季刊誌「生命誌」通巻26号

Talk

生命の歴史から人間の歴史へとつなぐ

西垣通 東京大学社会科学研究所教授
中村桂子 JT生命誌研究館副館長

時代の転換期を迎えるなかで,心まで考える新しい情報学を探る西垣さんと,生命誌を生物学の中に閉じ込めず,時代との関わりを深めたい中村副館長。
互いの接点のなかで,新しい学問の方向や社会と人間のあり方を考えます。


東京大学社会科学研究所で

情報と生命

中村--
 21世紀は情報の時代とか,生命の時代とか,なんとなく言われますが,情報や生命という言葉の意味を正確に理解し,両者が関係し合いながら社会の基本になっていくようにしたいのです。
西垣--
 情報とは本来「生物にとって意味のあるパターン」であり,生命の誕生と共に生まれたと思っています。情報と生命は,普通別々に語られますが,人間とは何かと考える時に必ず重なってくる。今,そこから新しい社会や人間の見方が出てきています。たとえば,近代的な人間像は「理性をもっている存在」でしたが,動物行動学から見ると,人間の意識とは進化の戦略から生まれたものということになり,そうなると当然ゲノムまで話がつながる。情報の意味や解釈から人間の心を眺めると,いろいろな問題が見えてくるのです。
中村--
 生物学では,人間も生き物として見ますが,社会は,主として理性や意識の部分を見ている。そこまで含めて人間を位置づけようとすると,内部にある遺伝情報に対して,脳が捉える外部情報が非常に重要になります。脳といっても,情報が入ってくるのは身体全体の神経系。しかも,情報伝達の時は,神経伝達物質があるので,そこには遺伝子が関わっています。分子生物学からゲノムという切り口で生命誌に辿りつきましたが,脳と身体や心の関わりを考えたくなり,「情報」という切り口を生かしたいと思うのです。
西垣--
 そのためには,まず,脳のマクロなモデルが作られることが必要ではありませんか。
中村--
 その点,精神医学が興味深いですね。たとえば,目から入った情報が,脳内をどう流れていくかは細かくわかり始めています。一方,そのどこかに欠陥がある患者の行動が分析されている。脳の電気生理や脳細胞でのDNAの働きなどの研究と,外界との対応という大きなレベルが結びつくようになってきています。
西垣--
 脳の分析は,動物的な感覚を調べるには有効でしょう。しかしそれだけでは,なぜ人間が時にファシズムを好むかとか,民主主義がいいのかなどといった問いは解けない。環境との関係でも,いわゆるアフォーダンス(床なら「支える」,水なら「飲む」など,環境世界が動物に提供するもの)はあらゆる動物に存在しますが,人間は果物を「栄養物」と見るだけでなく,環境に実在しない,たとえば「不老不死の果物」を考え出したりする。人間社会独特の権力や規範が生まれる原因はそこにあり,架空の存在をつくる役目を果たすのが,言語です。そのあたりで,人間とそれ以外の動物が認知する世界に違いがあると思います。

ゲノム情報学と言語

中村--
 確かに,情報一般という切り口と同時に,言語のもつ意味は大きいですね。人のゲノムの塩基配列は,遠からず解析が終わると言われています。その中には,生命体を全体として生成維持するための法則性,いわば文法があるはずで,それを見つけるゲノム情報学が,次の時代の学問として大きな意味をもつと思うのです。ゲノムの文法と人間の言葉に関係が見える可能性なんてないでしょうか。
西垣--
 生命情報に比べ,人間の言語は極めて恣意性が大きく,意味解釈の背後に制度や権力があります。一見恣意的な社会制度と,我々の生物的な部分がどう関わるのか。それは私の問題意識でもあります。
中村--
 言葉が生まれる時には,情報をある決まりで処理するわけで,すべての言語に共通な処理はないだろうかと思うのですが。

西垣通さん
西垣--
 昔から普遍言語が探索されてきましたが,言語学的にはひとまず存在しないとされています。しかし,チョムスキーはある意味では普遍派。その考え方から人工知能が出てきた。私は安易な普遍派には反対ですが,生き物の世界がゲノムという共通の記号系や文法をもつという考え方は魅力的です。そこから新しいアプローチが生まれるかもしれませんね。
中村--
 音声言語は人間特有ですが,チンパンジーなど,人間が言葉で表現している内容の理解はできますし,鳥のさえずりにも一種の文法が見つかっています。
西垣--
 確かに,動物は概念化の能力をもっていますね。鳩が写真で人物を認識できるという実験が報告されています。これは機械にはできません。このあたりまではゲノムと脳の研究でわかるかもしれない。概念化ができれば,その延長上で類人猿も扱える原型言語につながる。問題は原型言語からシンタックスをもつ言語(語順や冠詞,格などの文法をもつ人間の言語)への移行です。どうやらこれは,ホモ・エレクトゥスあたりから出現したといわれます。目の前に見えない事物,フィクションを伝達するには,どうしてもシンタックスをもつ言語が必要になるのです。

情報と社会

中村--
 猿や鳩も概念化はできるのに,フィクションは考えない。その間をどう考えるのでしょう。
西垣--
 太古の人間は,弱いので群れで生きていた。群れの団結のために何らかの納得のいくストーリーが必要だったのだと思います。大脳新皮質が発達して未来の予測ができるようになり,逆に言うと未来への不安が生まれたことも,ストーリーヘの希求を強めたはずです。
中村--
 見えないものが考えられる,つまり想像力がプラス,マイナス含めて,人間の活動の基本になるわけですね。
西垣--
 人間は空腹といった単純な感覚的苦痛そのものより,これから飢餓の苦痛がずっと続くという予測,つまり不安を我慢できないのです。だから,その不安を解消してくれる信仰や神話が必要なのではないでしょうか。
中村--
 話を現代にもってくると,今,不安がいろいろありますね。それを乗り越えて信頼社会を築くにも,言葉に注目するという点が一つありますね。
西垣--
 そうです。信頼できる言説をしゃべってくれるオピニオンリーダーが必要なのです。情報化社会の不安のなかで,やはり足場になるのは,「われわれが生命だ」という認識でしょう。環境問題は今どこの国でも若い人たちも関心をもっている。みんな生き物なんだという意識は大事です。生命情報という切り口で社会や人間を考え,歴史的な偶然を感じながら生きる基本のところに,生命誌はあると思いますよ。
中村--
 そういうことになると,恐らくこれまでの学問のような理論的理解に加えて,人間や他の生き物,自然と関わって,ある種の共通感覚をもつことが必要で,“誌” にはそれも入れているつもりなのです。
西垣--
 教育としても,自然の中に入ることは有効です。人間は自然の中で何かに出会うたびに,その情報の意味解釈を自分でやるわけです。人工的に与えられた情報を暗記するのと違って,本当の深いものを掴むのです。人間が今ほど,すでに意味解釈を施された情報に埋もれている時代はありません。たとえば,若いお母さんは子育ての不安におののいて育児書を読む・・・。
中村--
 読めば読むほどまた不安になっで・・・。矛盾ですね。無知なほど幸せというのは悲しいので,自らが鋭い感覚をもち,解釈できる人を育てたいですね。

機械と生命

西垣--
 この先,情報学はどちらに進むかといえば,たぶん機械的なものと生命的なものとのインタラクションの領域に踏み込むでしょう。プログラム制御を行なう人工臓器や脳のコンピュータモデルで,情報学と生命科学が絡み合う。ただ,人工生命という言葉がありますが,私はゲノムをもつものだけを「生命」とみなせば充分だと考えています。

中村副館長
中村--
 これまでの機械は効率重視で,本質的に生命とは異質な存在。生命のことが徐々にわかってきた今,生命をモデルにした機械という発想は出てきますでしょ。
西垣--
 ホメオスタシスのような巧みな機能を機械に利用することは可能です。しかし生命というのは,過去を全部背負った歴史的存在です。一方,機械はある時点で人間の役に立つように作るものではありませんか。
中村--
 機械に生命の論理を変に組み込まないはうがいいというわけですね。
西垣--
 はい。機械は原則として透明であるべきです。あくまで人間の役に立ち,市場的価値をもつことが機械の存在意義です。もちろん,人間には不透明なものに魅入られる性質があって,機械に生命的なものを作り込みたい欲望があるのはわかります。しかし,闇を背負い込むような存在を人間が作るのは危ない。それはいわば人間の支配欲の象徴なのです。生命の歴史に基づく生命誌は,そういう危険に陥ることを防ぐでしょう。

歴史と生命

西垣--
 今の歴史はまだ不完全だと思います。生物の歴史は36億年来ずっと続いて,だいたい50〜20万年ぐらい前にホモ・サピエンスが登場する。人間の文明の歴史は5000年前ぐらいから。そこに断絶がある。でも,本当はその2つはつながっているわけですよ。そういう大きな歴史の流れのなかで,DNAや脳,言語学や動物行動学なども踏まえて,人間をトータルに捉えていく。そうして初めて人間の本質が見えてくるという気がしています。
中村--
 この話し合いの最初に申し上げた意識がまさにそれで,生命誌を生物の歴史にとどめず,歴史を途切れなく見たいと思うようになったのです。
西垣--
 そうですね。20万年前〜5000年前ぐらいの時期を探索することが,今後の情報学の使命の一つでしょうね。
中村--
 宇宙が始まり,地球が生まれ,海ができ,その中で生命が生まれ,そして人間が生まれた。そこまでは科学の方法でやってきた。文明の歴史学もある。その間をつないだ大きな物語が書きたい。そこまで視野に入れた学問を考えると,西垣さんの情報学に出会うわけです。
西垣--
 21世紀は,生物学そのものが大きく発展するでしょうから。
中村--
 人間の歴史にうまくつながらない発展をしても仕方ないでしょう。テクノロジーにはなるでしょうけれど。
西垣--
 自動車や飛行機の発達は,それなりに近代的理性をもった人間観と結びついていた。今後バイオテクノロジーが,どういう人間観と結びついて発展していくのか,それが問題ですね。
中村--
 生命誌としても,生命の歴史と人間の歴史をつなぐ生命観,人間観を見つけたいと思います。
(写真=大西成明)
にしがき・とおる
1948年東京都生まれ。東京大学工学部計数工学科卒業。日立製作所でコンピュータ・ソフトの研究開発に携わった後,明治大学教授等を経て,現在東京大学社会科学研究所教授。専門は情報工学・情報社会論。主な著書に『マルチメディア』(岩波新書)『デジタル・ナルシス』(岩浪書店)『思考機械』(ちくま学芸文庫)などがある。
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