1億2000万年前の日本にもたくさんの恐竜がいた。
福井県・手取層群で大量に見つかった恐竜の足跡は、日本の恐竜学に新しい地平を開きつつある。

私たちは1982年以来、福井県勝山市北谷の杉山川左岸で発掘を続け、これまでにイグアノドンの仲間などの恐竜化石と、約90個にのぼる恐竜の足跡を発見した。私たちが発掘した場所は、手取層群と呼ばれる1億2000万~1億3000万年前の中生代白亜紀の地層にあたる。恐竜は、三畳紀、ジュラ紀、白亜紀と繁栄を続けたが、白亜紀は世界的に恐竜化石の発掘が少なく、進化研究のエア・ポケットになっている。

福井県勝山市の恐竜足跡発掘現場。四本足や二本足など、たくさんの足跡が密集している(図は、足跡をつけたと思われる恐竜の分類)。
大型獣脚類の左足。長さ約70cm。 イグアノドン類(シダ類の葉を踏んでいるのがわかる)。長さ約18cm。 竜脚類の行跡。

この一帯は、河川性堆積物が数千~数万年のサイクルで積み重なっている。上部に泥や細粒砂岩、真ん中に中粒砂岩、そして一番下が荒い砂岩という構成で、このサイクルが3回繰り返している。恐竜の化石は、一番下の荒い地層部分から出てきた。ここは洪水性堆積物がたまったところで、草原などで死んだ恐竜が腐乱後に流されてきて堆積したと考えられる。背骨などの摩滅が少なく、トケが折れていないので、比較的近くから流されたと考えられる。

足跡が見つかったのは、上層の泥や細粒砂岩が堆積したところで、河川が蛇行し、やがて後背湿地へと移っていった場所にあたる。発掘ずみの約70㎡の面にかなり密についた足跡のうち、70個は四足歩行をしたイグアノドン(これを私たちは愛称「フクイリュウ」と呼んでいる)のものである。そのほかは、肉食の大型獣脚類(二足歩行)と草食の竜脚類(四足歩行)のものと思われる。骨化石による分類と足跡化石による分類はつながらないので、イグアノドン以外の足跡化石がどの種にあたるのかははっきりしない。ただ、上部の地層からドロマエロサウルスのカギ爪と、ブラキオサウルスの歯が見つかっているので、おそらくこの仲間のものだと推測される。

足跡は、いずれも東から西へ、あるいは西から東へと向かっている。おそらく川の流れが東から西に向いていて、この流れに沿った恐竜の動きを示していると考えられる。イグアノドンの足跡は、18~70cm、生後1年の子供恐竜から成体まで含み、親から子までの集団が移動していた様子を示している。もっと発掘面積を広げれば、草食恐竜の群れに肉食恐竜が突っ込んで、食うか食われるかの闘争現場を反映したような足跡が見つかるかもしれない。

鳥類の足跡(×0.3)。 両生類?の足跡。

近くからは、両生類と思われる足跡や、水かきのない水辺の烏(チドリやシギ、サギのような)の足跡も見つかっている。くちばしを沼に差し込んでエサをとった跡(採餌痕)もあった。すでに中国ではジュラ紀の鳥類化石が見つかっており、この恐竜繁栄の時代に、すでに始祖鳥とは別の本格的な鳥類が同居していたのである。

恐竜の化石とともに、骨質のウロコをもつ硬鱗魚類の仲間や、ワニ、カメ、ドブガイの仲間などの化石が出ている。植物では、トクサなどのシダ類をはじめ、ソテツの仲間、あるいはマキなどの針葉樹の化石が見つかっている。出土した珪化木の間隔から、河川周辺の植物はジャングルではなく、木と木の間が10mくらいの疎林で、日差しは地面に届く程度だったと考えられる。歯の構造からみてイグアノドンは、トクサのようなものをちぎって食べていたのだろう。

日本列島は地殻変動が激しく、地層の多くは変形して大きく傾いている。また、日本は樹木に被われて表面が見えない。これが日本の恐竜研究を難しくしてきた。しかし、福井県をはじめとして、岐阜、石川、富山、熊本などで次々と恐竜の化石が見つかるようになった。すでに日本でも、椎骨が2個くっついたままの化石が見つかっている。かなりまとまった一体の恐竜化石が、いずれは日本のどこかで見つかる可能性は十分あると思っている。

(あずま・よういち/ 福井県立博物館主任学芸員)