年度別活動報告

年度別活動報告書:2007年度

アゲハチョウの食草選択と進化

尾崎 克久(研究員) 中 秀司(奨励研究員)

広崎 由利恵(研究補助員) 宇戸口 愛(大阪大学大学院生)

 

はじめに

 昆虫は生活史の中で、環境の情報を知る手段として化合物を巧みに利用している。化合物の受容は味覚・嗅覚として認識され、寄主選択、配偶行動、集団生活の維持、社会性の構築など様々な場面で重要な役割を担っている。寄主選択において化学受容の仕組みに変化が生じた場合、それまでとは異なる空間を生息の場として利用する集団が現れ、住み分けが何世代にもわたって繰り返されることによって種分化へとつながる。このような変化は、進化の歴史を物語る証拠としてゲノムに刻まれる。昆虫と環境との関わりにおいて中心的な機能である味覚や嗅覚といった化学受容に関わる分子機構の解明は、昆虫の多様化、種分化、適応の仕組みを解明するために、最も有力な手がかりになると考えられる。
 アゲハチョウの仲間は、他の多くの植食性昆虫と同様に、特定の植物のみを餌として利用する単食性に近い寄主選択をしており、寄主選択とアゲハチョウ科の進化には相関関係が認められる1)。卵から孵化したばかりのアゲハチョウの幼虫は、体が小さく移動能力が低いため、自力で餌を探索することは困難である。メス成虫による正確な植物種の識別と産卵場所の選択は、次世代の生存を左右する重要な役割である。メス成虫は産卵の直前に前脚で植物に触れることで含有する化合物を感じ取り、その組み合わせによって産卵行動が引き起こされる。ナミアゲハ(Papilio xuthus)では、ウンシュウミカンの葉から産卵刺激物質として10種類の化合物が単離されている2)。他にも数種のアゲハ類で産卵刺激物質が明らかにされており、これらの構造についてアゲハ種間で比較すると類似性が認められる。植物の系統的近縁性とは無関係に、植物に含まれている化合物の類似性が寄主転換の可能性を支え、食性の進化を可能にしたのではないかと考えられている3)。これまでに報告されている産卵刺激物質は全て不揮発性であるため、アゲハチョウは前脚で「味」のようなものとして認識していると考えられている。前脚での味の感じ方に変化が生じた場合、それまでとは異なる植物を選択する集団が現れて、住み分けによる隔離を出発点とする同所的種分化という現象を引き起こしたと考えられる。
 ミカン科食性のアゲハチョウ間であっても、種ごとに産卵刺激物質として認識する化合物の組み合わせが異なるため、種ごとに特徴的で多様な味覚受容体を持っていることが予測される。また、味覚受容体が化合物を認識するためには、化合物が化学感覚毛内のリンパ液を通り抜けて受容体に到達する必要があるため、化合物を結合して運搬する役割を持つタンパクが必要になると考えられる。味覚受容体と化合物結合タンパクを中心とする産卵刺激物質受容システムに関わる遺伝子群を解明し、複数種間で比較することができれば、食草転換を原動力として起きた進化という現象のメカニズムを理解する重要な手がかりになると考えた。
 昆虫の味覚に関する研究が本格的に始まったのは20年以上前に遡るが4)、味覚受容体は2000年になって初めて7回膜貫通型受容体(以下7TMRと略)が報告された5)。化学受容の7TMRは一次構造の多様性が高く、脊椎動物から報告されている味覚・嗅覚の7TMRに対する類似性を手がかりとした探索は困難であり、ショウジョウバエの全ゲノム配列の情報科学的解析によって候補遺伝子ファミリーが同定された。昆虫の味覚受容体は極端に発現量が少ないため解析は困難を極め、直接的な証拠によって機能が解明されているものはまだ少ない6),7)。化合物結合タンパクについて、味覚器官で発現するものが見つかっており8)、食草の選択に重要な役割を持つものも報告されている9)。また、多種昆虫から化合物結合タンパクの遺伝子が報告され、情報が蓄積しつつある。

 本研究は、主たる食草の産卵刺激物質が明らかにされているナミアゲハとシロオビアゲハを材料として用い、メス成虫前脚ふ節に発現する味覚受容体遺伝子及び化合物結合タンパク遺伝子をクローニングし、その機能と特徴の解明を目的として取り組んでいる。初年度(2001年)はナミアゲハメス成虫前脚ふ節からcDNAライブラリーを調製し、大量塩基配列決定方法とRT-PCRによる発現部位決定法を確立した。2002年度はナミアゲハメス成虫前脚ふ節cDNAライブラリーの網羅的な塩基配列決定及び、得られた配列の情報解析、発現解析を行った。その結果、ふ節に特異的に発現する7TMRであるPXFT-01989、ふ節で発現する11種類の化合物結合タンパク(chemosensory protein: CSP)、ふ節で発現する3種のアミンレセプター及び1種類のチトクロームp450の遺伝子をクローニングした10)。2003年度はFosmidベクターを用いてナミアゲハゲノムライブラリーを作製し、既に得られた上記候補遺伝子をプローブとして、ゲノム上の遺伝子の全構造と関連遺伝子ファミリーのクローニングを行った。2004年度は、ふ節に特異的に発現する7TMR遺伝子であるPXFT-01989から、選択的スプライシングによって少なくとも4種類のメッセンジャーRNAが作られていることを発見した。また、PXFT-01989遺伝子を手がかりとして、他のアゲハチョウから7TMR遺伝子を探索した結果、シロオビアゲハから類似性の高い部分配列を発見した。複数の7TMR遺伝子の発見を目的として、シロオビアゲハのメス成虫ふ節の完全長cDNAライブラリーを作成した。2005年度は、バキュロウイルスベクターを用いて培養昆虫細胞中でPXFT-01989遺伝子を発現させ、カルシウムイメージング法を用いて化合物への応答について解析を行い、PXFT-01989遺伝子が産卵刺激物質の一つであるシネフリン(synephrine)の受容体である可能性を示唆する結果を得た。また、シロオビアゲハのcDNAライブラリーの解析で見つかったCSPファミリーについてナミアゲハと比較することでこの遺伝子ファミリーの進化について考察した。2006年度は、公的なデータベースに登録されている昆虫化学受容体の配列を収集し、最尤法による系統解析を行った結果、化学受容体が味覚と嗅覚の2グループに大別され、PXFT-01989が味覚グループに属することを確認し、PxutGr1と名付けた。また、PxutGr1が、シネフリンに対する応答の強さが濃度依存的に上昇することを確認した。

 本年度は、PxutGr1遺伝子の成熟過程における生体内での発現量の変化を調べ、産卵行動の活性との関連性を考察した。シロオビアゲハから見つかったPxutGr1ホモログ遺伝子の全長配列を決定し、ゲノム構造を調査した。また、CSP遺伝子がゲノム上の特定の領域にクラスターしており、その構造がカイコと類似していることを発見した。

 

結果と考察

アゲハチョウ成熟過程におけるPxutGr1発現量の変化

 アゲハチョウの行動は成熟段階ごとに厳密に制御されており、メス成虫は羽化当日にオスと交尾をし、羽化後2日から産卵を開始し、羽化から3日後に産卵活性が最大となる。PxutGr1の発現パターンは未解明であり、成熟過程でどのような制御を受けているのか興味深い。そこで、羽化当日を0日とし、-3日から+3日と、+7日の個体から前脚ふ節を取り出してcDNAを調整し、リアルタイムPCRのテンプレートとした。各日齢ごとに4~7個体の反復を行っている。その結果、PxutGr1は、-3日ではごく少量の発現が観察され、-2日でわずかな上昇が見られ、-1日に発現量が最大となった(図1)。羽化0日で大幅な発現量の減少がみられ、+1日以降も日ごとに減少する傾向が観察された。羽化当日に交尾させ、+3日まで飼育した個体においても同様の解析を行ったが、PxutGr1の発現量は、未交尾の個体と差が見られなかった。また、未後尾・後尾済みの両方のメス成虫にハマセンダンの葉を与えて飼育し、食草との接触による影響を調べた結果、未接触のものとの差は見られなかった。
 以上の結果から、PxutGr1は交尾や産卵行動とは無関係に、成熟の過程で発現量が大幅に変化していることが明らかになった。RNAi法を用いた遺伝子ノックダウンを行う場合の、dsRNAインジェクションの時期を考える上で重要な手がかりが得られたと思われる。鱗翅目昆虫はRNAiの効果が得られにくく、効果があっても短期間しか持続しない例が多いといわれている。インジェクションに最適な時期を見つけることができれば、遺伝子ノックダウン実験の大幅な改善が期待される。

 

図1
図1. 日齢ごとの発現量の変化
-1日をピークとする発現量の増減が観察された。

 

 

シロオビアゲハ7TMRの発見

 ナミアゲハの7TMRであるPxutGr1を手がかりとして、2種類の新規7TMRをシロオビアゲハから同定した(図2)。一方はコード領域が8つのエクソンに分断され、もう一方は9つに分断されている。PxutGr1と同じ8エクソンの遺伝子をPpolGr1、エクソンの数が異なる遺伝子をPpolGr2と名付けた。PpolGr1・PpolGr2間のホモロジーは、全体では約65%であったが、PpolGr1の第1エクソンの開始コドンから途中までが、PpolGr2の第1エクソンと塩基配列が完全に一致した。PpolGr1の第7エクソン(E7)とPpolGr2の第8エクソン(E8)は、ほぼ全体の塩基配列が一致した。PpolGr1-E7とPpolGr2-E8の共通配列は、PxutGr1の第7エクソンと約80%のホモロジーを示した。両遺伝子とも、全体ではPxutGr1と約55%のホモロジーであった。両遺伝子ともアミノ酸配列に変換し、情報学的に構造を予測すると、味覚タイプの7TMRである可能性が高いという結果が得られた。 
 遺伝子のゲノム上の位置関係を調べるため、コード領域の末端付近に外向きのプライマーを設計し、ロングPCRを行った。その結果、PpolGr1の下流向きのプライマー(PpolGr1-E8F)と第1エクソンの共通配列の上流向きプライマー(PpolGr1-E1R)の組み合わせで、約1.8kbpの増幅産物が得られ(図3)、新規の2遺伝子はゲノム上でクラスターを形成している事が明らかになった(図4)。PxutGr1の周囲からは同様のクラスターは現時点では見つかっていないことから、シロオビアゲハで独自に重複したか、ナミアゲハで失われた可能性が示唆される。
 2つの遺伝子が部分的に完全一致する配列を持っていることから、どちらかが遺伝子重複によって作られた可能性が考えられる。これら遺伝子間のホモロジーの低さは、機能的な分化に役立った可能性があるのと同時に、共通する配列は7TMRとしての共通の機能に関与している可能性が示唆される。来年度は、新規遺伝子のリガンドを特定し、機能に関する比較に取り組む予定である。

 

図2
図2. 新規7TMRの遺伝子構造
四角の部分がエクソンの領域、線の部分がイントロンの領域を表す。カッコ内の数字は、コード領域の塩基数を表す。PpolGr1の第1エクソンの最初から途中までが、PpolGr2の第一エクソン全体と塩基配列が完全に一致した。一致する領域を細線で示す。また、PpolGr1の第7エクソンとPpolGr2の第8エクソンのほぼ全体の塩基配列が一致した。矢印はゲノム構造の解析のために設計したプライマーの位置を表す。

 

図3 M: サイズマーカー(1kbp)
1: PpolGr1-E8F & PpolGr1-E1R
2: PpolGr2-E9F & PpolGr1-E1R
3: PpolGr1-E1R
図3. ゲノムDNAをテンプレートとしたPCR
PpolGr1-E8F & PpolGr1-E1Rで約1.8kbpの増幅産物が得られた。

 

図4
図4. ゲノム構造の模式図
二つの遺伝子が、約1.8kbpの非コード領域をはさんで同じ方向に並んでいる。矢印は、遺伝子のコーディングの方向を表す。

 

 

CSP遺伝子群ゲノム構造のSynteny

 これまでに、ナミアゲハからは19種類のCSP遺伝子を同定している。CSP遺伝子の配列を含むFosmidクローン数種類について、ショットガンシークエンス法で塩基配列を決定し、各遺伝子の配列をマッピングした結果、約76kbpの領域に19個中17個がクラスターしていることが明らかになった(図5)(投稿中)。特別な許可をいただいてカイコゲノムの最新データの解析を行った結果、18種類のCSP遺伝子を検出し、ナミアゲハと同様に約126kbpの領域に15個がクラスターしていることが明らかになった。さらに、ナミアゲハとカイコのCSPクラスター領域のゲノム構造を比較すると、ほぼ完全に一致することが明らかになった(図6)(投稿中)。塩基配列を比較すると、隣接するパラログ(種内の遺伝子)よりオルソログ(種間の遺伝子)の方がホモロジーが高かった。ナミアゲハのCSP8ファミリー(PxutCSP8, 8a, 8b)の3遺伝子は全てカイコのCSP5(BmorCSP5)に高いホモロジーを示した。同様に、ナミアゲハのCSP4ファミリー(PxutCSP4, 4a, 4b, 4c)の4遺伝子は、カイコのCSP3, 5の2遺伝子に高いホモロジーを示した。この結果から、CSP遺伝子はナミアゲハとカイコの共通祖先の段階である程度の多様化を完了しており、種ごとに独自の多様化がさらに起きたか、種ごとに独自に遺伝子を失って現在のクラスター構造になったと考えられる。 
 CSP遺伝子は、全ゲノムの解読が完了しているキイロショウジョウバエから4個、ハマダラカから7個、セイヨウミツバチから6個しか見つからないのに対し、ナミアゲハから19個、カイコから18個、トノサマバッタから22個見つかっていることから、食植性昆虫で特別な多様化が起きている可能性が示唆される。食植性昆虫の食草選択やスペシャリスト化に何からの関係がある可能性も考えられるので、CSP遺伝子群の機能を解明する取り組みは興味深い結果が得られることが期待される。

 

おわりに

 分子の情報と産卵行動を結びつける取り組みの一環として、リアルタイムPCR法を用いて成虫の成熟過程におけるPxutGr1の発現量の変化を解析し、羽化前日にmRNA量が最大となり、産卵行動の活性が高まる羽化後3日には減少していることを明らかにした。これにより、鱗翅目昆虫はRNAiの効果が極端に得られにくいことが知られているが、発現量の上昇期をターゲットにdsRNAをインジェクションすることで、効果を高められる可能性が示唆された。また、昆虫の味覚タイプ7TMRの探索は非常に困難であることが知られており、ゲノムが解読されていない昆虫ではアゲハチョウ以外に例がない。このような状況下で、シロオビアゲハからも新規に2種類の7TMRを発見し、合計3種類になったことは特筆に値する。化学受容機構全容の解明に向けて、大きな前進であるといえる。今後は、新規7TMRの機能解析に注力しつつ、ミカン科食性で産卵刺激物質が解明されているクロアゲハも解析の対象に加え、ナミアゲハ・シロオビアゲハ・クロアゲハの比較により詳細な情報を引き出したいと考えている。ゲノムが解読されている昆虫では、CSPは少数しかなくOBPが多様化していることから、CSPに関する解析は大幅に遅れている。ナミアゲハとカイコの比較ゲノム的解析により、CSPは鱗翅目昆虫にとって何らかの重要な役割を持った遺伝子ファミリーである可能性が示唆された。

 今年度の活動は、今後の化合物受容機構の全容解明に向けて、大きな前進があったといえる。

図5

図5. CSP遺伝子のクラスター構造

グレーのボックスは、ゲノム領域を表す。ゲノムの上の細線は、Fosmidクローンの領域を示す。細線上の番号は、Fosmidのクローン番号を示す。矢印は遺伝子の領域とコーディングの向きを表す。

 

図6

図6. ナミアゲハとカイコのSynteny

グレーのボックスは、ゲノム領域を表す。矢印は遺伝子の領域とコーディングの向きを表す。パラログ間の数値は遺伝子間のホモロジーを表す。オルソログ間をつなぐ細線上の数値は、遺伝子間のホモロジーを示す。

 

 

参考文献

1 Thompson J. N. (1988) Evolutionary genetics of oviposition preference in swallowtail butterflies. Evolution 42: 1223-1234.

2 Nishida R, Ohsugi T, Kokubo S, and Fukami H. (1987) Oviposition stimulants of a Citrus-feeding swallowtail butterfly, Papilio xuthus L. Experientia 43:342-344.

3 Feeny, P. (1995) Ecological opportunism and chemical constraints on the host associations of swallowtail butterflies, pp. 9-15 in J. M. Scriber, Y. Tsubaki, and R. C. Lederhouse (eds.). Swallowtail Butterflies: Their Ecology and Evolutionary Biology. Scientific Publishers, Gainesville, Florida.

4 Tanimura, T., Isono, K., Takamura, T., and Shimada, I. (1982). Genetic dimorphism in the taste sensitivity to trehalose in Drosophila melanogasterJ. Comp. Physiol. 141, 433-437.

5 Clyne PJ, Warr CG, Carlson JR. (2000) Candidate taste receptors in DrosophilaScience. 287:1830-1834.

6 Chyb, S., Dahanukar, A., Wickens, A., and Carlson, J.R. (2003). Drosophila Gr5a encodes a taste receptor tuned to trehalose. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100 (Suppl 2), 14526-14530.

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8 Galindo K, Smith DP. (2001) A large family of divergent Drosophila odorant-binding proteins expressed in gustatory and olfactory sensilla. Genetics. 159:1059-1072.

9 Matsuo T, Sugaya S, Yasukawa J, Aigaki T, Fuyama Y. 2007. Odorant-binding proteins OBP57d and OBP57e affect taste perception and host-plant preference in Drosophila sechellia. PLoS Biol, 5: e118.

10 Ono H., Ozaki K. and Yoshikawa H. (2005) Identification of cytochrome P450 and glutathione-S-transferase genes preferentially expressed in chemosensory organs of the swallowtail butterfly, Papilio xuthus L. Insect Biochem. Mol. Biol., 35: 837-846.

 

 

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