季刊誌「生命誌」通 巻20号 
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DNAで渦鞭毛藻のキメラを解く
DNAで渦鞭毛藻のキメラを解く:稲垣裕二
なぜ藻なんて研究するの?と言われそうだが、じつは、結構面 白くて大事な研究材料だ。藻を使うと、人間も含めた真核細胞という多くの生物を作り上げている細胞がどのようにしてできたかを知ることができる。 ──そう思ってわれわれは研究している。
 渦鞭毛藻類がもつ葉緑体の期限は何か。藻類を取り込んで共生させることで葉緑体を獲得したと推測されていたが、具体的証拠は乏しかった。われわれは、核と葉緑体のDNAを解析することによって、2種の渦鞭毛藻(Peridinium balticum,P.foliaceum)の葉緑体の起源と、その進化の過程を明らかにした。
P. balticumP. faliaceumの葉緑体の遺伝子(tufAという名がついている遺伝子)の塩基配列を調べたところ、珪藻類(けいそうるい)に近いことがわかった。別の葉緑体遺伝子(rbcL)の解析からも同じように珪藻に近いという結果が出た。この2種類の藻類は、珪藻を細胞内に取り込んで葉緑体にしたに違いない。葉緑体の中で大事な役割をしている光合成補助色素の組成が、この2種と珪藻では同じという事実もこの考え方を指示してくれる。他のグループによって、この2種の葉緑体の微細構造は非常に似ていることが示され、取り込まれてからそれほど時間がたっていないと考えられている。時間がたっていないと言っても、100万年以内なのだが・・・・・・、それは長い長い生物の歴史の中での話である。
 一つの答えが出たが、その結果は次の疑問を生んだ。珪藻類の取り込みはP. balticumP. foliaceumの共通祖先で起きたのか、それぞれが別れてから別々に起きたのかという問いだ。
 これを知るには、2種の渦鞭毛藻本体がどのくらい近縁かを調べればよい。つまり、葉緑体が入ったとされる100万年より前に分かれたのか、それより後に分かれたのかということを調べればよいわけだ。そこで核の遺伝子である18Sリボゾーム遺伝子(タンパク質合成の時に重要な役割をする遺伝子であり、核の遺伝子の代表格としてよく研究されている)を解析したところ、2種の間で塩基配列に9.3%もの違いがあった。これは100万年より前に分かれたということを示すものだ。この結果をまとめると、「系統的にかなり離れた2種の渦鞭毛藻が、今をさかのぼること100万年以内に、同じ珪藻をそれぞれ独立に取り込んだ」という予想外の事実が出てきた。
 これまで、「細胞内への取り込みとその結果の共生は、それほどしばしば起こるものではなく、遠い過去に一度だけ起こったことが、現存の細胞の姿を決めている」と考えられていた。しかし、どうもそうではないらしい。藻類の世界では、他の藻類を細胞内に取り込んで共生させるということは、それほど珍しいことではないようだ。光合成能力がある渦鞭毛藻であっても、葉緑体を入れ替えつつあると考えるほうが自然なくらいである。
 渦鞭毛藻類は、細胞の、とくに真核細胞の進化を現在進行形で見せてくれるという、非常に興味深い生物なのである。
葉緑体の起源を探る
2つの渦鞭毛藻の葉緑体の起源を探るため、葉緑体遺伝子(tufA)を用いて分子系統樹をつくった。その結果 、これらの葉緑体 は珪藻の葉緑体の遺伝子と似ており、起源は珪藻であることがわかった。
分子系統樹
(いながき・ゆうじ/元JT生命誌研究館奨励研究員・現日本学術振興会特別 研究員)
INDEX
  揺れる藻(も)の世界:井上勲
藻の眼から細胞内共生へ:堀口健雄
藻を研究するわけ:大濱武
藻― 食べて食べて食べて…… 細胞の進化へのチャレンジ展 (〜99.9)
Special Story

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