年度別活動報告
年度別活動報告書:2004年度
3.昆虫と植物との共生関係、共進化および種分化 3-2. 昆虫類(六脚類)の起源、系統と進化
蘇 智慧(研究員、代表者)
佐々木剛(奨励研究員)
神田嗣子(研究補助員)
はじめに
六脚類とは、六本足を有する陸上昆虫類Insectaの総称で、分類学的に無翅昆虫亜綱と有翅昆虫亜綱に大きく分けられ、また無翅昆虫亜綱はさらに4目、有翅昆虫亜綱はさらに26目に分類されている。従来の昆虫類の進化系統関係に関しては、化石学上の事実を基礎にして、現存の材料を加えた比較形態学、胚子発生および個体発生上の事実、さらに古地理・古気候或いはこれらの作り出す古生態的な条件などを勘案して推定されてきた。これまで提案されてきたいずれの系統樹においても、基本的に有翅昆虫類は無翅昆虫から生じ、翅を発達させて進化してきたものである。
近年の分子系統解析の結果、昆虫類を含む節足動物門の系統関係は大きく変貌している。従来、六脚類は多足類から進化してきたと考えられていたが、様々な分子を用いて節足動物門の系統樹を再構築したところ、多足類は鋏角類(クモなど)に、六脚類は甲殻類(エビなど)にそれぞれ近縁であることが判った。このことは六脚類が甲殻類に起源したものであることを示唆し、無翅昆虫類は有翅昆虫類と甲殻類をつなぐ極めて重要な位置を占めるようになった。しかし、甲殻類と昆虫類との間の関係はほとんど判っておらず、無翅昆虫類の系統的位置は特に混乱している8,9)。そこで私たちは多数の核ゲノム上の遺伝子を比較して無翅昆虫類の正しい系統的位置を解明し、昆虫類の起源、系統と進化を明らかにすることを目的として、今年度後半から本研究を開始した。
結果と考察
1) 昆虫の起源を探る分子マーカーの探索
ここ数ヶ月の研究は主として有効な分子マーカーを探っているところである。タンパク質をコードし、十分な長さを持ち、適当な進化速度を有している多数の核遺伝子を候補としているが、様々な動物や植物等の系統解析に使われている遺伝子を調べたところ、RNA polymerase とDNA polymerase 等幾つかの遺伝子が有望であり、トビムシ、カマアシムシ、シミなど無翅昆虫類とチョウなど有翅昆虫類を用いて実験を行っている。これらの候補遺伝子はイントロンを含んでいるため、直接ゲノムDNAから増幅するには困難と予想され、RNAを抽出して、逆転写反応を行い、cDNAから遺伝子増幅を行い、塩基配列を決定する手法を取っている。
2) 種特異性の崩壊機構
現在のところ、DNA polymerase とDNA polymerase 遺伝子の各subunitおよび18SrRNA遺伝子などを調べた結果、RNA polymerase II largest subunitがもっとも有効な遺伝子の1つであることが分かった。この遺伝子を用いて作成した節足動物全体の系統樹は図4に示す。系統樹から分かるように、この系統関係はこれまでの分子による結果とほぼ一致している。鋏角類と多足類は同一起源を示しているが、信頼度は高くない。一方、甲殻類と六脚類が確実に共通祖先を有していることは系統樹から見て取れる。しかし、両者間の関係となるとはっきり分かれずに、入り交じっているように見える。分岐の信頼度も低い。このあたりの系統関係を確実にするためには、更に複数の有効な遺伝子と生物種を付け加えて系統解析を行う必要がある。今後の課題である。
図4. RNA polymerase II largest subunit による節足動物の系統樹。
おわりに
イチジク属とイチジクコバチの関係は寄生コバチを含めた三者の関係が絡み合った複雑な系である。イチジク属と送粉コバチの共生関係の進化を探る上ではこれら三者の生活史がどのように関連しているかを知る必要があるが、まだほとんど分かっていないのが現状である。寄生コバチは宿主の転換によって種分化を起こしているようだが、その転換の機構と条件について更なる研究が必要である。送粉コバチはイチジク属植物との「1種対1種」の関係は多くの種においてかなり安定しているが、アコウとガジュマルといった雌雄別株の種では複数の送粉コバチの系統が見られる。これらの系統が種として確立されているかどうかを語るためには、更に材料を増やす必要がある。また、日本産イチジクとイチジクコバチの起源や列島への進入解明にも周辺地域のサンプルを解析しなければならない。今後はもう少しテーマを絞って、 DNA 解析と生態調査などを通してイチジクとイチジクコバチの共生・共進化の謎を解いていきたい。
昆虫類の起源に関しては、幾つかの遺伝子の系統解析の結果を見ると、甲殻類と昆虫類の分岐および両者の中の初期種分化は恐らく同時か短期間のうちに起きたと思われる。従って、これらの系統関係を解明するためには、大量の分子情報が必要である。この系統解析に有効な遺伝子を如何に沢山見つけるかは研究成否の鍵であろう。また、昆虫の起源を明らかにするには、昆虫類だけでなく、甲殻類の代表的なグループも同時に解析しなければならない。今後は両グループからもっとも必要なものを選んで、種数を増やしながら研究を進めていきたい。
引用文献
1) Rasplus J-Y, Kerdelhue C, Clainche I L, Mondor G (1998) Molecular phylogeny of fig wasps Agaonidae are not monophyletic. C. R. Acad. Sci. Paris, Sciences de la vie / Life Sciences 321: 517-527.
2) Weiblen, G. D. (1999) Phylogeny and ecology of dioecious fig pollination. Ph. D. Thesis, Harvard Univ., Cambridge, Massachusetts.
3) Yokoyama J (1995) Insect-plant coevolution and speciation. In R. Arai, M. Kato, and Y. Doi [eds.], Biodiversity and evolution, 115-130, National Science Museum Foundation, Tokyo, Japan.
4) Yokoyama J, Iwatsuki K (1998) A faunal survey of fig-wasps (Chalcidoidea: Hymenoptera) distributed in Japan and their associations with figs (Ficus: Moraceae). Entomol. Sci. 1: 37-46.
5) 蘇智慧, 飯野均, 中村桂子 (2004) メキシコ産イチジクコバチの分子系統と進化. 蝶類DNA研究会ニュースレター No. 12: 39-43.
6) 蘇智慧, 東浩司 (2002) 日本産イチジクコバチの分子系統と進化. 昆虫と自然 37: 8-12
7) 東浩司, 蘇智慧, 中村桂子 (2003) イチジク属とイチジクコバチの共進化. 数理科学 No. 479: 78-83.
8) Nardi F, Spinsanti G, Boore JL et al. (2003) Hexapod origins: monophyletic or paraphyletic? Science 299: 1887-1889.
9) Delsuc F, Phillips MJ, Penny D (2003) Comment on "Hexapod origins: monophyletic or paraphyletic?" Science 301: 1482d.