季刊誌「生命誌」通 巻18号 
宇宙誌−Cosmohistory:小平桂一
Essay
宇宙誌−Cosmohistory
遠い宇宙はそのまま時空の歴史。
ゲノムに書かれた「生命誌」を読み解くように、
「宇宙誌」を読んでみよう。
 最近は天文観測技術が急速に伸展し、天体についてのじつに多様な情報がもたらされつつある。それをいかに総合的に把握するか。新しい宇宙像は、「宇宙誌」として認識することになるだろう。理論的な整理がいくら進んでも、繰り返して全体をやり直すことができないこの時空の歴史は、やはり宇宙誌と呼ぶのがふさわしい。地球上の生命誌が描き出されるのと並行して宇宙誌のページも着々と埋められている。「宇宙誌」は想像されていた以上に「生命誌」に大きな影響を与えているので、その物語のいくつかを紹介しよう。
 日本が今ハワイに建設中のすばる望遠鏡は、宇宙の涯までも見通すことができるはずだ。光が飛ぶのに時間がかかるので、遠くの天体ほど昔の姿を見ていることになる。100億光年の彼方まで宇宙を奥深く探っていくと、100億年前の物質世界の様子を掘り起こせるわけだ。ちょうど古い地層からの化石の発掘のように。ぐんぐん遡ってビッグバン直後の火の玉の壁に出会うと、そこが宇宙の涯だ。探れば探るほど、この宇宙はうまくできていると思う。膨張宇宙に星が生まれて重元素を核とした塵粒が集まって、恒星の周囲に惑星系が誕生した。中心の恒星から適当な距離に生まれた惑星は液状の水をもった「青い惑星」となり生命を育んだのだ。人間が自分の育った宇宙を調べているのだから、このような物語になるのは当然といえば当然だが、それにしても魅力いっぱいだ。
 火星起源の隕石に原始生物の痕跡があるということで、探査機マース・パスファインダーが火星表面を探査している。もし火星に生命が存在したとしたら、生命の種子は宇宙の至る所にあっても不思議ではない。星間空間では長い鎖状の分子が見つかっているので、生命分子の元が、彗星とともに降り注ぐことは十分に考えられる。彗星は惑星系誕生時の原始惑星系雲の名残で、塵粒を核とした氷の粒が集まった、いわば巨大な雪だるまである。太陽系の初期にはこれがまだまだたくさんあって、地球に降り注ぎ、地球の海を生んだという説が最近は有力だ。
 彗星だけでなく、小惑星の類も多かったに違いない。月のクレーターは風化せずに残っている衝突痕跡だ。これらの星が地球にも落下して、様々なインパクトを与え、生態系に乱れを与えたはずだ。恐竜の絶滅はよく引かれる例だが、それ以前にも、もっと頻繁に衝突したに違いない。
 軟X線で見た太陽。「ようこう」衛星により撮影。太陽はこんなにも活動的です。動的です。
(写真提供=宇宙科学研究所)
 母なる太陽も、太陽系生成の初期には今よりも活動的だったはずだ。磁気ブレーキが十分でなく、自転が速く、フレアなどの表面爆発現象が盛んだった。今では落ち着いているように見えるが、それでも、1万年くらいのタイムスケールで見ると、0.1%くらいの光度変動はありそうだ。17世紀の「小氷河期」と呼ばれた寒冷な時期には黒点数が異常に少なかった。観測はないが大氷河期にも太陽活動がかかわっていた可能性が大きい。
 地球自体の自転も次第に遅くなって一日が長くなってきている。地球には「月」という馬鹿でかい衛星がついていて、その軌道運動と連動しているからだ。連動の証の一つに、海の潮の干満がある。たとえ火星に昔海があったとしても、地球の海に見られるような大きな潮の満ち干はないはずだ。地球の海に育った生物が地上に上がってきたのは干満による偶然だったかもしれない。我田引水だが、生命進化の歴史は地球にまつわる天文史の知識なくしては解読しきれないと思っている。
 アンドロメダ銀河。アンシャープ・マスキング法で渦巻きを目立たせたもの。230万年前の姿、私たちの天の川銀河に似ている。地球は天の川銀河の外周近くに在る。地球号の航路は平坦ではない。
(写真提供=東大木曽観測所)
 太陽系は他の星々と一緒に毎秒約200kmのスピードで天の川銀河の周縁を回っている。私たちの天の川銀河には渦巻き状に濃い領域があり、星が誕生している。暗黒星雲があるかと思えば、若い星が輝き、短寿命の星が超新星となって大爆発を起こしている領域だ。回転する太陽系は2億年に1回くらいの割合で、この渦巻き状密度波のショックを潜り抜ける。もう20回くらいも経験してきたはずだが、いつも無事に切り抜けられたのだろうか。その明快な記録は見つかっていない。
 ヘールボップ彗星。野辺山宇宙電波観測所の45m望遠鏡と、八ヶ岳の上にかかる彗星。太陽系周縁からの使者、水や生命を地球にもたらしたか?
(国立天文台・斉藤泰文氏撮影)
 生命を乗せた「地球」という宇宙船の何十億年にもわたる航海日誌を読みたいという願望もかなえられつつある。彗星の故郷とされる太陽系の外縁、オールトの雲までも観測の手が届きつつあるからだ。地球が存在している太陽系内域は、太陽の強大な影響を受けて変質してしまっているが、オールトの雲のあたりは無傷のままで生き延びてきたと思われる。彗星を太陽系の原始天体の再来と騒ぐのはそのためだ。太陽系の外縁のどこかに、古い航海日誌の断片が残っていないかと思うのだ。冥王星や天王星よりはるかに外にある天体には、太陽よりもむしろ太陽系外からの影響が刻まれて残っている可能性がある。イギリスの天文学者のホイルがSF小説で書いたように、もし太陽系が暗黒星雲に遭遇したことがあるとすれば、その時新種の彗星が誕生したかもしれない。そんな問いもある。
  天文学者は、今かなり本気で地球外文明の探査に乗り出している。人間の世界認識の過程は、自己中心的な宇宙像の破壊の連続であった。時空の中で、地球や人間が特別な存在だという偏見は次々と塗り替えざるを得なかった。地球外に生命や文明が見つかったら、その塗り替えが本質的なところで、また一歩大きく進むに違いない。
(こだいら・けいいち/国立天文台台長)
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