ボリナオの浜辺で。

今年の夏、フィリピンに1週間出かけた。サンゴ礁保全のためのワークショップに出席するためである。私は、熱帯における海と人との関わりや水産資源管理について人類学の研究を行なっている。これまで、東南アジアや太平洋で調査を行なってきた。今回も人類学の立場からの発言を、ということで参加を要請された。会議は、ルソン島中部西海岸のボリナオ市にある国立フィリピン大学の海洋研究センターで行なわれた。

ボリナオは、住民が海を守るために、外資系セメント工場の進出に待ったをかけたことで知られる。石灰岩質の土地をもつボリナオは、セメントエ場の立地に適していた。しかし工場の建設が、漁業や海洋環境に悪影響を及ぼすとして、地元の漁民やボリナオ市議会が立ち上がった。これには大学の海洋研究者も参画し、いわば官・民・学が一体となって開発を阻止した。

セメント工場問題には、伏線があった。フィリピンの沿岸域では、これまでダイナマイト漁により多くのサンゴが死滅している。90年代以降は、青酸カリの使用による漁が行なわれた。ハタやベラなどの食用活魚や水族館向けの熱帯魚獲りがその目的である。

ダイナマイトや青酸カリで魚は獲れたが、サンゴは死滅した。金はいっとき入ったが、目の前の海から魚が消えた。取り返しのつかない事態をまねき、人びとはこれ以上、海が汚染され破壊されるのはごめんだと考えた。ボリナオの反セメント工場運動を、理想的な環境保全運動とだけ評価するのは間違っている。過去に重大な失敗があったからこそ、人びとは目覚めた。環境教育の本当の先生は研究者や住民ではない。自然そのものが環境問題の答えを与えてくれる。このことを忘れずにいたい。

(あきみち・ともや/国立民族学博物館教授)