年度別活動報告

年度別活動報告書:2015年度

分子系統から生物進化を探る  3-2. 多足類をはじめとする節足動物の系統進化の解明

蘇 智慧(主任研究員) 和智仲是(奨励研究員)

佐々木綾子(研究補助員) 南紘彰(大阪大学大学院生)

 

はじめに

 記載種数において動物界最大の分類群である現生の節足動物門は、鋏角亜門 (Chelicerata; 以下、鋏角類)・多足亜門 (Myriapoda; 以下、多足類)・甲殻亜門 (Crustacea; 以下、甲殻類)と六脚亜門 (Hexapoda; 以下、六脚類) の4亜門に分類される。この節足動物門に属する生物は、地球上の至る所に分布しており人類にとっても身近なものが多い。しかし節足動物門内の系統関係について多くの点が未だ明確になっていない。多足類の系統的位置については多足類と鋏脚類が姉妹群を形成するMyriochelata説と多足類が汎甲殻類(甲殻類+六脚類)と姉妹群を作るMandibulata(大顎類)説が提唱されている。近年の分子系統学的研究では大顎類説がより支持されている。しかしその多くが信頼性の低い樹形から得られた結論のため、検討の余地が残されている。六脚類と甲殻類の関係についてはミトコンドリア遺伝子による研究では無翅昆虫の内顎類(カマアシムシ目+トビムシ目+コムシ目)が甲殻類の一部より前に分岐した可能性が示唆され、六脚類の単系統性も疑問視されていた。しかし、最近の多くの研究結果はその可能性を否定している10,11)

 各亜門における「綱」間・「目」間の系統関係についても明確になっていないところが多く残されている。我々はこれまでに複数の核タンパク遺伝子を用いて、六脚類と多足類の目間の系統関係の解明を行ってきた10,12)。六脚類については、これまで提唱されていた内顎類・無尾類・無眼類の単系統性を否定し、分子系統学的にカマアシムシ目が六脚類において最も先に分岐した系統であることを示した。また有翅昆虫の系統関係についても、多新翅類の単一起源を強く支持する系統仮説を分子情報に基づいて初めて提唱し、完全変態類昆虫の目間の系統関係をほぼ完全に明らかにした。最近、大量の遺伝情報を用いたゲノム系統学(Phylogenomics)の研究によって、六脚類の系統進化に対する理解はさらに前進した13)。多足類については、ムカデ綱 Chilopoda・ヤスデ綱 Diplopoda・コムカデ綱 Symphyla・エダヒゲムシ綱 Pauropodaのうち、コムカデ綱が最も祖先的な系統であることを明らかにした。さらに、その分岐はこれまで考えたより遙かに古く、カンブリア紀初期に遡ることが判明した。また、変態様式の祖先状態の推定を行った結果、多足類の祖先種は1)半増節変態を行っていたこと、2)体節と脚の数が少なかったことが示唆された14)(図1)。しかし、これまでの研究によって六脚類と多足類の系統関係に対する理解が大きく深まったとはいえ、未解明な部分が多く残されている。多くの研究が行われて来たにも関わらず、節足動物門の系統関係についての十分な理解が進まない主な原因の一つは解析に使用される分子情報の不適切性と量の不足であると考えられる。そこで、我々は昨年度から次世代シークエンサーを活用しトランスクリプトーム情報を用いたゲノム系統学的解析に取り組んでいる。本年度行った多足類の研究の進捗状況について報告する。

 

結果と考察

1. 解析に用いたサンプルとその配列情報の取得

 多足類は、ムカデ綱(5目)・ヤスデ綱(16目)・コムカデ綱(1目)・エダヒゲムシ綱 (2目)の4綱からなる。これまで多足類の綱レベルの系統関係についてはさまざまな仮説が提唱されてきた。核タンパク質遺伝子RNA polymerase II largest subunit (RPB1), RNA polymerase II second largest subunit (RPB2) とDNA polymerase δ catalytic subunit (DPD1)を用いて系統関係を推定したところ、コムカデ綱が最初に分岐し残り3綱(ムカデ綱・ヤスデ綱・エダヒゲムシ綱)が一つの系統群であることが示唆された(図1)。ムカデ綱とヤスデ綱の目レベルの系統関係では形態に基づく系統分類と矛盾しない結果になった。しかし、エダヒゲムシ綱・ヤスデ綱・ムカデ綱の綱レベルの関係やヤスデ綱の目レベルの関係の一部については、樹形の統計的支持が弱く、検討の余地が残されている。これらの系統関係を詳細に明らかにすることは、節足動物門において多足類特有の変態様式の起源や進化過程についての理解につながる。多足類の目レベルの系統関係を明らかにするために、それぞれの系統群から代表種を選んで解析に用いた。デーがベースに配列データを公表されたものは、新たに配列の決定を行わず、公開の配列データを利用することにした。結果として新たに多足類15種と鋏角類1種のトランスクリプトームの配列の決定を行った。そのうち、系統解析に十分な配列情報が得られたものは、多足類10種と鋏角類の1種であった。それら11種からそれぞれ1000万リード以上の配列情報が得られた。トランスクリプトームの配列の決定については、ISOGENを用いてRNAを抽出し、TruSeqを用いてcDNAライブラリーを作製し、次世代シークエンサー(MiSeq)で配列の決定を行った。その他に、データベースから多足類9種、六脚類3種、甲殻類1種、鋏角類2種と節足動物以外(外群)2種の配列データを入手した。また、小田ラボからオオヒメグモ(鋏角類)の配列データを頂いた。

 

 

2. 系統解析用のデータセットの構築と系統樹の作成

 MiSeqから得られた配列情報(リード)をCLC Genomics Workbenchを用いてアセンブルを行い、コンティグ配列を得た。500bp以上のコンティグ数は種によって異なるが、約20,000〜50,000得られた(表5)。データベースから入手した配列データについは、ジムカデの1種(Himantarium gabrielis)とタマヤスデ(Glomeris pustulata)がそれぞれ約11,000コンティグであった以外、ほぼ同レベルのコンティグ配列数が得られた。得られたコンティグ配列は必ずしもそのまま全て系統解析に使用できるとは限らない。配列の中には系統解析に不適切なものが多く含まれているからである。大量の遺伝子配列から、解析に適したそれぞれの種で相同な遺伝子配列を得るために、それ以外の配列をとり除く必要がある。まず、それぞれのコンティグ配列をアミノ酸配列に翻訳する。複数の節足動物(全ゲノム配列が分かっているもの)に共通して存在する単一コピーの相同遺伝子(オーソログ遺伝子)を参考配列として、類似性の高いコンティグ配列を検索し集め、系統解析に使用するための候補配列を得た。参考配列として、セイヨウミツバチ、コクヌストモドキ、カイコガ、ミジンコ、クロアシマダニとイトゴカイ6種の全ゲノム配列から集められた1579個のオーソログ遺伝子を用いた。これら1579個のオーソログ遺伝子セット(コアセットinsecta hmmer 3-2)を参考配列にして、HaMStRというプログラムを用いて、本研究で得られたコンティグ配列を検索した。その結果、データベースから入手した配列データも含め、それぞれの種から1,200以上(オビヤスデ目の1種Polydesmus angustusのみが1,023)のコンティグ配列(オーソログ遺伝子)が得られた。

 各種から抽出したオーソログ遺伝子(系統解析用の候補配列)をMAFFTというプログラムを用いて遺伝子座ごとにアライメントを行う。その後、Gblocksプログラムを用いて系統推定の際にノイズとなるような配列を取り除いた。その結果、Polydesmus angustusが870である以外、それぞれの種から約1000〜1390の遺伝子座が得られた(表5、データセット1の選択された遺伝子座数)。これらの遺伝子座を連結したアライメントのデータセット(表5、データセット1)のアミノ酸座数は約30万となり、ミッシングデータは30%台1種、20%台4種、10%台2種、その他は数%台にとどまった.最近の研究と比較すれば非常にミッシングデータが少ないデータセットが構築されたと考えられる。さらにミッシングデータを減らすために、少数の種しか持っていない遺伝子座を除去し、データセット2を構築した。遺伝子座数とアミノ酸座数がかなり減少したが、ミッシングデータも非常に少なくなった。

 このように構築した2つの配列データセットを用いて、LG4X進化モデルと最尤法による系統解析を行った。系統樹の構築はRAxMLを用いて1000ブートストラップで行った。2つのデータセットから得られた系統樹は同一の樹形を示した。樹形の統計的支持率(ブートストラップ値)は1箇所(67/89)を除いてすべて高かった(90以上)。節足動物門において、まず鋏角亜門が分岐し、多足亜門と汎甲殻類(甲殻亜門+六脚亜門)が姉妹群になり、大顎類説を強く支持する結果となった。多足亜門の4綱の関係については、コムカデ綱とエダヒゲムシ綱、ヤスデ綱とムカデ綱がそれぞれ姉妹群となり、その支持も強かった(ブートストラップ値が100)。しかし、この結果は3つの核タンパク遺伝子を用いて得られた、これまでの我々の結果と異なる。また、ムカデ綱内の目レベルの系統関係についても、イシムカデ目とジムカデ目が近縁となり、これまでに提唱されてきた仮説と異なる。ヤスデ綱内の目レベルの系統関係は、これまでに考えられてきたものと一致し、さらにヒメヤスデ目とフトマルヤスデ目が近縁であることも新たに判明した。

 

おわりに

 これまでに複数の核タンパク遺伝子座の情報を用いて、昆虫類や多足類を中心に節足動物門の系統進化の解明を行い、その理解に大きく貢献してきた。しかし、現在でも未解明の問題は少数の遺伝子では解明することが困難であることが予想され、ゲノム規模の大量の遺伝情報を用いた系統解析が必要であると考えられる。一方、大量の遺伝情報を用いる場合、系統解析に不適切な情報も含まれる可能性がある。今後、配列の持つ系統情報が遺伝子の機能によって偏るかどうか、ある系統関係を偏って支持する配列情報があるかどうかといったことを検討していきたいと考えている。また、必要となる新たな試料の採集・配列情報の新規獲得も行っていきたい。多足類の綱レベルと目レベルの系統関係を明らかにすることで、多足類の変態様式と体節増加の進化過程を解明したい。最終的には、さらに鋏角類や汎甲殻類の情報も加えて節足動物門全体の系統関係を解明し、その進化を探りたい。

 

 

引用文献

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2)Su Z.-H., Iino H., Nakamura K. Serrato A. and Oyama K. (2008) Breakdown of the one-to-one rule in Mexican fig-wasp associations inferred by molecular phylogenetic analysis. Symbiosis 45: 73–81.
3)Cornille, A., Underhill, J.G., Gruaud, A., Hossaert-McKey, M., Johnson, S.D., Tolley, K.A., Kjellberg, F., von Noort, S. and Proffit, M. (2012) Floral volatiles, pollinator sharing and diversification in the fig-wasp mutualism: insights from Ficus natalensis, and its two wasp pollinators (South Africa). Proc. R. Soc. B 279: 1731–1739.
4)Cruaud, A. et al. (2012) An extreme case of plant–insect codiversification: figs and fig-Pollinating wasps. Syst. Biol. 61: 1029–1047.
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6)Kusumi, J., Azuma, H., Tzeng, H.-Y., Chou, L.-S., Peng, Y.-Q., Nakamura, K., and Su, Z.-H. (2012) Phylogenetic analyses suggest a hybrid origin of the figs (Moraceae: Ficus) that are endemic to the Ogasawara (Bonin) Islands, Japan. Mol. Phylogenet. Evol. 63: 168–179.
7)Bai, L., Goldman, A. L., and Carlson, R. (2009) Positive and negative regulation of odor receptor gene choice in Drosophila by Acj6. J. Neurosci. 29: 12940 –12947.
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10)Sasaki, G., Ishiwata, K., Machida, R., Miyata, T. and Su, Z.-H. (2013) Molecular phylogenetic analyses support the monophyly of Hexapoda and suggest the paraphyly of Entognatha. BMC Evol. Biol. 13:236.
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12)Ishiwata K., Sasaki G., Ogawa G., Miyata T. and Su Z.-H. (2011) Phylogenetic relationships among insect orders based on three nuclear protein-coding gene sequences. Mol. Phylogenet. Evol. 58: 169–180.
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