陶器は割れてはならないのが常識だ。
寄神氏は、その常識にとらわれず、窯に入れる前の作品をいちど破壊し、焼き上げたのち再構成するという独自の方法を生み出した。

① 尖立(せんりつ)
(W15cm×D12.5cm×H45.5cm)
'95制作
② 塊(かたまり)
(33×21×19)'95
③ 清爽(せいそう)
(21.5×21.5×12)
'95
④ ③の部分。再構成している様子がよくわかる。 ⑤ 捻(ねじる)
(42×11×8) '90
⑥ 交錯(こうさく)
(40×17×30) '90
⑦ 二枚ノ長イ板
(一つが50×7×220) '94
(写真=②尾越健一、①、③~⑦ 畠山崇)

京都の茶陶器を作る家に生まれた。
長い間、焼き物がおもしろいということを知らず、大学を出てから本格的に陶芸を始めた。

素焼きは、古代から、人々が至るところで焼いてきたもの。
私も素焼きを基本とした焼き方をしている。
主に黒陶という方法だ。
煙でいぶせば黒く、そのまま焼けば白く、特殊な焼き方でオレンジ色になる。

十数年前のこと、作った作品を焼く前に切断して、別々の焼き方をしようと思ったら、作品が倒れて壊れてしまった。
どうせ切るつもりだったのだからと、割れたままで創ってみたら、とても良いものができた。

以来、わざと割るようになった。

陶芸では、割れてひびが入ることは、タブー視される。
しかし、陶器は割れるものだ。
無理に割れないようにするのではなく、割れたらそれはそれでよいだろう。

絵や彫刻と違って、陶芸は、自分ですべてをコントロールすることはできない。
作った作品を窯に入れてしまえば、どんな具合に焼けるかは、そのとき次第である。

それならば、もっと自然に任せてみよう。

土の性質にも、割れ方にも、窯の中にも、自然の力がおよんでいる。
窯から出たあと、もう一度私のもとに戻り、私の手によって作品が完成する。
人為による制作行為と、自然の力が一緒になってでき上がることの楽しさがある。

これを私はRE-CREATIONSと呼んでいる。

よりがみ・むねみ
1944年京都市生まれ。69~72年八木一夫に師事。80年走泥社同人となる。87年八木一夫賞現代陶芸展で優秀賞、91年ファエンツァ国際陶芸展(イタリア)で金賞、92年中華民国現代陶芸激請展グランプリを受賞。96年世界焱博ストリートファニチャー展出品。