季刊誌「生命誌」通巻16号

Experiment

アサガオの花はなぜ青くなるのか?

吉田久美
 小さい頃よく,いろんな色の花びらを採って,搾ったり押し花を作って遊んだ。花びらの色は鮮やかなのに,汁や押し花にすると変色してしまいがっかりしたのを覚えている。では,なぜ花びらでは美しい色が保たれるのだろうか。この現象には,昔から多くの科学者も興味をもち,研究を行なってきた。
 花の色のほとんどは,植物色素のアントシアニンによる。アントシアニンは,リトマス紙のように酸性では赤色,中性で紫色,アルカリ性では青色に変化する。そこでリヒャルト・ウィルステッターは今世紀初頭に,花の色は細胞のpHの違いで変わる,とする説を提唱した。すなわち,赤い花の細胞は酸性,青い花の細胞はアルカリ性であろうと考えた。しかし,植物生理学者の柴田桂太と錯体化学者の柴田雄次らは,青い花びらの搾り汁のpHを調べたところ,いずれも弱酸性から中性で,けっしてアルカリ性でないことから,花の青色はアントシアニンが金属錯体を作っているからだと反論した。
 私たちは十数年来,青色の花の色素を中心に化学の立場から研究を進めてきた。最近になりようやく,空色西洋アサガオは細胞のpHの変化によって,ツユクサは金属錯体の形成によって青色になることをつきとめた。
 西洋アサガオ(Ipomoea tricolor )はサツマイモの仲間で,ハート型の葉をもち,露地に植えると夏の終わりから咲き始める。空色品種のヘブンリーブルー(cv.Heavenly blue, 天国の空色)は,花びらの澄みきった色から名付けられた。この花びらには,非常に複雑なアントシアニン(ヘブンリーブルーアントシアニン,HBA)が含まれ,その分子構造は1987年に初めて決定された。このアサガオは面白いことに,つぼみの時は赤紫色で開くと青色に変わり,数時間後にしぼむとまた赤紫色になる。これほどみごとな色の変化をするのに,花びらから色素を抽出して分析したところ,成分は変化していなかった。すると,花の色はなぜ変わるのだろうか。取り出したHBAをいろいろなpHにすると,連続的に色が変わる。そして,pH6.6の溶液がつぼみの赤紫色,pH7.7の溶液が花びらの空色を示した。しかし,花びらの細胞のpHがこれと同じように変化しているかどうかはわからない。そこで,細胞のpHを直接測定しようと考えた。
1空色西洋アサガオ(Ipomoea tricolor cv. Heavenly blue )の花。 つぼみは赤紫色で開くにつれて空色になり,数時間後にしぼむと再び赤紫色になる。
2空色アサガオの花びら色素・ヘブンリーブルーアントシアニン(HBA)の化学構造(平面構造・a)と液胞内での高次構造(b)。
HBAは液胞内で,折り畳まれた構造をとり,発色団がコーヒー酸に上下から狭まれて安定化されている。
3HBAのpHによる色の変化。 HBAはpHの上昇にともない,連続的に赤から紫,青と色が変化する。
 色素は,花びらの細胞の体積の90%以上を占める液胞に存在する。空色アサガオの花びらを薄い切片にして顕微鏡で見たところ,表皮細胞だけが空色で,中間の層は無色だった。花びらを搾ると紫色の汁が得られ,pHは6.9だったので,これは花びら全体の細胞液の平均値と考えられる。

4アサガオの花びらの断面とpH測定法。
アサガオの花びらは表と裏の表面細胞だけが着色しており,その細胞の体積のほとんどは色素の溶けている液胞である。顕微鏡で覗きながら,細胞に微小pH電極を刺して測定すると,花びらを生かしたまま液胞のpHが測定できる。
 そこで,1個の液胞のpHを知るために,細胞に直接刺し込んで測定する微小pH電極を用いることにした。花びらの細胞は大きさが約40μmあるので,開口部が1μm以下になるよう細いガラス管を引いて電極を作成した。電極の先端は,固い細胞壁と6〜10気圧もの膨圧に耐えるためニトロセルロースで固め,水素イオンだけに感知する薬品(プロトンイオノフォア)を詰めた。これをミクロマニュピュレーター(微動装置)に取り付けて顕微鏡下で花びらの細胞に突き刺し,生きた花びらの細胞の液胞pH測定に初めて成功した。その結果,空色の花びらの液胞pHは約7.7と異常に高く,赤紫色のつぼみの花びらのpHは6.6とそれより低いことがわかった。
 さらに,空色の花をドライアイスを入れたポリ袋で覆ったところ,気化した炭酸ガスを吸って花びらは紫色に変化し,花びらの液胞のpHは6.9になった。ドライアイスを取り除くと,数分後にはもとの空色に戻ったことから,花びらの液胞はpHを高く保つようコントロールされていることがわかった。こうして,アサガオの花色は液胞pHの変化により移り変わることが実証できた。花びらが青色になるには,pHの変化以外にも重要なことがある。HBAの分子は液胞内で折り畳まれた構造をとる。そして,通常は不安定な発色団が,コーヒー酸によりサンドイッチのように挟み込まれて安定化され,空色を示す。
 アサガオの液胞pHの変化は,液胞膜を介した水素イオンやカリウムイオンなどさまざまなイオンの輸送により調節されているものと考えられる。このpH調節機構が解明できれば,花の色を自在に変えることや夢の青いバラの創出も可能になるに違いない。
(よしだ・くみ/椙山女学園大学生活科学部助手)
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