季刊誌「生命誌」通 巻3号 
ポックリ死突然変異体の生物学:山元大輔
Experiment
ポックリ死突然変異体の生物学
 完全変態をする昆虫は、まったく違った生活様式を一生のうちに経験する。たとえば、私たちが研究しているショウジョウバエの場合、幼虫期は脚すら持たずに餌の中をはいずり回る哀れな「ウジムシ」であるが、蛹(さなぎ)という名の更衣室で成虫への変身をとげると、2枚の翅を巧みに操って空を自由に飛び回る生活がやってくる。自分がもし完全変態昆虫だったらどうだろう。明日にはこの窓を開けて、「こんなケチな会社とはオ・サ・ラ・バ!」なんて捨て台詞を残し、大空高く飛び去ってやるのになあ、と楽しい想像をめぐらすのも悪くない。
 それにしても、変態前後での生活パターンの変化はあまりにも極端だ。これを実現するには、それ相応の体の準備が必要なはずである。実際、ショウジョウバエでは、胚の時期に作った幼虫用の組織は蛹のうちにほとんど取り壊され、成虫で使うものが幼虫から蛹の時期に新たに作られる。このリフォームには、いったいどんなからくりがあるのだろうか。そこを知りたくて、私たちはこのプロセスがおかしくなる突然変異体をとることにした。といっても、どこに目をつければよいかわからない。リフォームがまずければ、親になっても成虫としての生活ができずに、すぐ死んでしまうにちがいない、という単純な発想で、早死の表現型を示すものを探すことにした。1000系統をスクリーニングして2系統見つかったが、驚いたことに二つとも同一の遺伝子座に生じた、独立の突然変異であった。野生型の成虫は1ヵ月は軽く生きるのに、この変異体の大半の個体は、羽化して2〜3日で死んでしまう。ポックリいってしまうことから、この遺伝子座をpokkuriと命名した。
 ポックリ死というだけではどこに問題があるのか、研究の糸口をつかまえるのも困難であるが、幸いにもこの変異体には、目に見える形態異常が複眼に存在していた。複眼は「体表に出た神経」であり、複眼形態の異常は、神経発生異常のよい指標となる。実際複眼の組織切片を作ってみると、一つの個眼に含まれるR1〜R8の八つの光受容細胞のうち、R7がpokkuri変異体ではやたらと増えていたのである。つまりpokkuri遺伝子が壊れると、細胞の発生運命決定機構がはたらかなくなり、他の細胞になるはずだったものまで、みなR7になってしまうのである。cDNAクローニングの結果、pokkuriは原発がん遺伝子etsファミリーの新しいメンバーであることがわかった。がん遺伝子―細胞運命決定―寿命をつなぐ糸を、今ようやく探り当てたところである。
:キイロショウジョウバエ複眼を構成する個眼の電子顕微鏡横断切片像。野生型では1個眼中に8個の光受容細胞が存在し、1枚の切片にはそのうちの7個を認める(七つの丸い構造が受容細胞の感桿(かんかん)=棒状の光受容部位)。pokkuri変異体では中央の小型感桿(R7細胞)が過剰に生ずる。
:三齢幼虫複眼原基をモノクローン抗体6D6(藤田忍博士提供)で染めたもの。網目一つが将来の個眼で、野生型では規則的に並ぶが、pokkuri変異体では、すでにこのとき、大きさや位置に異常がある。上が前方。標本作成はいずれも二本松伊都子氏
(やまもと・だいすけ/三菱化成生命科学研究所主任研究員)
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