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Special Story

ゲノムから進化を探る研究

遺伝子の爆発と動物の爆発:宮田 隆

38億年前、最初の生命が誕生した。以来、細胞は、分裂を繰り返すことで現在まで存続し、内にあるゲノムを伝えてきた。その間、ゲノムは少しずつ変化し、細胞のあり方に影響を与え続けている。

生命誌は、ゲノムに刻まれたこの変化の痕跡を辿ることで、生きものの歴史とお互いの関係を読み解こうとしている。

今、ゲノム研究は、医療やバイオ産業と結びつき、巨額の費用と人員を投じて凄まじい勢いで遺伝子情報を収集している。この膨大な情報が、どのくらい生物の歴史、つまり進化を読み解くことにつながるのだろうか。


およそ10億年前に、単細胞の原生生物から多細胞の動物が進化した。動物の系統で最初に現れるのが、もっとも原始的な動物である側生動物で、カイメンがその典型的な例である。続いてクラゲ、イソギンチャク、ヒドラなどを含む、2胚葉性の動物が枝分れする。最後に脊椎動物や節足動物など、大部分の動物を含む3胚葉性の動物が現れる。ところで、これらの3胚葉性の動物は、およそ6億年前に爆発的に多様化し、カンブリア紀の初期までには現在の動物門にあたる基本的形態をもった動物のグループが出そろったと考えられている。これをカンブリア爆発という。ダーウィンの時代には、単細胞生物の化石は知られていなかったので、急に見つかりだしたカンブリア紀初期の化石はダーウィンを大いに悩ませた。というのは、ダーウィンは、進化は徐々に起こると考えていたが、一斉に出現した動物は、神による生物の創造という当時の考えにぴったりだったからである。

さて、6億年前に起きた動物の爆発的多様化と連動して、遺伝子も爆発的に多様化したのであろうか?もう少し一般的に、生物の進化と遺伝子の進化はどう関連しているのであろうか?これは生物多様性の分子機構に関する問題で、今後の分子進化学に残された重要な課題である。新しい機能をもった遺伝子は、すでにある遺伝子のコピーから作られる。このことを遺伝子重複という。すなわち遺伝子重複は遺伝子多様化の基本的メカニズムである。多細胞動物には、単細胞の原生生物にはない、細胞間情報伝達や形態形成に関与する多細胞特有の遺伝子が存在する。こうした遺伝子は動物の進化の過程で遺伝子重複によって作られ、多様化したが、その多様化はカンブリア爆発に連動して爆発的に起きたのであろうか?

立襟鞭毛虫(左: Monosiga ovata 右: Syndetophyllum pulchellum)
(写真=原成光/宮崎国際大学)

生物の系統を分子の比較から再現することができるが、それとまったく同じ手法で、さまざまな遺伝子が遺伝子重複によってどのように多様化したかを再現できる。この方法で遺伝子の多様化がいつ起きたかを調べてみるとたいへん興味深いことが明らかになった。およそ10億年前に原生生物から進化した多細胞動物がその進化のごく初期に、すなわちカイメンとその他の動物が分かれた9億年前までの間に、動物特有の遺伝子(厳密には機能の異なる遺伝子)が爆発的に作られ、それ以降、このタイプの遺伝子はほとんど作られていないのである。すなわち、遺伝子の爆発はカンブリア爆発より3億年ほど前に起きていたことになる。遺伝子はたしかに“爆発的”に増えていたが、それは動物の爆発的多様化とは関連していなかったのである。例えば、脳の形成に関与する遺伝子が、脳どころか神経系すらない原始的なカイメンにも存在する。この遺伝子はカイメンでどんな働きをしているのか分からないが、この事実は次のことを教えてくれる。生物多様性の分子機構を理解するためには、どんな遺伝子が作られたかということを追求するのではなく、すでに存在している遺伝子をどう使って多様な生物を生み出したかを研究すべきなのである。ハードではなく、ソフトの問題なのである。

まだ答えはないが、研究は始まっている。どうして多細胞動物の進化のごく初期に新しい遺伝子が爆発的に作られたのか?それは多細胞化とどう関係するのであろうか?多細胞動物に系統的に最も近縁とされている単細胞原生生物である立襟鞭毛虫(たてえりべんもうちゅう)の研究がこの問題の解明に重要なヒントを与えてくれるであろう。

遺伝子多様化はいつ起きたのか?

Gタンパク質族の分子系統樹。この系統樹は、Gタンパク質αサブユニットの比較から推定された。この系統樹は機能の異なる10のグループ(サブタイプ)に分かれ、同一サブタイプに属する枝(配列)は系統樹の上で一つの固まりになっている(色で塗りつぶした)。異なるサブタイプを作った遺伝子重複はで示した。また、はカイメンとその他の動物が分岐した時期を示している。枝の右端は現在を示し、枝にそって左へいくほど過去に遡る。この系統樹から、異なるサブタイプを作った遺伝子重複()のすべては、カイメンとその他の動物の分岐()以前に起きていたことがわかる。すなわち、現存する動物の中でもっとも古い分岐に対応するカイメンとその他の動物の分岐以前に、機能の異なる基本的遺伝子(サブタイプ)のほぼ完全なセットがすでにできあがっていたことになる。

(みやた・たかし/京都大学大学院理学研究所教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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