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8. ラヴェル『マダガスカル島民の歌』岡田節人の「音楽放談」

フランス近代の作曲家ラヴェルには、ルナールの証による『博物誌』というよく知られた名歌曲集がある。曲のタイトルからしても当然の帰結ではあるのだが、わが生命誌研究館のお披露目のイベント(1992年11月)の演目に選ばれ、野々下由香里(アルト)と小坂圭太(ピアノ)の両氏による素晴らしい演奏が、わが生命誌研究館の発足をことほいでくれた。

そのラヴェルの作品には『マダガスカル島民(かつては土人という訳であった)の歌』という、これはまたじつにすごい名歌曲がある。マダガスカル島の生物自然の特徴はよく知られている。ここにはアフリカ大陸とは隔絶した独特の生物相があり、このことは、「生命誌」のもつ事実を、具体的に展示しているとさえ言い得るのである。よりによって、そのマダガスカル(ラヴェルの時代ではもちろんフランスの植民地であった)に題材を求めた非常な名曲とあらば、この欄で紹介する一意義は十分にあろう。

この名曲の主なモチーフは、マダガスカルの特異な生物自然ではない。ラヴェルが古本屋で発見し、それに作曲をしたパルニー(1753~1814)というアフリカ生まれの詩人の詩の主題の一つは、白人の植民地への侵入への警告と抵抗である。それと、単なる異国趣味をはるかに超える、強烈な官能である。

ラヴェルはピアノ、フルート、チェロの3つの楽器を伴奏として類い稀な名歌曲を作曲している。詩の表現する官能が素朴であるぶんだけ、それにふさわしいエロチシズムの強烈さに強く引きつけられる音楽である。ならばこそ、この音楽で語られる植民地主義への、これまた極めて素朴な抵抗を、音楽はより直裁に訴えていることにもなる。しかも、全3曲を貫くマダガスカルの美しい生物自然への賛歌を、その底流には誰しも感ずるであろう。

時あたかも、フランスは南太平洋で—マダガスカルではないが―核実験を強行した。この音楽は、この愚行への先見的で強烈な反対の意志表明ととってもよいし、美しく貴重な生物自然の保護の訴えととってもよい。官能性が強烈なだけ、これらの意志を、イデオロギーを超えて呼びかけている。

この名歌曲は、すでに1930年代に、グレイという、この類いのフランス歌曲の演奏に格別な才能をもつソプラノ歌手が、ラヴェル自身の指示のもとに録音した有名なレコードがあった。これは最近、CDとして発売されている。

[参考]
EMl TOCE 8573