論文

Ai Muto-Fujita, Kazuhiro Takemoto, Shigehiko Kanaya, Takeru Nakazato, Toshiaki Tokimatsu, Natsushi Matsumoto, Mayo Kono, Yuko Chubachi, Katsuhisa Ozaki* & Masaaki Kotera* (2017)

Data integration aids understanding of butterfly–host plant networks

Scientific RepoRts | 7:43368 | DOI: 10.1038/srep43368

解説

 蝶や蛾の仲間の多くは植食性で、食草の変更が多様化や種分化に最も大きな影響したと考えられています。しかし、食草選択がどのように行われているか、基盤となる仕組みなどは十分に理解されているとは言えません。図鑑や論文には、蝶と食草の関係について多くの情報が蓄積されていますが、それらを全て読み込み記憶し、知識として活用するのは困難です。
 そこで我々は、日本の蝶について文献情報をデータ化し、蝶と植物の関係と系統関係を組み合わせ、統計学的に解析を行いました。その結果、基本的に蝶は科という分類単位ごとに決まった科の植物に依存していますが、蝶の一部のグループは、分類群の単位を超えて同じ植物を餌として共有していることが明確に示されました。この現象は偶然そうなったのではなく、独立に獲得した適応的な形質であると考えられます。例えば、シロチョウ科の蝶はアブラナ科の植物に強く依存し、シジミチョウ科の蝶はグループごとに様々な植物に依存していますが、これら蝶の一部のグループがマメ科を食草として共有しています。ちなみにマメ科は、チョウにとっては毒性が低い安全な植物とされていて、飼育している際に食草が手に入らない場合の代替食として利用できます。
 これに加えて、蝶が依存している寄主植物に特徴的な化合物を統計学的に解析しました。同定された化合物のいくつかは、ある蝶にとっては誘引物質でありながら別の蝶にとっては忌避物質であることが知られているものでした。
 さらに、昆虫が作る化合物(におい成分など)を、食草由来の化合物を基質として合成可能か推定するため、公開データベースに登録されているゲノム配列やトランスクリプトーム配列を利用し、酵素反応に関わる遺伝子を予測しました。その結果、いくつかの化合物について、合成経路に関与すると考えられる遺伝子を同定することが出来ました。
 我々の成果は、公開されている様々なデータを統合することにより、特定の生物間相互作用に関与すると考えられる化合物をコンピュータによって検出することが可能になり、さらにゲノムやトランスクリプトームのデータを組み合わせることで、食草選択に関与する分子メカニズムの解明を省力化・高速化できることを示しました。
 ここから見えてくる、食性転換に関わる分子メカニズムのストーリーを考えてみましょう。蝶が分類群の大きく異なる植物へ食性転換するときには、偶然の突然変異によっていきなり違う植物に適応できてしまうのではなく、一旦はマメ科のような代謝能力的に安全と考えられる植物を避難場所のように利用し、その後に既存の代謝関連遺伝子群で対応可能な植物へと移っていき、食性が変わった後に、食草認識や解毒に関連する遺伝子群が新たな食草に合わせて最適化されるかのように変化していくのではないかと考えられます。
 かつてアゲハチョウとその食草は、植物が防御機構を変化させると、それを追いかけるかのようにチョウが適応していく「シーソーゲーム」のような共進化をしていると考えられていましたが、実際には共進化ではなく、含有する化合物が似ている植物をチョウが気まぐれに渡り歩いていたのだと考えられます。つまり、食草転換をきっかけとする種分化は、チョウの都合で起きるのだと推測されます。

一覧へ戻る