生命誌ジャーナル 2006年秋号
Talk ─ 対話を通して ─ :目次
Talk ─ 対話を通して ─
年間テーマ「関わる」
[知と美の融合を求めて] 
生命誌という作品づくり:岡田節人×中村桂子
岡田節人(JT生命誌研究館名誉顧問)
中村桂子(JT生命誌研究館館長)
 要所要所で岡田先生。生命誌の歴史を振り返った時の実感です。今回も次の展開について核心をつく指摘です。科学の成果を言語によって作品とすること。啓蒙や解説でなく作品ですぞと念を押されました。「言葉」はここ数年、私の中で最も関心の高い対象です。数式が優先してきた科学に言語と絵による表現を積極的に入れることで新しい知を生みたい気持ちもありました。最近流行の科学コミュニケーションや説明責任とはまったく違う、面白くて美しくて、わくわくする作品を作って文化として社会に根づかせる。難しいけれど、岡田先生の後押しは、百万の味方です。(中村桂子)
岡田節人(おかだ・ときんど)
1927年兵庫県伊丹市生れ。京都大学理学部卒業。京都大学教授、岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所所長、同機構長、国際生物科学連合副総裁等を歴任。1993年から2001年3月までJT生命誌研究館館長。京都大学、基礎生物学研究所、総合研究大学院大学それぞれの名誉教授。JT生命誌研究館名誉顧問。ハリソン賞ほか受賞多数。主な著書に『細胞の社会』『からだの設計図』などがある。
1. それはカンの問題です
2. わかるかわからんか
3. 気息奄々たる科学と芸術
4. 夢かうつつか
5. やまと言葉での表現
6. これは大きな宿題です
1. それはカンの問題です
(中村)
 季刊『生命誌』も、こつこつやってこれで50号になりました。研究館の歩みと共に、年月で言えば十数年です。
(岡田)
 こうして全部並べるとその時々のスタイルがありますな。
(中村)
 私が、最初に生命誌研究館の構想を持って岡田先生を訪ねた頃、生物学の中には象徴的な状況が二つあったと思います。一つは、発生生物学に遺伝子やDNAを持ち込めるようになり、これは岡田先生がなさったことでもあり、生物学にとっては目覚ましいものでしたが、少々行き過ぎて、生きものを全部切り分け何でも遺伝子に還元して物事を考えるようになってしまった。もう一つは、実験室での学問から、虫を見たり、育てたりするようなある意味での日常性が消えつつあった。
 そんな状況の中で、研究館の構想を練る間、いろいろお教えいただいたとはいえ、いよいよ具体化となって館長は岡田先生にお願いするしかないと思ってお電話をしたのでした。国の生物研究の中心となる研究機関の機構長という重責を荷っていらしたので難しいかなと思いながら。そうしたら、即、お引き受け下さった。正直、驚きました。
(岡田)
 大事なことほど即決しかありません。僕は、頭悪いから頭は使えない(笑)。そして頭を使わないことほど本質です。
(中村)
 頭悪いからはちょっと脇に置いた上で、本質についてのご指摘よくわかります。
(岡田)
 それはカンの問題です。
(中村)
 大事なことですね。
(岡田)
 考えないから1秒で決めた(笑)。生命誌研究館なるものの構想は私のカンにピッタリくるものでした。当時は、わかるかわからんかの理屈でなく、カンというものの価値を見直した暗黙知のような哲学も流行っとりましたね。
 しかし何より、関西と違うて、東京には勇敢な女性がおいでになると非常に感銘を受けました。だって誰がカンで決めるような類いの企画を本気で実現しようと持っていけますか。
(中村)
 確かに(笑)。
(岡田)
 男はまずやらんし、女性だって普通はやらへんです。それをやるのが中村桂子です。
(中村)
 決して気が強い方ではないのですが、これぞと思うとつい・・・。
(岡田)
 私が、偉そうにカンだ、カンだと言っとるのは照れ隠しです。世の中では、カンがいいというのは頭が悪いと同義にしてる。しかし、それを頭が悪いと言う理屈っぽい方は、カンが悪いのです。
(中村)
 私が決して信用しないのは、社会調査です。調査して、状況を分析した結果に基づいて行動計画するという発想はありません。先生もそうですね(笑)。
(岡田)
 具体的に言えば、生命誌研究館で、私が正直かなわんなと思ったのは、アンケートというやつです。この価値は現在もあまり高くは認めとらんのですよ。そういうことを言うと、エリート意識やと世の中の人に言われるが、それくらいなほうがええと思いますよ。ただ今日の世の中で「アンケートなんてやめとけ」と言うことは、日本国憲法に違反するどころの話じゃないですな。私はこれでも社会の趨勢には、かなり努力してでも順応はします。ええ顔したいです。それでアンケートやめとけとは言いませんでした。
(中村)
 ますますそれが言えなくなっているので、学問は消えるのではないかと・・・。
(岡田)
 生命誌研究館でもイベントの度にアンケートとりましたでしょ。ご苦労さんなことと思うけど、もうちょっと別のことできるんと違いますか。
(中村)
 そこが辛いところです。組織としての情報共有の手段としては必要でしょう。何をやるかをそれで決めるという材料にはなりません。
(岡田)
 そうでしょ。1945年以来の民主主義の世における妥協の産物ですな。
2. わかるかわからんか
(中村)
 先日、勝木さんと西垣さんと、生命誌のこれからについて一緒に考えて頂いたときに、お二人とも、学者自身に日常性が無ければいい仕事はできないと仰った。研究館を始めた頃には、学問と日常との結びつきなど学者の世界でほとんど考えられていませんでした。そこで学問と日常とが一致する知とそれを実現する場を作りたかったのです。ところが最近は、盛んに日常性が必要だと言われるようになっています。ただしその日常性は、研究者自身が自分の人生と学問を重ね合わせるという意味ではなく、お金を貰うためなのです。だからアンケートでこと足りてしまう。自分の中の日常性と結びつける知を持たない人が、科学コミュニケーションなどと言い始めており、困ったことです。またここに予算がついて事態は悪くなるばかりです。自分の属する専門性の中で大事と思うことと、領域の違う人々とがいかにつながり何を共有できるかという本来の問いにはならない。単にコミュニケーションという言葉を使って一方的に伝えておいて、アンケートで集計して、何かしらの結果にまとめると、評価が出て、お金が貰えて活動できる。
 私はいま一番懸念していることは、外から見ると、研究館も同じことをやっていると思われてしまうことです。
(岡田)
 生命誌研究館をそんなんとは思わへんでしょう。そう思う人がおるんですか?
(中村)
 先生と違って、みんなカンが悪いので、科学コミュニケーションの先駆者とされてしまうのです。
(岡田)
 とくに頭のええやつはカン悪い。
(中村)
 学問は、そういう頭のいい人たちがやっているから、そこをわかってもらえないのが困る。変ったことをやっている異質な場所だと思われていた間のほうが楽でしたね。根本が違うことがとても伝わりにくい。
 例えば、此処では、蝶のレストラン(Ω食草園)が、実験室と連続して存在します。これは子ども集めて何か教えてコミュニケーションだと言うのとはずいぶん違うものですね。ある専門性の中にありながらも本当の意味での自分の中での日常性をきちんと存在させるための表現です。
(岡田)
 みるみるうちに科学が進む。此処ができた当時、科学の進歩と言われる中で起こっていたことは何か。それは、自然と離れることでしたね。これほどの自己矛盾はない。
(中村)
 自然科学といいながら。
(岡田)
 生物学は、自然と直に接するような世界にあるが故に、見るからに凡人風で、学問としては皆に馬鹿にされますから、なるべくそんなこと関係ないような顔せなあかん。蝶々を集めて並べるような行いは学問ではないと、さらに、自然の美を讃える行いと学問とは全く関係がないと言ったのは、イギリスの物理学者のラザフォード※註1で、1930年頃の話です。僕も、それはその通りやと思います。しかしそれだけで話は済まんのですがね。
 自然の美というものとは別に、科学は、わかるかわからんかばっかり言うて、それが無いと科学でなくなるのでしょうか。そのわかったというのが、かなわん言葉で、またアンケートにも並んどる(笑)。
(中村)
 「わかる」という言葉は曲者です。それと最近の曲者は「役に立つ」。すべてこの二つで片づけられます。危険な言葉ですね。
(岡田)
 学問でも芸術でも同じです。芸術をわかったってありますか。
(中村)
 「わかる」と「役に立つ」が横行するようになってから研究の世界に問題が起きるようになりました。芸術の世界でも、最近、盗作事件がありました。そっくりで盗んだことがよくわかりますが(笑)。
(岡田)
 これまで誰も偽絵だとわからんかったことがわかったということですが、それで何がわかったのかというと何にもわかったことにならない(笑)。僕の本心は不可知論です。
(中村)
 私も、わからないというところに意味を見ますけれど。
(岡田)
 近頃は、ますます暗黙知以上の神秘の世界に生きたいと願っとる男ですから、わかっとるかわかっとらんかと言うような話を聞くと、まあ、なんとも低級な言い方をすると呆れます。
しかし自然科学は、わかるかわからんかだけ言うて来たでしょ。生物学も、20世紀の後半に漸く、わかっとるかわかっとらんかというスタイルが身について、ちょっとええ格好して科学の仲間入りしとった。もう過去形にするわ。その時分は完全に済みましたね。
(中村)
 済んでいませんでしょう。わかったという言葉により大きな価値を与えていると思います。そこで実はまだわかっていないことを役に立つこととして売り出すのが今の学問の主流ではありませんか。
(岡田)
 そうです?
(中村)
 わからないことのほうが深いという価値を与えていない。
(岡田)
 それはわかる。自然科学である以上わからせる義務があると言われる。
(中村)
 一つをわかると、そこからわからないことが生まれてくる。そういう広い世界が見えているのが専門家だと思うのです。わかった一つから、さらに見えないことをどう見通すかというところが、専門家の腕の見せどころではありませんか。専門でない人は、言われたところだけ見てしまうから、広く見えている専門家が語るべきは、むしろわからないところだと思っています。ところが、社会はわかったことだけを求めるようになってしまった。
(岡田)
 そんなもん科学でないやないですか。
(中村)
 科学という言葉自体が可笑しいでしょ。
(岡田)
 そら可笑しいですね。
(中村)
 わかったことだけをやりとりすることになっているので、学問は危機にあると思う。
註1:ラザフォード
【Ernest Rutherford】
(1871-1937)
イギリスの化学者・物理学者。 原子核物理学の父といわれる。ノーベル賞。
3. 気息奄々たる科学と芸術
(岡田)
 本来、生命誌研究館は、わかることをごりごり追求することを目的としてはおりませんね。この精神性は、非常に時代を先取りしたものですよ。それだけ幅広いものです。心があります。
(中村)
 みごとに核心を語って下さいますね。
(岡田)
 別の言葉でいうと、僕は、幽霊なんて大好きですね(笑)。
(中村)
 私は大好きとはいいませんが(笑)。見えないものを全部否定したらイマジネイションは消え失せますね。
(岡田)
 イマジネイションが消えれば消えるほど科学的と思われとる。
(中村)
 そこが間違いで、科学はイマジネイションのかたまりではありませんか。
(岡田)
 それを間違いと断言するからには、科学という言葉をどう変えるかです。イマジネイションが無くなるほど科学がわかってくるのです。
(中村)
 おっしゃる通りです。しかも、さらに困ったことに科学技術という言葉ですべてが語られます。
(岡田)
 それは、時代が要求しとることでしょ。
(中村)
 そう。ここでもまたアンケートです。調査して、時代が要求しているのはこれだからやりましょう。そんな要求で進めていても先はない。専門家が「これが大事なんだ」と心から思うことをやらなかったら、新しい、本当に意味のあることはできません。
そう思って研究館を始めたわけですが、その時、これまで科学が築き上げた自然を見る眼、生きものを語る基盤を用いて行こうということです。幸い、普遍と多様を合わせ持つ実体としてのゲノムという魅力的な切り口を手にした。
ゲノムを切り口に見えてくるのは、細胞ってどうなっているのだろうということですね。細胞から次に見えてくるのは、個体です。わかったということでなく、ああこんなものが見えてくるぞと、向こうに見えるものを辿りながらやって行こう。そんな気持ちで此処を始めて、今も同じ気持ちで続けています。すると生きものの研究はどんどん面白くなっているなと思う。それなのに、社会はどうしてこの面白さを共有しないほうへ行ってしまうのだろうとこれは今、不思議を通り越して、大変な悩みなのです。
(岡田)
 まあ例えば、蜂の行動の研究にしても、生命体の自然科学で面白いと思うことは、たいがい個別的な現象ですわ。それは絶対に普遍にはならん。ところが人は普遍にしたものをわかると言うのです。このように科学という言葉は、根本的な矛盾の中にありますが、私は脱科学したのでそこは諦めております。
(中村)
 私はまだ先生ほど割り切れず「科学」とカギ括弧つきで基本にしています。ただ生命誌の誌にはある種の脱科学という心を込めています。もちろんギリシア時代からの「知」という本来の意味での科学という言葉は肯定しますが、現在の科学技術からはどうしたって「脱」ですね。
(岡田)
 あれは鬼ですな。僕が技術について行ったのは自動車の運転まで。コンピュータはいっさい駄目で携帯電話も持たん。現代の技術が本当に人間の要求に沿ったものなのかどうかは疑問ですよ。
(中村)
 技術がこちらの要求に答えるより、こちらが要求されるほうが大きいですね。
(岡田)
 そうでしょ。その点で芸術は、人間の心の持ち方として、科学より優位にある。例えば、偽絵の事件なんて笑うべき話ですが、アレが今までバレなかったという牧歌的なところが人間のいいところだと思います。しかし、それに賞を与えてしまったというのは、わが日本国の文化と気品の悲しさですな。ウソの論文書く話とは、また一段違う話ですよ。そういえば、科学のウソの特集は、季刊『生命誌』でまだやってないねえ(笑)。これどうです?シニカルでいいですよ。
(中村)
 イギリスならやりそう。1970年代、細胞融合が新技術として関心を集めていた時、“Nature”に、「動物と植物の細胞の融合に成功した」という記事があったので、すごいと思って論文請求したんです。そしたら「日付を見ましたか?」という返事がきて、エイプリルフール(笑)。やられたあです。
(岡田)
 ユーモアが入っておりますからね。しかし最近のウソ論文の話は、ほんまにケチな話ね。
(中村)
 ユーモア、人間味がありませんね。
(岡田)
 しかもバレたら、まるで鬼の首とったように言うでしょ。ああいうところはものすごい低俗ね。
(中村)
 もちろん論文ねつ造はいけませんが、それを告発する気持も・・・。あまりそうなりたくない。どこか基本を変えなければと思います。科学の世界だけでなく、芸術の世界までそれが起こる世の中って何だろうと思う。
(岡田)
 世も末ということです。科学に毒されとる。
(中村)
 再現性というので同じものを作ってしまった(笑)。
(岡田)
 再現性というのは、非常に重要なところです。例えば音楽には譜というものもありますが、演奏される音楽に、再現性はなし、一回性の世界です。ところが現代では技術による再々々現性があって、どこででも何度でも同じものが聞ける。今は携帯電話でもステレオ聞けるの?もう全部そうなっとるわけでしょ。
 にも拘らず、まだ大金をかけて音楽会やっておられる方もある。気息奄々とも言われますが、ある数の人々は定着しておる。芸術も死んどるかもわからんが、死にかけ度は少ないですな。科学は、死にかけ度はきついです。
(中村)
 ところが社会では科学は繁栄していると言われている。何故なら予算が増えているから。全部お金で計算する世の中なんです。
(岡田)
 それも、ほんとどうかと思う。僕も近代医学の恩恵に浴しておりますが、びっくりするほど威力を発揮する場面と、まったく無力の場面とあるわけです。後者については、ほんと誰も何もしてくれへんです。儲からんという話でした。風邪をなおしたって儲からんというわけです。
4. 夢かうつつか
(中村)
 小さいながらも生命誌研究館は十数年やってきた。一つひとつ意味のあることを、自分たちが本当にやりたいことを続けて来たある種の自負はあります。それに研究者仲間、教育関係者、市民の方々からも評価がいただけているとも思い、これからも地道に続けて行こうと思います。でも学問全体を振り返ったとき、此処が存在することで、周囲の状況もよい方へ向っていれば本当に幸せなのですが、むしろ以前にも増して学問が危うくなった気がしてならない。予算や人が増えても、学問としてはどうなのでしょう。
 今の主流は、莫大なお金をかけて、一気に網羅的に解析すれば山ほどデータが取れる。でも人間が理解しきれないようなデータの山が本当に意味のあるものになるのでしょうか。ゴミになってしまわないのか心配になります。皆さんがお好きの効率を考えても決してよいとは言えません。50号を節目にこれからを考える座談会で勝木さんが、「生命誌は、生命誌をちゃんとやっていれば、外がゴミになっても平気だよ」と言って下さる。でも生命誌研究館は、プロジェクト型への疑問を考えなくてよいのか、今、節目での悩みのひとつです。
(岡田)
 学問から品格がなくなりましたからね。
(中村)
 まさにそれです。
(岡田)
 昔は、学問なんて品格のかたまりと思われとったでしょ。今や、学問も一種の娯楽ですな。芸術もみな娯楽でしょ。だから品格なんてあらへんのです。
(中村)
 なるほど鋭い。お金儲けと娯楽ではどうにもなりませんね。日常でも、私はNHK夜9時のニュースを見ていたのです。少し前まで、男性アナウンサーが淡々と報道してくれたのに、最近は、マイク持った男性がその辺駆け回って「ここで殺人がありました!」。視聴率があがっているそうで、この路線は“正しい”のでしょう。まさにアンケートです。見ていられません。
(岡田)
 アンケートに従うと、娯楽にするしか良い方法がないというとんでもない答しか出てこないようなところがありますな。
(中村)
 NHKのニュースがそうなる社会であれば、その中の学問もそうならざるを得ないのかも・・・。
(岡田)
 それは経済の世の中ということでしょう。しかも皆、娯楽ですわ。村上ファンドも娯楽みたいなもんです。あそこが買い占めとる株は、人が汗を流して働いてというもんは一つもあらへん。某テレビとか、皆、娯楽もんばっかりでしょ。まあこんなすごい世の中がいったい何年続くんでしょう。
(中村)
 ほんとうに。でも嘆いていても仕方がない。そこで、全体に対する提言をすることがひとつ。もう一つは、今までの実績を基盤に、此処は此処で、こつこつ継続して行くことだと思うのです。そこで、品格や、本来の意味での「知」が消えて、経済と娯楽になっている学問の状況の中で、自然や生きものと接しながら学問、とくに生物科学を基盤に考えていく「知」として、生命誌のこれからを考えなければなりません。もちろんここで、宗教や芸術にも眼を向けますが、根は生命科学。そこで伺いたいのは、今、岡田先生が、「知」というかたちで考えたら面白いと思うことは何ですか。これまでの発生生物学や分子生物学などを全部ふまえた上での「脱科学」として。
(岡田)
 ひとつあった。数年の間に、そんなことは私の能力を超えとると思って忘れてしまいましたが。
(中村)
 何でしょう。
(岡田)
 つまるところ世のコミュニケーションは言語でしょ。ところが科学は、本当は言語化できないはずのものが多いですわね。生物学は、たまたま不思議に言葉と馴染み深く、それであればこそ軽蔑されても来た。
(中村)
 数式や法則でなくやってきましたからね。分子生物学になってそこを脱しようとしたけれど難しそうです。
(岡田)
 非客観的な言語で扱う。芸術はさらに言語化しておりませんね。
(中村)
 言語化できないものを表現していますね。
(岡田)
 とくに音楽はひどいもんです。一回性で、集まって来た人に、聞かせてるだけのことです。そういう音楽や科学のような言語化と最も離れたところにあるものを言語化した作品がつくり得るかどうか。それは解説や啓蒙でなく、作品としてあり得るかということです。
(中村)
 科学を言語化した作品。
(岡田)
 そうです。
(中村)
 なるほど。
(岡田)
 科学を言語化したものですが、それは作品と呼べるもので、決して啓蒙書や解説書じゃないですよ。それが本当にできるなあと思ったのは、僕が此処やめて、二、三十年ぶりにプルースト※註2の『失われし時を求めて』を読んで、あれはどこの巻でしたか、友人のヴァントウィエという作曲家の大傑作について長々と書いてるとこがある。
(中村)
 音楽を言語で書いているのですね。
(岡田)
 しかも架空の作品です。それを読んだ時に、この音楽CD出とるかなと(笑)、始めから架空と百も承知しとるのに、一瞬そう思った。
(中村)
 なるほど。本当にその音楽があると思ってしまった。
(岡田)
 あると思わしめた。架空の作曲家の架空の音楽そのものが人に感動を与えているかのような印象を生み出している。これはいかに音楽の美の本質を掴んだ言語によるものであるか。しかも文学作品として人に感動を与え得るものが、プルーストなる人の手に掛かるとできあがる。これは凄いなあ。
(中村)
 なんとも興味深い例ですね。そこに眼をつけられた岡田先生がまた凄い。カンですね。
(岡田)
 これはまったく解説とは違うものですよ。それで、例えば生物学の何かのセオリーで、このような言語化を可能にしてみたいと思った。そういうものが創作できたら・・・。
(中村)
 生物学を言語化したそういう作品ができたら、本当の生命誌かもしれません。
(岡田)
 その時、昔のかたちの科学でなしに、科学が羽ばたけるものが出てくると、僕、思いますけど。これは面白い。簡単なもんでいいから兎も角一つ、それには少々筋もつくらないかんでしょ。それでどういう男女が登場するかと考えた。しかしまあ、その先が全くできませんねえ(笑)。
 兎に角、プルーストのヴァントウィエの七重奏曲という架空の作品についての記述を読んでいると、なんかまったく新しい、知と美が融合したような世界がどっかにあるのかも知れんなと、本当に思えてきます。何しろ僕、この曲聞きたくて本気でCDのカタログ出したもの(笑)。
(中村)
 面白い。そういう知と美の融合を産み出すのは、やはり言語化なのでしょうか。
(岡田)
 生物学は、言語化でしょうね。音楽家は、言語を通さなくても、あの不思議な抽象的方法で人に訴える才能と、それを表現する最高度の技があればできる。自然科学では、数学がその役割りを果してきたね。
(中村)
 数学には知と美が感じられますね。では生物学に知と美が感じられるかというと。生きもの自体にはまさにそれが感じられるのですから、生物学にもできるかも。
(岡田)
 生物学は、穢いもんの中に入っとるのでノーベル賞の対象にもならなかったそうです。
(中村)
 確かに。でもシェイクスピアではありませんが、「きれいは穢い、穢いはきれい」というのは生きものについてはよく感じることですので。生命誌のこれからは、知と美を感じさせる作品をつくるとは大変なこと(笑)。でもそれをやらなかったら本当の自然の学問じゃないのでしょうね。
(岡田)
 それにはまた新しい天才が必要でしょうけれど、それはどこかで誰かがやらないかんことです。私はプルーストによるヴァントウィエの七重奏曲のCDがないことを、大変残念に思うとりますが、そのような夢かうつつかわからんような世界が、兎も角あって欲しいと願っとります。生命誌研究館はその役割りを演じなければいけないですよ。
註2:プルースト
【Marcel Proust】(1871-1922)
フランスの小説家。芸術に対する作者の理想を示した長編小説『失われた時を求めて』は、二十世紀の小説に決定的な影響を及ぼした。
5. やまと言葉での表現
(岡田)
 生物学を言語化すると言うても、世界中に何千とある言語の中で、どれが一番適しているでしょうなあ。日本語はかなり適しているのと違いますか。
(中村)
 やまと言葉は適していると思います。
(岡田)
 一見、非科学的なところがよろし。
(中村)
 この間、研究館の尾崎さんのところに女の子が生まれて、名前を、存在の存と、華は好きな字で女の子らしくと。
(岡田)
 何と読むんですか。
(中村)
 ありかですって。
(岡田)
 なるほど。しかしえらいこってすな。
(中村)
 「親がどんな思いで名付けたか、大きくなったら話したい」って。私という存在を問うわけですから生命誌の問いでもあるわけで、こちらにも責任の一端が(笑)。そんな風に、人の名前が読めない国というのは他にないそうですよ。
 日本人は表現手段として漢字を借りました。韓国もそうですが、漢字から音だけ借りたそうです。ところが日本は、字も音も。山の場合、「サン」という音も借りて、そこに「やま」というやまと言葉の読みもつけた。しかも「やま」の他にもいろいろ読み方がありとても複雑になってしまったということです。それで日本語はとても豊かになったけれど、面倒くさいことにもなってしまった。山口仲美さんの『日本語の歴史』※註3にありました。確かに、子供の名前を読めない国なんて他にないでしょう。中国だって、韓国だって読めるでしょうし、アルファベットの国なら必ず読めますね。ところが日本では、近頃とくに読めなくなっています。
註3:『日本語の歴史』
山口仲美著。岩波新書。
(岡田)
 親が見栄はっとるんですかね。
(中村)
 でもそんなところからも日本語は、なかなか含蓄があり、いろいろな可能性を持った言葉のように思います。漢語が入る前のやまと言葉は、この国のさまざまな自然やそこに生きる人の感情を表現しているはずですね。その意味でも日本語は、今の生命誌を表現するのに相応しい言葉なのかも知れない。
(岡田)
 いっぺん日本語の鞭撻な外国人に書いてもらったらどうですか。
(中村)
 ああ、それは面白いかも。
(岡田)
 日本語の鞭撻な外国人は、日本人とはまた違ったセンスで面白いことを言う。
 
(中村)
 リービ英雄※註4などですね。
(岡田)
 日本語などという言葉をどうして覚えたのでしょうね。驚くわ。
(中村)
 アフリカの青年が日本でひと月くらい若者たちと暮らしていたら、日常会話では不自由なくなったんですって。それでどうして君はそういうことができるのかって聞いたら、何でそんなことを不思議がるのと逆に言われたんだそうです。アフリカでは、十も二十もの言葉が常に周りにあるので、それを聞いて自然に覚えて話すのは当たり前のこと。文字で覚えるのではない。だから日本へ来てもう一つ新しい言葉を話せるようになるのは当たり前。言葉とはそういうものだと。
(岡田)
 そうかもわかりませんね。
(中村)
 赤ちゃんはそうやって覚えるわけですからね。
(岡田)
 朝青龍もそうやって覚えたんでしょ。モンゴル人上手やわ。
(中村)
 ブルガリアの琴欧州もちゃんと話してますね。
(岡田)
 ロシアの方の人は国が大きいからちょっと遅いね。そやけど、生命誌でもいっぺん外国の人が書いた日本語が登場すると面白い。表現力が違うと思いますよ。
(中村)
 確かに。この間ピーター・バラカンさんという音楽評論家とご一緒して、私が「多様な人間」という意味で "various people" と書いたら、「何故か説明できないけれど、どこか落ち着かない」と言われました。ではどうしたらよいかという問いには考えこんでしまわれたのですが。「さまざま」という時のイメージが違うんだなあと思いました。やまと言葉は、生命誌に向いてるとは思うのですが、翻訳した時そのままにはならないでしょう。やまと言葉を使っても、科学技術を考えても答は出ませんし。
(岡田)
 科学という言葉自体は、ほぼ死語に近いと思いますね。それに代る言葉が必要です。
註4:リービ英雄
【りーびひでお】
1950年アメリカ生れの小説家・日本文学者。万葉集の翻訳で全米図書賞。主著に『星条旗の聞こえない部屋』『千々にくだけて』。現在、法政大学国際文化学部教授。
6. これは大きな宿題です
(岡田)
 生命誌研究館で心強いことは、十数年経っても、うちのものは品が悪くないです。品のある、良い意味の娯楽性は大いに結構です。
(中村)
 そこは大事にしています。内容も表現も質を高く、しかし伝わるものにと。
(岡田)
 品がありすぎると思う人かて世の中多いでしょうなあ。アンケートとったら、「品が有りすぎて難しい」となっては、かなわんねえ。難しいですよ。品があるものは難しいです。難しいと言われても50号続いとる。これは立派なことです。
 現在あるものは何でもすぐ変える。改善することが善であるという時代に我々が生きているのは、大変に残念なことです。
(中村)
実は、あらゆるものが娯楽になる時代だとすれば、生命誌が、品のある娯楽を目指すのはありかもしれないと思っているのです。
(岡田)
 それは、ものすごくありだと思いますよ。
(中村)
 ただ私は、サービス精神に欠けるので、娯楽性ってところはちょっと弱い。
(岡田)
 これまでは、娯楽とはちょっと違うから、OKでしょう。
(中村)
 そう。季刊『生命誌』も全然違います。そこが弱いのは百も承知ですが、例えば、知と美を言語化した作品を創造するということは、品のある娯楽を考えるひとつかなと思ったのです。それができれば画期的ですね。
(岡田)
 お笑いの吉本でも最初は品があるわけです。その片鱗がいまも時々表われますね。
(中村)
 創始者や、創業の基本の考え方には色褪せない魅力があるものですね。
(岡田)
 それが現代社会の儲け主義に入ると、品なんていうておれんようになるが、品が落ちたらかなわんね。
(中村)
 生きていること、生きもの、自然・・・。そういうものを題材に言語化した作品をつくって行き、それが品のある娯楽になる。大変だなあ。
(岡田)
 それが創造ということになります。何かしら作品は要りますよ。
(中村)
 これまでの活動でも、全体としては創造的なことをやってきたという一種の自負はある。
(岡田)
 部分的にはずいぶんほかから真似されましたね。それに50号続けばアーカイブとしての意味があります。
(中村)
 個々の研究や、SICP活動のそれぞれ一つひとつはかたちになっているけれど、生命誌という作品はできていないということですね。
(岡田)
 それには時間がかかります。
(中村)
 どうしたらいいだろう。プルーストをもう一回読んだら・・・。あれ、また全部読むのはいやだな(笑)。
(岡田)
 そらあんな長いのいやですわ(笑)。しかし、そういうものを書いた人間がおるということは驚きです。
(中村)
 そう。それは天才の仕事ですね。20世紀前半までは、誰が見ても天才という人が科学の世界にもいましたね。
(岡田)
 20世紀初頭は、科学にとっても芸術にとっても、ええ時やったと思います。
(中村)
 物理学の周辺を見ても、20世紀の始め頃に量子論や、相対性理論が出て、そこからニュートン力学とは違う世界になってきた。次に、そこから自然を語ろうとするカオスや複雑系が出てきましたが、それ以来、随分経っているのに、例えば、アインシュタインのE=mc2という式のように、世界中の人が、ああそうだねっ言える形のものを出す人が、科学全体から出ていないじゃありませんか。それでみんなが平気でいることが、私は、不思議で仕方がない。みんなもっとイライラしなくちゃいけないのではないでしょうか。
(岡田)
 科学が技術によってサポートされとるので、いつまでも安穏とした気分にさせるんでしょう。
(中村)
 ボーア※註5やシュレーディンガー※註6という人たちは、あの頃とってもイライラして、それで新しい学問をつくったわけですね。今の学問の世界もかなりイライラしますよねえ。複雑系なんて難しすぎて、もう少しちゃんと整理して欲しいと思う。生物学だけでなく自然科学全体が行き詰まっていると思う。今の科学は、20世紀前半のおこぼれで動いているようなところがありますね。こんなこと言っては失礼だけどノーベル賞の受賞者を見ても。
(岡田)
 あれも、マスコミの手により娯楽と同じ仕掛けにされとるわけです。音楽でいえば、20世紀の後半を生きた、一番優れた音楽家は誰かというと、僕は、カラヤンやと思いますけどね。
(中村)
 カラヤン?
(岡田)
 好き嫌いは別ですよ。カラヤンは興行師ですわ。あの頃、音楽家として一番影響力があった男はカラヤンです。あれは娯楽とすれすれのものです。
(中村)
 だからあんまり好きじゃない。
(岡田)
 もとよりいやなことですが適確に時代を語っています。
(中村)
 音楽にとっていいことをしたとは・・・。
(岡田)
 いいことですか。それは音楽業界を儲けさせた。今日、そのお陰で音楽家は皆、生きてはるんやからこれは最大の功績です。
(中村)
 現代はパトロンが居なくなったことも関係ありますか。
(岡田)
 それは大いにある。パトロンが国家になったでしょ。
(中村)
 そして国家が民衆になったから、元に戻って、アンケートで選ばれる人しか出てこないので天才はいない。
(岡田)
 国家も、アンケートで左右され「上品なのは結構だが、内容が難しい。もう少しわかりやすく面白くして欲しい」となっとるわけや。
(中村)
 岡田先生のカンと、私のカンをあわせれば、そこそこ行けると思うのですが、この山は、それで乗り越えられるほど楽ではないですね。ここで私は天才待望論で、何かあっと思うことやってくれる人物が必要だと思う。何も自分たちが特別だという気持ちはないけれど、やっぱり外では誰も考えてくれませんから。予算を決めている人が考えてくれない。そこで、科学をやまと言葉化した作品をつくるという話になってしまった(笑)。
(岡田)
 作品ですよ。解説じゃないですよ。
(中村)
 そうですね。誌という字は作品じゃないといけないという意味を込めています。さあどうしましょう。これは大きな宿題です。
註5:ボーア
【Niels Bohr】(1885-1962)
デンマークの理論物理学者。マンチェスター大学ではラザフォードの元で学ぶ。量子力学の形成に指導的役割を果す。ノーベル賞。
註6:シュレーディンガー
【Erwin Schringer】
(1887-1961)
オーストリアの理論物理学者。量子力学でシュレーディンガー方程式と呼ぶ基礎方程式を導く。のち生物物理学を先導。ノーベル賞。
[ 対談を終えて|岡田節人 ]
 対談というのはあまり好きではない。このごろ、はやりのフォーラムとかいう奴は、もっとかなわん。つまり、生来の恥しがり、照れ屋という本性には向かないということなのだろう。しかし50号記念ということで、中村館長との対談となれば、これは別ものであり、せめて世のはやりとも主流とも異なった視点を求めたいという心はある。これを口にし、筆にするのはとても恥しいことだった、というのは本心である。ただ、この機会に今まで口にも筆にもしたことのない現在の─つまり老人らしい─心境の一端を少しばかりしゃべらせて頂いたことは嬉しいことだった。
 生命誌研究館には、基本的に静けさがある。このことは現在のもろもろの大学・研究所・博物館などとは本質的に異なっているところだ。これをもって活気がない、などと評するのは非本質的なことだ。但し、年に一回や二回は、お祭りがあり、この研究館ならではの気品ある雰囲気にふさわしい。いわゆる盛り上がりがあるのもよいことだ。
 生命誌ジャーナル 2006年秋号
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