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TALK

自然の書をめくり恐竜の
「生きる」をたずねる

小林快次北海道大学 総合博物館准教授
中村桂子JT生命誌研究館館長

1.無限の力を秘めた生きもの

小林

先週まで発掘してました。毎年、夏はフィールド調査で、つい先日モンゴルから帰国しました。

中村

心身ともに大変でしょうけれど魅力的なお仕事ですね。

小林

シャワーのないテント暮らしも多く、険しい山も登りますが、やらせてもらっている僕自身はとても楽しいです。

中村

本物に出会える喜びは格別でしょうね。

小林

はい。自分の眼で見つけて、自分の手で発掘する。最高に楽しい仕事です。

中村

私の若い頃、恐竜と言えば、子どもたちは大好きだけれど、怪獣と同じような扱いでした。それがここのところ急速に学問になってきましたでしょう。そもそも進化というテーマに、生物学者が正面から取り組めるようになったのは、二〇世紀半ばのDNA発見以来ですしね。進化や起源という言葉には誰もが興味をそそられます。しかし、以前は、もしも専門家がそんな言葉を口にしたら、研究者としてあの人はもう終ったというように思われたものです。

小林

そうなんですか。

中村

進化って、現役を引退した研究者が語る夢物語のように受け止められていたのです。その後、ゲノム解析が進んだこともあり、最近は進化研究が盛んになりました。進化という考え方は、もちろんダーウィン以来ありましたが、せいぜい進化論で、進化学と呼べるものになったのは最近でしょう。

小林

確かにそうですね。

中村

進化学が立派な学問になり、バクテリアからヒトまで、生物学者はあらゆる生きもので進化を問える時代になりましたが、その中でもとりわけ恐竜というテーマは魅力的ですね。だって、あんなに大きな図体をした生きものが驚くほど多様化して繁栄していたわけでしょ。面白いですね。

小林

恐竜研究はここ二〇年程で特に伸びています。爬虫類と鳥類を結ぶ進化を解く鍵が恐竜であるとわかったことが大きな要因でしょう。中村館長のおっしゃるように、恐竜って、今の僕らとは関わりのない、大昔、地球にいた怪物のような生きものだと、漠然と思われていたわけです。ところが太古の爬虫類が恐竜へ進化し、その中から鳥類が出現したとなると、今僕らの身の周りにたくさんいるトリにつながる進化を語る証人として、恐竜が、俄然、注目を集め出しました。

中村

過去の生物ではないという認識ですね。

小林

典型的な爬虫類と鳥類との中間段階として見ると、まさにそのような恐竜がたくさんいます。爬虫類から鳥類への道程は、脊椎動物の大進化の一つですが、恐竜を追うだけでその過程を具体的に辿れる。そこが面白いのです。

中村

新しい鍵が見つかったという感じですね。

小林

恐竜が最も成功した点は二つ。一つは空への挑戦。もう一つは巨大化です。大きさも形態も規格外の進化を遂げました。恐竜は、現生の脊椎動物には見られないような進化が過去にあったという証しでもあるのです。

中村

確かに、今見るゾウやキリンなどの大型動物も鼻、耳、首などそれぞれの暮らしとつながる多様さは見られますが、恐竜にはかないませんね。子どもならずとも大人も心惹かれます。

小林

恐竜は多様化を成功させた動物ですが、特に植物食の恐竜にその傾向が見られます。その原動力は何だったのか。今、僕らが考えている一つの仮説は性選択です。子孫を残すには、配偶相手に対して最大限、自己表現するディスプレー行動が重要です。その試行錯誤を積み重ね多様化していったのではないか。 捕食や闘争の武器、体温調節など、それ以外の要因も考えられますが、恐竜全体を通して言えることは性選択ではないでしょうか。

中村

形と行動とをつなぐ研究が進んでいるわけですね。ところで、恐竜の存在を示す化石は地球上いたるところで見つかりますね。恐竜の時代、地球は大陸もつながっていたので海を渡らず移動できたとはいえ、ここまで広がる大型動物も珍しいでしょう。現生のゾウは二種、ライオンは一種で住む場所もアフリカ、アジアなどに限られます。恐竜は人間と同じくらい世界中に広がっていますよね。

小林

恐竜を見ていると、今の生物界に見ることのできない、本来、生命がもっているポテンシャルを感じます。それが進化史の一頁としてあのように表現された。恐竜は、生命がもつ無限の力とも言える進化の可能性を、私たちの眼に見える形で示してくれる貴重な存在だと思います。

2.何が幸いするかわかりません

中村

恐竜の登場は、今から二億五千万年ほど前に起きたP—T境界期(註1)の大量絶滅が終わってしばらくした後で、そこから一億七千万年も存在していましたね。その間で、例えば、巨大化の始まりはいつかというような流れはわかっているのですか。

小林

恐竜の存在を示す最も古い化石は三畳紀後期、二億三千万年前のものです。しかし、最初の恐竜は、その化石の示す年代を更に遡り、おっしゃる通り二億五千万年前の大量絶滅がきっかけで現れたのだろうと考えられています。ただ最初の数千万年の間は、体も小さく繁栄もせず、二億年程前から少しずつ巨大化し始めたようです。

中村

小さな恐竜って可愛いですね。

小林

恐竜の主だったグループの先祖は、百五十センチ程でどれも似たような姿をしていたようです。

中村

化石で確かめられるわけですね。

小林

はい。南米アルゼンチンやブラジルで見つかっています。

中村

一番古い恐竜化石ですか。

小林

骨化石としてはそうですが、その他、欧州で二億四千万年程前の足跡化石が見つかっています。

中村

早い段階で南米から欧州まで広がっているのですね。

小林

恐竜は他の爬虫類と違い、後足でスクッと立ち上がるようにして直立歩行できました。これは移動に有利です。当時の内陸部の環境はあまり生存に適しておらず他の動物は少なかったようです。その新たな土地へと進出し、少しずつ後の大進化に備えていたようです。

中村

そのように思い描いていくと、恐竜って、よほど好奇心旺盛な生きものだったのかしら。あるいは土地を追われるような出来事があったのでしょうか。

小林

実はその頃、ワニの祖先系統にあたる大型爬虫類のクルロタルシ類(註2)が陸上を占有していたようです。効率よく歩いて移動ができた恐竜たちは、新境地を開拓していったのだと思います。厳しい環境下で獲得した能力は後の大進化につながったことでしょう。やがて恐竜の時代が訪れる一方でクルロタルシ類は絶滅してしまいます。

中村

場所を占有したワニの祖先は滅んでしまったというお話も考えさせられますね。追い出されて、苦労しながらも新境地で新しい生き方を模索したことが、後の多様化と繁栄につながるのだとしたら、本当に何が幸いするかわかりませんね。

小林

強者はその後も有利とは限らず、むしろ一時の弱者のほうが後に大きく進化する可能性を秘めていると言えるかもしれませんね。

中村

生きものの歴史ってそうですね。陸上進出でもそれが見られますでしょ。海から陸へ上がるなんて簡単なことではありません。海を追われた生きものたちも後々ここまで繁栄するとは夢にも思わなかったことでしょう。人間も生きものですから同じです。弱者のもつ可能性、恐竜に学びたいですね。

(註1) P—T境界期 【Permian-Triaasic boundary】

ペルム紀と三畳紀の境目を示す地質年代区分。二億五千万年ほど前の古生代と中生代の境界に相当する。

(註2) クルロタルシ類 【Crurotarsans】

ワニ類や植竜類など多様な系統からなる爬虫類のグループ。三畳紀に繁栄した。

3.恐竜は爬虫類?

中村

小林さんは調査でアラスカへも行かれますね。

小林

現地のテント暮らしで、僕もアラスカの寒さを実感します。夏場はまだよいのですが、恐竜たちは、この極寒の地で冬を越していたのです。寒さに加え、暗闇に囲まれ、食料もなく、一体どうやって過ごしていたのか…彼らの能力は私たちの想像力をはるかに超えます。毎年のアラスカ調査で、彼らが過酷な環境をいかに克服して生き抜いたかを物語る痕跡がどんどん出てきます。

中村

この研究が始まってから恐竜のイメージは大きく変わりましたね。

小林

やはり爬虫類と鳥類の中間に位置付けられたことで、これまでの生物学の知識を総動員して恐竜を考えられるようになりましたから。

中村

実在した生きものとしての能力の見事さが見えてきた。

小林

はい。体の大きさと空を飛ぶ能力という以外にも、二足歩行、形態の多様さ、柔軟な環境適応能力、更に社会性までも。恐竜は仲間とコミュニケーションを図りながら生活していたようで、もう爬虫類とは言えないところまで進化した動物だと思っています。

中村

でも分類上、恐竜は爬虫類ですね。にもかかわらず、例えば体温保持という点で、爬虫類には見られない恒温性であったとも言われていますね。

小林

図鑑を見ても、昔と今とでは随分違います。古いものには、ゴジラのような恐竜が描かれていてまるで怪獣図鑑のようでしたが、今は、羽が生えた恐竜が描かれていて鳥の図鑑のようにも見えます。羽をもつものは小型の獣脚類(註3)で、その中から恒温性を獲得したものが出たと考えられます。実は、僕らは今、中温性という新しい提案を試みています。

中村

今、初めて、中温性という言葉を伺いました。体温保持のしくみが違うのですか。

小林

僕らは、恒温性を内温性と呼びます。内温性とは一定の体温を保つ代謝率をもつもので、外温性とは体温が環境に左右されるいわゆる冷血動物です。ところがその中間型の代謝率を示す動物がいるので中温性という言葉を作りました。現生種ではマグロが中温性です。体内を巡る血管で体温を維持しますが、代謝率も意外に高く、恐竜は内温性へ至る過程で中温性のものが多かったと考えています。

中村

ここでも進化過程が見えてくるのですね。

小林

ご先祖にあたるワニと、子孫として生き残った鳥の情報を比較して、共通する部分は恐竜も同じような特徴をもっていたと推測するのです。また爬虫類にはなく、鳥にしか見られない特徴があれば、一体いつ、どのようにしてその特徴が生じたかを恐竜に問える。この二つが恐竜研究の面白さです。

(註3) 獣脚類 【Theropoda】

三畳紀後期に出現、白亜紀末まで繁栄し現在は鳥類に形を変えて生きている。後脚の筋肉が発達し二足歩行する。ティラノサウルスやヴェロキラプトルのように多くは肉食性だが、白亜紀には雑食性や植食性のものも確認されている。獣脚類の多くが羽毛を有していたことが近年の研究から明らかになっている。

4.ニワトリを飼う恐竜研究室

中村

今や恐竜の進化と言えば、どの本にも鳥へつながったと書いてあります。この新事実は、かなり短期間で万人が認めるに至りました。研究者として、その決定的な要因はどこにあったとお考えですか。

小林

やはり決定打は、九〇年代後半から中国で羽毛恐竜の化石が大量に発掘されたことです。それまでは、唯一、始祖鳥が恐竜と鳥をつなぐ点として象徴的な存在でした。羽毛恐竜が発掘されて、今やほぼ定説と言えるようにまでなりました。

中村

具体的には化石のどのような特徴からわかるのですか。

小林

最初に注目されたのは羽です。骨化石でわかる前肢関節の構造から飛翔が可能であったと推測されます。更にどのようにして羽ばたけるようになったかという進化過程も、複数の化石から描き出せるようになりました。

中村

鳥になるには、羽の他にも、呼吸が変わり、骨も軽くなるなどいろいろな変化が必要ですね。それらの移り変わりも見えますか。

小林

はい。当初は羽や飛翔に関する研究ばかりでしたが、徐々に、その他の特徴も検証されて、呼吸も、実は恐竜はかなり早い段階から鳥のようなしくみをもっていたことがわかりました。更に代謝率、成長の早さ、子育ての様子などにも、鳥らしい特徴が窺えるようになり、多くの研究者が、恐竜はいつ頃から鳥の特徴をもつようになったのか、その起源と進化過程を追うようになりました。 骨化石一つからもいろいろな特徴が窺えます。骨の中が空洞化しているか、更に骨を切ると、断面に成長停止線と呼ばれる年輪のような縞々が見えます。いろいろな特徴から得た情報を集めると、どのように成長していったかという過程を描き出せるのです。鳥の成長はかなり早く、爬虫類はゆっくりです。では、恐竜はどうかということも研究しています。

中村

いろいろな時代の化石に見られる羽、呼吸器、骨などの特徴の変化を辿ると、全体として鳥らしくなってくる過程が浮かび上がってくるわけですか。

小林

僕は、よく「鳥に化ける」と言います(笑)。今の研究テーマを一言で表せば「恐竜の鳥化」です。翼の獲得の他にも、脳は、食べ物は、胃は、どのように進化してきたのだろうかと考えていくと、恐竜の生活を復元することになります。

中村

そうは言っても、研究で、直接、扱えるものは化石に限られますでしょう。でも今の技術があれば、そこから脳や食べ物、更には生活まで語れるようになってきているということなのでしょうか。

小林

研究社会の動向と言うのでしょうか。今、僕らが取り組んでいる骨化石に関する研究自体は、既に、二、三百年前に完成しているような分野です。一方で、例えば、鳥類学者の主眼とするところは生態や行動ですから、これまで化石にあまり関心を示してくれませんでした。ところが僕らがその発生や生態も含めて恐竜化石を見始めると、鳥類学者も「えっ、化石でそんなことがわかるの!」と関心をもつようになり、今や僕らは新しい刺激を鳥類学者に与え、鳥類学者もまた僕らに刺激を与えてくれるという良い循環が生まれています。

中村

素晴らしい研究の広がりですね。生きものは自然の中で暮らしているわけだから、自然を見ようと思えば、古生物学も、発生学も、生態学もつながってくるはずです。自然から学ぶって当たり前のことですけれど、それができるのはとても良いことですね。

小林

フィールド調査では特に自然から学ぶことは大きいと思います、恐竜たちはそこで暮らしていたわけですからね。それと同時に研究室ではニワトリを百羽飼っていました。毎日、学生たちは餌を与えて飼育して、解剖もしますし、中には巣の卵を調べている子もいます(笑)。

中村

恐竜という看板を掛けてニワトリを飼ってらっしゃる(笑)。

小林

僕らは恐竜研究者と言いつつ、ニワトリやワニを対象として扱ってもいます。でも知りたいのは恐竜です。

中村

身近なニワトリの中に恐竜の大進化を求められる、とても魅力的な研究ですね。

5.古生物学の魅力

小林

僕は求められて、いろいろな所でお話しをしますが、その時いつも一番伝えたいと思うのは古生物学の魅力です。今の世の中で進化を研究したいと思えば、DNAも発生学もあり切り口はいろいろです。その中で化石を扱う研究は、タイムマシンで過去に戻るわけではないけれど、本当に時間を遡った感覚で、数千万年前、数億年前に、紛れもなくその場所に実在した生きものの証拠を目の前にして研究できます。これは唯一、古生物学にしかできないことで、語り尽くせない魅力に満ちています。

中村

本当に面白そうで、楽しくてしかたないという気持ちが伝わってきます。

小林

もちろん恐竜が出たと言っても、肉も皮もありませんし、骨だって無傷で一体丸ごと出るわけでもありません。しかし、一部の骨というごく限られた証拠から、いかに最大限の情報を引き出すか、そこに面白さがあるのです。

中村

古人類学の諏訪元(註4)さんが、歯の化石一つから多くを復元できるとおっしゃっていました。諏訪さんのお話しで印象深かったのは、フィールド調査で、頭を探そうと思って歩いている間は、そこにあっても歯は見えず、歯を探そうと思うと歯が見つかるものだと聞いて、なるほどなあと思いました。小林さんもやはりそうですか。

小林

諏訪さんと同じですね。自分の意識をフィルターのようにはたらかせるのです。例えば卵殻は小さいのでかなり意識しないと見えません。大きな物ばかり意識していると卵殻は見落とすでしょうね。

中村

すると、今日、探すのはこれだと決めて歩くわけですか。

小林

慣れてくると臨機応変に変えられるようになります。現場に行った時の感覚で、これは卵が出そうだなと感じたら目の細かいフィルターに、大きな物が出そうだと思えば目の粗いフィルターにという風に。

中村

なるほど。そういう眼というか、勘がはたらくようになるわけですね。

小林

これは経験からだと思いますが、臭いがするのです。

中村

ほお、臭いがする。

小林

ええ、ここは出そうだなと。その現場に立った瞬間、例えば、周囲の石の配置などが自然に眼に入ります。そこから当時の堆積環境がわかります。発掘現場に、出るぞという雰囲気が漂っている。そんな時は、その堆積環境から細かく考えて、どこを探すかと決めます。まるで本を読むようにして、一枚一枚積み重なった地層を読むのです。するとこの時代は、川がここに流れており、少し離れた辺りに氾濫原があり、その向こうに森があってと、今、見渡せば砂漠ばかりの場所に立ちながら、当時の環境がパアッと目の前に広がって見えてきます。植物化石が出るなら、そこに植物を食べに来る恐竜がいるかもしれない。貝化石が出るなら、そこにはワニやカメが、更には水辺の恐竜もいるかもしれない。その時、水流は速いか遅いか。急流なら恐らくバラバラな歯や骨があるかもしれませんし、緩流ならひょっとすると全身骨格が眠っているかもしれません。化石を探すという仕事は、そのように当時の情景を思い描きながらの作業ですから、何もなかったとしても楽しいのです。

中村

なるほど。化石や地層を見るだけで、恐竜が暮らす周囲の自然環境まで生き生きと蘇ってくるとは面白いでしょうね。

小林

はい。もう一つ、化石を見つけるために必要なことは誰よりもたくさん見ることです。人間って、同じ所を何度も歩いてしまうので、同じところを歩かないように意識して歩きます。

中村

歩いていらっしゃるところが眼に見えるようです。あそこもここもと。

小林

研究者にもいろいろなタイプがありますが、僕はフィールド系の恐竜学者ですから外へ出ないと研究できません。

(註4) 諏訪元 【すわ・げん】

生命誌ジャーナル68号TALK「化石が物語る人類の始まり」諏訪元×中村桂子
http://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/068/talk_index.html

6.親は子に愛情を注ぐ

小林

先日、調査したアラスカの発掘現場で見えた当時の情景をお話ししますと、大きな崖の下に川が流れていて、そこに一本の立木がそのまま化石になっていましてね。地表には、葉っぱの化石がたくさん落ちていて、その先に恐竜の足跡があるのです。

中村

ほお。まさに落ち葉を踏みしめて眼の前を恐竜が歩いているかのような情景ですね。

小林

その瞬間を写真で切りとったかのようです。

中村

足跡化石というのは行動が見えて面白いですね。人類にも、親子が一緒に歩いていた足跡化石(註5)がありますね。

小林

骨化石は、その生きものが死んだ後、遺骸が流されてしまうこともありますが、足跡は、その場で起きた出来事の記録ですから、恐竜の生活を復元するうえで有効です。恐竜が歩いていたか、走っていたか、滑り落ちたか。更に親子や集団で移動していたか。群れで一斉に走っていて急に角度を変えた様子や、肉食恐竜が植物食恐竜を追いかけてガブッと噛み付き、また離れてという行動が読み取れる足跡まで見つかっています。

中村

面白い。そこから恐竜の暮らしを描き出すのですね。

小林

ええ。これもアラスカの調査で、ある広大な土地から恐竜の足跡が何千と出て、その分析から、ある植物食恐竜の親子の構成が見えてきました。足跡のおよそ八割は大人、一割五分は小さな子ども、残りの五分が成長期の恐竜で、そこから親が子を見守りながら生活していた様子が窺えます。尻尾を引きずった跡や、恐竜がうんちして、それがそのまま落ちていたり…。ついさっきまでそこに恐竜がいたかと思わせるような痕跡もあります。それらの全体を見渡すと恐竜の生活が見えてきます。

中村

ゾウもよく親子で連れ立って歩いていますね。あの感じかしら。ゾウは哺乳類で、子どもはお母さんのおっぱいを飲むので親子が一緒にいて当たり前と思いますが、恐竜って爬虫類なのに親子がいつも一緒に暮らしていたわけですか。

小林

しつこいようですが恐竜は鳥に近づいています。例えば、カモが子ガモを連れ歩く様子はおわかり頂けますね。あのように親は子が成長するまで見守って生存率を上げていたと考えられます。ワニも一応子どもを見守りますが恐竜ほどではありません。

中村

恐竜は子育てするところまでいったということですね。

小林

子育てと言っても、卵の時と、産まれてからの世話と二つあって、恐竜は卵の時も鳥のように抱卵していたこともわかっています。鳥の場合、巣の中に卵があり、親は巣に乗って卵を暖めますが、抱卵の起源は熱を伝えるよりも守るためだったという進化過程を伝える恐竜化石も残っています。

中村

お話を総合すると恐竜が限りなく鳥に近く思えてきますね。

小林

脊椎動物の進化に、哺乳類になるか、爬虫類になるかという大きな岐れ道があります。哺乳類はお腹の中で赤ちゃんを育てることにより生存率を上げる繁殖戦略をとる一方で、爬虫類と鳥類は、卵を産む戦略を選びました。一見、お腹の中で育てたほうが有利に思いますが、卵にも有利なところがあります。妊娠したお母さんは敵に襲われやすいのですが、卵だと、そのような場合にお母さんだけ逃げればまた卵を産めますから、これも優れた繁殖戦略です。 爬虫類は確かに、卵を産んだら産みっぱなしというものが多いのですが、ワニや恐竜は敵が来ないように巣を周りで見守ります。やはり親は子を可愛いと思うのか、恐竜は鳥に近づくに連れて、卵を自分で抱え込むようになり、やがて体温という形で愛情を注いで最終的に抱卵という形になります。

中村

お話しを聞いているうちに、なんだか恐竜のお母さんの気持ちになってきました。

小林

そうそう。哺乳類のように、やっぱり子どもは可愛いのかなということを感じます。

(註5) 親子が一緒に歩いていた足跡化石

生命誌ジャーナル77号TALK「多彩な暮らしが織りなす世界」関野吉晴×中村桂子
http://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/077/talk_index.html#a03

7.ホモ・サピエンスは賢い?

中村

恐竜の歴史を辿ると最後の頁は絶滅ですね。恐竜が今も生きていたら、私たち哺乳類はここまで繁栄しなかっただろうと思いながらも、今日、伺ったような優れた能力と戦略をもち、世界中に広がった恐竜が絶滅してしまったという事実を、私たちはどのように捉えたらよいのでしょうか。 ユカタン半島に隕石が落ち、その結果、恐竜は絶滅したと聞きます。隕石衝突が直接の原因というより、それに起因する地球環境の変化に対応しきれなかったのだと思います。でもアラスカのような厳しい環境も生き抜いた恐竜を思えば、どこかで生き残ってもよさそうに思うのですが、その辺りは今どのように考えていらっしゃいますか。

小林

隕石が落ち、地表が灼熱に覆われ、津波が襲い、硫酸の雨が降り続き、衝突後の長い冬が訪れ…と、その一つ一つの出来事を聞く限りは、なんとか生き延びることもできそうに思えますが、隕石落下に伴う生態系の破壊は、恐らく乗り越えられない程の長さと大きさで生じたのでしょう。隕石一つなんですけどね、あれだけ優秀な恐竜にとっても余程のことだったんだと思います。

中村

恐竜は優秀だったと確かに私もお話を伺ってそう思います。ただ人間と比べて、例えば脳のはたらきはどうだったのでしょうか。

小林

人間は、哺乳類の中でも例外的に発達した脳をもつと考えたほうがよいと思います。それ程ではないにしても、例えば猫くらいの大きさの脳をもつ恐竜もあるので、かなり複雑な行動もできたと考えられます。わなを仕掛けて獲物をおびき寄せて食べる鳥がいますがそのような恐竜もいたかもしれません。脳のはたらきということでは集団内である程度のコミュニケーション能力をもつ恐竜も中にはいたようです。

中村

確かにカラスも道具を使いますし、話し合いもします。鳥は独自の賢さをもっていますね。 昔は「三歩で忘れる鳥頭」なんてひどいことを言いましたが、最近の脳研究から鳥はかなり賢い生きものだと言われています。例えば、大脳皮質の大きさという点ではそれほどではなくとも、私たちの脳とは違う構造でかなり高度なはたらきをしている。鳥タイプの脳(註6)の原型が恐竜の頭の中にあったのかもしれませんね。

小林

鳥で複雑な行動ができる脳の起源は恐竜ですね。ただ鳥に近い恐竜の脳は大きめですが、多くの恐竜は大きな体に対して脳はクルミ大ですから、恐竜全体としては賢いものはそれほど多くなかったようです。

中村

何が賢いのかということでは、「賢いヒト」を意味するホモ・サピエンスという名前を自分たちに与えた人間は本当に賢いのか。これは今一番大きな問題です。恐竜は地球誌上で第五回目の絶滅期に消えてしまいました。今は第六回目の絶滅期だと言われます。 「絶滅」と聞くと、パッと一瞬で消えたような印象をもちますが、そうではありませんよね。恐竜も、かなり長い時間をかけて消えていったと思うのです。絶滅という出来事をどのような時間感覚で受け止めたらよいのでしょうか。

小林

難しいですね。化石記録で復元できるのは巨視的な時間で、地層で見ると、千年、一万年、十万年程度は一瞬です。

中村

その時間感覚で第六の絶滅期を考えてみると、この時代の特徴は、やはり人間の存在です。およそ五百万年前にチンパンジーと岐れて、一万年前くらいから文明化して、ここのところ急激に地球に負荷をかけています。恐竜の絶滅を考えていらっしゃる小林さんから見て、今の人間社会をどう思われますか。

小林

大きな時間スケールの出来事ですから、特にその中にいるとなかなか実感が湧かないと思いますね。進化という現象と同じように、絶滅という現象も捉えることが難しいですね。

中村

なんだかおかしいと思っているうちに、気がついたら消えてしまったと。

小林

そう。今、第六絶滅期の真っただ中にいる、これは間違いなくそう思います。

中村

実感をもっておっしゃいますね。

小林

人間は、自分たちの生活を維持するために、地球三個分でも足りない程の資源を要求していると言われています。今「ナショナル・ジオグラフィック」誌の委員会を務めていますが、絶滅危惧種に関する研究支援の要請が日常茶飯事なのです。世界中で絶滅が始まっています。

中村

いろいろな生きもので何とか絶滅を食い止めたい、そのような申請が増えていますね。

小林

ええ。そのための資金を求めて、あらゆる国々から申請書が届くのです。今、とんでもない速度でいろいろな動物が消えて行きつつある。なかなか実感することが難しいのですけれど。

中村

その一つを何とか保護する努力もありかもしれないけれど、今やるべきは、もっと根本的なところにあると思うのですけれど。

小林

恐竜研究もその思いですけれど、何とかして、実感できないところを社会の人に伝わるものにする努力を続けなくてはならないと思いますね。

中村

恐竜の歴史には絶滅した事実があるので、小林さんの立場からの発言には大きな意味がありますね。

小林

あれだけ優秀な恐竜がいなくなった。私たち人間は、自分たちを優秀だと思っていますが、今、絶滅期の真っただ中にいるという事実に気づかないとすれば、あまり優秀ではないのかもしれません。

中村

何をもって賢いと言うのか。難しいですね。

小林

 

難しいことですが、やはり考えることは大事ですから、そうした機会を一つでも増やして少しでも多くを伝えたいですね。

中村

恐竜の歴史を見ても、地球は決して優しい存在ではありません。生きものは、その苛酷な環境の中をうまく生きてきた。やはり三十八億年続いた知恵に学ぶのが最善の策ではないでしょうか。私はお説教したり倫理観に訴えたりはしたくなくて、ただ、事実を、皆さんにわかっていただきたい。

小林

 

地球誌を振り返れば、あらゆる種に寿命があるわけで、人間もいつかいなくなる運命です。

中村

生物学としてはそうですね。

小林

 

だから問題は、絶滅するかしないかではなく、一日でも、一年でも長く、次の世代に続くように努力することだと思います。

中村

生きものなのだから、生きものらしく生きようねと、そういう社会であって欲しいというのが私の気持ちです。今の社会のあり様で絶滅してしまってはあまりにも悲しいですね。

小林

もう少し、人間らしく、生きものらしく絶滅したいですし、そのためにもこういうことを一人一人が考えるようになって欲しいですね。

(註6) 鳥タイプの脳

生命誌ジャーナル70号「小鳥がさえずるとき脳内では何が起こっている?」和多和宏 https://www.brh.co.jp/publication/journal/070/research_2/

写真:大西成明

 

対談を終えて

中村 桂子

ファルコンズアイ(はやぶさの目)をもつ化石ハンターとして紹介される恐竜研究者。子どもならずとも話を聞きたくなるお相手です。発見されている化石はほんの一部なので、どんどん見つけて新しい科学をつくりたいのだという気持が伝わってきます。お話している間もすぐにでも出かけて行きたそうな雰囲気に巻き込まれる楽しさを味わいました。恐竜が鳥につながっているという進化の話は生命誌での発生研究ともつながるものであり、今後のデータが楽しみです。

 

小林 快次

「進化」というリズムに合わせた、非常に緩やかで楽しい時間を過ごさせていただきました。私は、化石という材料で生命進化の流れを追いかけており、恐竜という特殊な生物を研究対象にしています。三十八億年という生命誌を見つめる中村先生に比べると、恐竜が生きていた時代は一億七千万年間と、ほんのわずかです。その生命の歴史の中で、恐竜はどのような位置づけだったのかを考えさせられる対談でした。そして、絶滅した生命が発するメッセージを、社会に向けてしっかりと伝えなければいけないと感じました。

小林 快次(こばやし・よしつぐ)

1971年福井県生まれ。1995年米ワイオミング大学地質学地球物理学科卒業。2004年米サザンメソジスト大学地球学科、博士号取得。現在、北海道大学総合博物館准教授。大阪大学総合学術博物館招聘准教授。著書に『ぼくは恐竜探険家!』『恐竜は滅んでいない』『恐竜時代Ⅰ』ほか監修多数。

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