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RESEARCH

鱗粉の整列も細胞同士の対話から

チョウの翅の細胞配列パターンのでき方

吉田昭広チョウのハネの形づくりラボ

花びらに見えるのが光学顕微鏡でみたチョウの翅に整然と並んでいる鱗粉細胞。鱗粉細胞はサナギの中でできあがり、前後左右との間隔をうまくとりながら整列します。ゲノムがどのように細胞の配置を決めているのか考える切り口になりそうです。

チョウの翅をつくる細胞は幼虫の体内で出番を待っており、蛹の時期になると、ダイナミックな翅づくりが始まる。まず、翅の形ができ、鱗粉細胞が規則正しく翅を覆い、鱗粉細胞に色がついて翅の模様ができる。翅のでき方から生きものの形作りの普遍性を探る。

1.生き物のかたち・パターン

生きものは38億年前に生まれた共通の祖先から出発して、進化の過程で様々なかたちを生み出してきた。体の内外のかたちは、それぞれの生きもののもつゲノムを基にしてつくられるが、生きものが自分自身のもつゲノム情報からかたち・パターンを作り上げていくしくみについては、多くの未解決な問題が残されている。進化の大きな原動力の一つは、他の生きものや環境との相互作用であり、相互作用は生きもののかたち・パターンを介して行われる。例えば、翅の鱗粉細胞のかたちや並び方(パターン)はチョウが優雅に舞う時の気流を整えるのに役立つようだ。比較的単純な配列をもつ鱗粉細胞のかたち・パターンを研究することで、生きものの進化についての理解を深めたいとお考えている。

2.等間隔に整列する鱗粉細胞

チョウの翅には大量の鱗粉が付着している。一見「粉」のように見える鱗粉は細胞であり、走査電子顕微鏡で観察するとそれぞれが花びらの形をしている(図1)。

(図1) ナミアゲハの翅の走査電子顕微鏡写真


鱗粉細胞は翅の前後軸方向に沿って列を形成し、さらに、この列が翅の周縁部から基部方向(遠近軸方向)に沿ってほぼ等間隔に配列している。ちなみに、チョウの翅の美しい模様(カラーパターン)は鱗粉細胞の色によるものであるが、鱗粉細胞配列パターンとは関係がない。鱗粉細胞配列パターンは、蛹になった直後に翅上皮の中で形成される。翅上皮は、上皮細胞が一層に集まった平面的な組織で、多数の細胞の同時観察や、特定部位の細胞に実験操作を施すことが容易であり、細胞配列パターン形成(機構)の研究の良いモデル系と言える。

3.整列する様子を観察する

私たちは実験室でも飼いやすいモンシロチョウで鱗粉細胞の配列を調べた。モンシロチョウの蛹の翅上皮を走査型電子顕微鏡写真で観察したところ、以下のステップを経ることがわかった。(図2)

(図2)

この後、明と暗の鱗粉前駆細胞から同じ鱗粉細胞が1個ずつできる。このように鱗粉前駆細胞は、翅上皮に「位置情報」があって、そのパターン通りいきなり分化するのでなく、細胞間相互作用や細胞移動を伴って次第に配列を整えていくことがわかった。現在、分子レベルでの実験を始めている。

「研究とは誰もが見ているものを見て、誰もが考えなかったことを考えることだ。」という生化学者セントジェルジの言葉が好きである。そんな姿勢で、チョウの翅の研究に取り組んでいきたい。

 

 

吉田昭広(よしだ・あきひろ)

1949年、京都市生まれ。九州大学大学院理学研究科修了。理学博士。上智大学生命科学研究所研助手を経て、1993年よりJT生命誌研究館主任研究員。

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