発見を1冊の絵本(「オサムシが語る進化のおはなし」)にまとめました。
複雑な内容を分かりやすく、興味を持っていただけるように楽しいイラストで説明しているので代表的なものをご紹介します。
日本列島の地史と、オサムシの種分化がピタリと合わさったとても興味深い発見
オサムシの形態の多様化は、様々なイベントが組み合わさって起こったものである
「オサムシが語る進化のおはなし(絵:ハシモトケイタ)」より
また、この成果をもとにして館内に展示も作られました。
(珍しい標本も展示していますので、ぜひ見にいらしてください)
自然の中で時間を紡ぐ生きものたち
オサムシ研究のこれから
色々なことが解明されましたが、分からないことも残っていました。オサムシの大きな特徴の一つである「飛べない」ことに関する進化的解明は、当時の研究技術の限りのためにできませんでした。
オサムシの翅は、ほかの甲虫類と同じ前翅と後翅に分かれ、前翅は固くなって基本的に体の保護に特化しており、飛翔機能を持っているのは後翅のみです。オサムシが飛べないというのは、その後翅が退化しているためです。オサムシはなぜ、どのように後翅を退化して、一見有利な飛翔能力を失ったのかはとても興味深い問題です。
この十数年で急速に進んだ研究技術のおかげで、今ならばそれに取り組むことができるのではないかと、2017年、2018年と続けてラボ日記で紹介しました。
2017年ラボ日記「オサムシの翅の話」
2018年ラボ日記「オサムシの後翅の退化」
その間、オサムシ研究に携わっていた主要メンバーと、オサムシの後翅退化の実態を把握しようと動き始めていました。
興味深いことに、一言で「後翅の退化」といっても種によって退化の様子が異なっていることがわかりました。2018年にその知見をまとめた論文が公表されています。
Evolutionary history of carabid ground beetles with special reference to morphological variations of the hind-wings. Proc. Jpn. Acad., Ser. B 94: 360-371. (2018)
オサムシ各系統の代表的な種とそれぞれの後翅
オサムシの後翅退化の分子機構を探る
オサムシの後翅退化の状況を知るためには、オサムシの発生に伴う翅の変化を観察する必要があります。まずは、関西で比較的手に入りやすいヤコンオサムシ(上記の図Qに近縁)の飼育に取りかかりました。以前のオサムシ研究で協力してくださった方にお願いして、十数匹のヤコンオサムシの♂と♀を採集していただきました。モデル昆虫のように飼育法が確立されておらず、オサムシ研究者に飼育法を教わりながら、手探りで飼育に取り組みました。
その結果、卵から幼虫、蛹、そして成虫とすべての段階を追うことができました。
その飼育の様子を動画にまとめました。(※動画中、オサムシトラップの中にいるのはヤコンオサムシではありません)
動画の中で羽化して新成虫になったヤコンオサムシは、♂です。
前足の跗節が太くなっているのが、わかりやすかったのではないかなと思います。
(オサムシの成虫は色々なものを食べますが、幼虫は特定の餌を捕食する狭食性であることが知られています。今回動画で紹介したヤコンオサムシの食性は「ミミズ」ですが、オサムシの種によって「昆虫の幼虫」や「カタツムリ」の3タイプに分かれます。)
また、飛べないことが特徴のオサムシの中で珍しく、飛ぶ事ができるオサムシ(クロカタビロオサムシ:上記の図A)の飼育も行いました。
羽化の様子を動画におさめることができたので、こちらもぜひご覧ください。飛べるクロカタビロオサムシの後翅は、もちろん退化していません。
現在、それぞれの時期の翅の状態を観察するとともに、分子機構の解明のためにサンプルを回収し解析を行っています。
近い内に皆さんに研究の成果をご報告できるように、努力しています。研究員レクチャーなどで、研究の中から見えてきたことをお話する機会もあるので、そちらもぜひ聴きにいらしてください。
研究員レクチャー 「オサムシの後翅退化の 進化的プロセスを考える 〜最新の研究成果を通して〜 」