撮影=山口進

私は生き物である。けれどもふだんはそんなことはまるで問題にならない。端的に言って私は自分が生きているかどうか忘れている。―だがこのことは、私が雑用に追われるロボットめいた存在だという嘆き節ではない。また、中学・高校を通じて一番嫌いな科目が生物だったために(解剖図や分類表の奇妙な名前を暗記するあの苦痛!)、生物とは一生縁を切ろうと無意識の努力をかさねたからでもない。

私が「私は生きている」とみなせるのは、自分を観察者の立場において、わが身をふりかえってみる時だ。ところで、こういうことはコンピュータにも可能なのだろうか?

「心をもった機械」とか、「情報とは何か」などについて考えていくと、いやでも「生き物」とぶつかってしまう。情報を本当にあつかえるのは生き物だけで、コンピュータはただ形式的な記号操作をしているだけだろうか。

そんなわけで、情報を研究する私にとって、いま生物学はもっとも魅力的な学問の一つである。BRHでは、超一流の生物学者から最先端の話をきくことができる。その楽しさの中で、若き日の暗く退屈な生物授業の記憶もだんだん薄らいでいくようだ。

「生物ってホントウにおもしろいよ」―そんなことを息子に力説して、ときおり我ながらあっけにとられる、かくもいい加減かつ柔軟性にとんだ生き物が「私」なのである。