ジャンクションの多様性と進化

 細胞間の結合構造(ジャンクション)には、それぞれの動物が歩んできた進化の歴史を理解するための貴重な手がかりが隠されていると私たちは考えています。なかでもアドヘレンスジャンクションは普遍性と多様性を合わせ持ち、系統発生の道筋を知るための理想的な指標を提供してくれるかもしれないのです。

多細胞動物に見られる4種類のジャンクション
 多細胞動物では、細胞と細胞を物理的につなぐために様々な微細構造が存在している。代表的なものを表にまとめると、以下のようになる。

ジャンクションの種類 細胞間の連結を担う分子 存在が確認されている動物*2 裏打ち細胞骨格
アドヘレンスジャンクション クラシックカドヘリン ほとんどすべての多細胞動物 アクチン繊維
セプテートジャンクション 不明 ほとんどすべての無脊索動物  
タイトジャンクション クローディン*1 脊椎動物、尾索動物、クモや昆虫など節足動物の一部  
デスモソーム カドヘリン様分子 脊椎動物、尾索動物 中間系フィラメント

*1 節足動物で観察されているタイトジャンクションが脊椎動物と同じような分子で構築されているかは不明である。
*2 Lane, N.J., Dallai, R., Martinucci, G., and Burighel, P. (1994). Electron microscopic structure and evolution of epithelial junctions. In Molecular Mechanisms of Epithelial Cell Junctions: From Development to Disease, S. Citi, ed. (Austin, Texas: R. G. Landes), pp. 23-43.

アドヘレンスジャンクションと形態形成

ショウジョウバエ原腸胚の横断切片像
外胚葉性の上皮細胞と中胚葉性の間充織細胞が観察される
アドヘレンスジャンクションの電子顕微鏡像
細胞と細胞が接している領域の中でも、最も外側に近い部分に形成さる

 動物の体の形作りに最も直接的に関わっているのがアドヘレンスジャンクションである。アドヘレンスジャンクションはほとんどすべての多細胞動物に存在し、細胞機能の最も基本的な部分を担っている。例えば、細胞の形や向きを維持したり、状況に応じてそれらを変化させたりする場合に重要な役割を果たす。アドヘレンスジャンクションにおいて細胞間の連結を担っている分子は、クラシックカドヘリンと呼ばれる分子である。この分子はもともと脊椎動物で発見されたが(Takeichi, 1995)、同じような分子がショウジョウバエや線虫、ウニなどにも存在することがその後の研究でわかってきた (Oda et al., 1994; Iwai et al., 1997; Costa et al., 1999; Miller et al., 1997)。クラシックカドヘリンはカルシウム依存的なホモフィリックな結合で細胞と細胞の間をつないているが、細胞内ではカテニンと呼ばれる分子を介してアクチン骨格系と密接な機能的連携をとっており、細胞の「内」と「外」をつなぐ分子であるとも言える。アドヘレンスジャンクションの構造と機能には、クラシックカドヘリンやカテニンだけでなく、未知のものも含めて多数の分子が寄与しているが、クラシックカドヘリンを中心に構築された超多分子体がダイナミズムを生み出し、形態形成に必須の細胞の再配列を可能にすると考えられる。

アドヘレンスジャンクションに注目する理由は
 私たちがアドヘレンスジャンクションに注目する理由は少し複雑だが、簡単に言えば、アドヘレンスジャンクションが動物の「門」や「綱」のレベルの系統発生(つまり、大進化の道筋)を調べるために理想的な指標を提供してくれるかもしれないと考えるからである。
個体発生の初期から上皮細胞に存在するアドヘレンスジャンクションには「細胞と細胞をつなぎ、体の外形を作る」という普遍的な機能がある。この一方で、アドヘレンスジャンクションを担う中心的な分子であるカドヘリンには、非常に大きな構造的多様性がある。この多様性が意味するところは何なのかが私たちの今の研究の課題である。

アドヘレンスジャンクションを担うカドヘリンの
構造的多様性


 先にも述べたが、クラシックカドヘリンはもともと脊椎動物で発見された分子で、図に示すようなシンプルな構造をしている。ひとつの膜貫通領域を持ち、細胞外領域と細胞内領域に分かれる。細胞外領域は5回の繰り返し配列(ECドメインと呼ばれている)からなり、細胞内領域はカテニンと結合する、よく保存されたアミノ酸配列からなっている。同じ脊索動物門に属する尾索動物
(ホヤ) からクローニングされたカドヘリンも基本的に同じ構造をしている。ところが、脊索動物以外の動物 (無脊索動物と呼ぶ) では、脊椎動物のカドヘリンと対応づけられる分子は存在するが、その分子の構造は大きく異なっている。例えば、棘皮動物 (ヒトデ) のカドヘリンの構造は、図からわかるように細胞外領域に歴然とした違いを示す。詳細はOda and Tsukita, 1999を参照してもらいたいが、カドヘリンに関して今まで公表されている情報と私たちが独自に集めた情報をまとめると、脊索動物と無脊索動物の間ではっきりとした構造的違いが生じており、さらに興味深いことに、脊椎動物やホヤと同じ脊索動物門のナメクジウオ (頭索動物) では極めて奇妙な構造をしたカドヘリンが存在していた。カドヘリンの構造変化、しいてはアドヘレンスジャンクションにおける分子的な変化が、脊索動物の起源を知る貴重な手がかりになるかもしれない。

1. Oda, H., Tsukita, S. (1999).  Nonchordate classic cadherins have a structurally and functionally unique domain that is absent from chordate classic cadherins.  Dev. Biol. 216, 406-422.

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