一方の細胞にだけ入っていくプロスペロたんぱく質
ショウジョウバエの胚の中で、神経幹細胞が分裂している様子を顕微鏡で見たところ(写真の中央部分)。緑色=ブロスペロたんぱく質、赤=DNA。実験的に染色して観察している。細胞の輪郭は見えていない。上下に赤く見えるのは、他の組織の細胞核。プロスペロたんぱく質は、分裂によってできる2つの細胞のうち、小さいほうの細胞にだけ入っていく。下図は、分裂の様子を模式的に示したもの。(写真・原図=松崎文雄、Nature, vol. 377, P.628より)

細胞が分裂するとき、親細胞のDNAがもつ遺伝情報は複製され、新しくできる2つの娘細胞に伝えられる。それなのに、私たち人間のような多細胞生物をみると、それを構成する細胞は多種多様なのはなぜか。同じ遺伝情報をもち合わせているのに、どうして違う細胞になるのか。

かつては、細胞が分裂して様々な種類になっていくときに、その細胞に必要な遺伝子だけを残して、あとのものを捨てていくからだという考えもあった。しかし今では、ごく一部の例外を除き、どの細胞も同じDNA(ゲノム)をもっているということがわかっている。細胞の多様な個性は、異なる種類の細胞で異なる遺伝子がはたらくことによって生まれるのだ。

では、いったいどのような仕組みで2つの娘細胞が異なる遺伝子を発現するのか。そのメカニズムの一つが、細胞の「不均等な分裂」にあることがわかってきた。

細胞内で遺伝子がはたらくのは、「転写因子」と呼ばれる特殊なたんぱく質が、遺伝子の周辺に結合してスイッチを入れるからだ。そこで、もし親細胞内で転写因子が片寄って存在すると、分裂で生じる娘細胞には、転写因子をもつものともたないものができることになる。その結果、2つの細胞では、はたらく遺伝子が異なることになるのだ。いうなれば頭と尾があって、その腰のあたりで分裂すると考えればよい。

最近私たちは、キイロショウジョウバエの神経細胞ができるときに、まさにこの仕組みが実現されていることを明らかにした。

神経細胞の親に当たる神経幹細胞が2つに分裂すると、1つは幹細胞そのものに、もう1つは、神経前駆細胞になる。prospero(プロスペロ)と名付けられた転写因子は、この神経前駆細胞で遺伝子の活性化にはたらくのであるが、この因子はまず親細胞である幹細胞でつくられる。そして幹細胞が分裂するときに、prosperoたんぱく質は、一方の娘細胞には残されず、もう1つにだけ渡される。こうして前者は、再び幹細胞になり、後者は神経前駆細胞になる。こうして生まれた神経前駆細胞は、のちに神経細胞へと分化していくのである。生物は細胞レベルでも、単刀直入、かつ意外に理屈っぽい方法を使っているのだ。

(まつざき・ふみお/国立精神神経センター神経研究所・遺伝子工学研究部室長)