季刊誌「生命誌」通巻13号

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飯能博物誌

盛口満
秩父山麓のまち,飯能。
生き物の豊富さもさることながら,ワクワクさせるその観察記録。
身近な自然から生き物3000万種の全記録に挑む — 。

『飯能博物誌』は100号ずつまとめられ,現在までに9冊出されている。
 子供の頃,地球上のすべての生物を自分の目で見て,絵に描いて図鑑をつくるのが夢だった。まわりまわって教員をしている今の僕が,ふと立ち止まって今やっていることを考えてみても,やっぱりこの原点は動いていない。だから,教員になった11年前から,この小さい頃の夢の一歩として,学校で『飯能(はんのう)博物誌』という通信を出し続けている。たった1枚のB4判の紙に絵と文章をしたためたものだが,現在900号を超えた。この中で,いったい何種の生物を紹介し終えたのか,本人も数えたことがないのでわからない。
 たとえばムササビ。すでに近くの神社で観察したムササビの記録を博物誌に紹介したことがある。ところが先日,同僚のアトリエに遊びに行ったら,その隣に残っている廃屋同様の別荘の中で白骨化したムササビを見つけてしまった。家の中に住んでいたムササビ。そしてムササビの全身骨格。新たな資料を前に,博物誌を1号仕上げて発行した。そして数日後,今度は交通事故で死んだムササビが持ち込まれた。ムササビの手首には,その被膜を支える長い軟骨があるが,その様子を手にとって観察できたのは初めて。結局また1号発行する。そうこうして900号とはいうものの,ムササビだけで30号あまり,タヌキにいたっては60号あまりも一種で費やしてしまった。一種の生物でさえ見ていくとキリがなかったのだ。これは子供の頃には気づいていなかった大きな誤算だ。
 最近では,「骨格標本にはまった人々」だの「虫をめぐる文化」だのといった内容の号まで登場するようになった。これまた全生物図鑑という目標からすれば寄り道をしているように思うが,考えてみると,これはどうやら僕なりにヒトという種の博物誌を書いているようなのだ。じつは子供の頃に全生物図鑑と言いながら,半ば無意識的にそこから排除していた生物が一種だけいた。それがヒトだ。そのことにようやく気づくようになったのは,僕が教員になってからで,生徒との関わりのなかで得たたまものだろう。しかし,これまた本気で書きだせば,タヌキどころか,見当もつかない号数が必要となることは間違いない。
 というわけで,一生かかっても,3000万種ともいわれる全生物を描ききることが無理なことだけははっきりしている。ただこれは,裏を返せば一生遊んでも遊びきれないネタを仕入れた子供のような心境でいられるということでもある。
もりぐち・みつる
千葉大学理学部生物学科卒業。自由の森学園教諭。身近な自然の生き物を観察し,その結果を『飯能博物誌』として随時まとめている。『なんでこんな生物がいるの』(日経サイエンス社),『森からの手紙』(創元社)などの著書がある。
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