年度別活動報告

年度別活動報告書:2011年度

分子系統から生物進化を探る 3-1.イチジク属植物とイチジクコバチとの共生・共進化

蘇 智慧(主任研究員) 岡本朋子(奨励研究員)

佐々木綾子(研究補助員) 石渡啓介(大阪大学招へい研究員)

宮澤秀幸(大阪大学大学院生)

 

はじめに

 様々な生物種から構成される地球生態系のなかでの生物同士或いは生物と環境との相互作用は、生物の多様性を生み出す大きな原動力と考えられる。昆虫と被子植物はそれぞれ陸上で最も多様化した生物群で、その多様化は植物と昆虫とが互いに相互適応的関係を築くことによって促されてきた。その最たる例が「1種対1種」の密接な送粉共生関係を築くイチジク属植物 (クワ科) とイチジクコバチ科昆虫であり、双方が800種以上の種数を誇っている。我々は現在イチジク属植物とイチジクコバチとの共生関係の構築と維持のメカニズム、およびその共生系における種分化様式などについて研究を行っている。

 イチジク属植物は、東南アジア、アフリカ、中南米など熱帯を中心に分布している。日本はイチジク属の分布域の北限にあたり、南西諸島を中心に16種が生息している。イチジク属植物は花嚢とよばれる袋状の閉じた花序をつけ、その内側に多数の花を咲かせる。送粉者であるイチジクコバチは、花嚢にはいった場合、授粉と同時に花に産卵し、ふ化した幼虫は子房を食べて成長する。やがて次世代のコバチが花嚢内で羽化・交配し、雌成虫が花粉を持って他の花嚢へと移動することで受粉が成立する。このようにイチジクとイチジクコバチの2者は、繁殖を互いに強く依存し合った関係といえる。

 イチジク属植物と送粉コバチとの共生関係は、「1種対1種」という種特異性が極めて高いものと言われている。この「1種対1種」関係を維持しながら種分化が起きるとしたら、同調した種分化や系統分化が起こることが予想される。これまで分子系統学的解析を用いてこの仮説を検証する研究が行われてきた。その結果、イチジク属の節(section)レベルの系統関係とコバチ類の属のそれとがおおまかに一致し、仮説が支持されるものの、種間、種内レベルでは系統関係の矛盾のほかに、送粉コバチの隠蔽種や1種のイチジク属植物に複数種の送粉コバチ(或いはその逆)が共生するなど、不明瞭な点が残っている1-3)。我々の研究において、日本産のイチジク属植物とイチジクコバチでは、「1種対1種」関係の厳密性が見られ、同調的系統分化が示唆された4)が、メキシコ産の材料の解析では、近縁種間で「1種対1種」関係の乱れが示された2)。また、イチジク属植物の進化・種分化の過程において交雑が起きていたことも示唆され、雑種形成がイチジク属植物の種分化をもたらす要因の1つであると考えられる5)。また、イチジク属植物が特定のパートナーを花へ呼び寄せるために用いるシグナルとして、主に嗅覚情報である花の匂いが注目されてきた。花の匂いとは、花から放出された分子量300以下の揮発性に富んだ化学物質(の集まり)を指す。イチジクの花嚢の外見は緑色で非常に目立ちにくいため、視覚情報よりも嗅覚情報が有効であると考えられている。本年度は主に近縁種間および種内の集団間の関係を注目して、分子系統解析、集団遺伝解析、花の匂い物質の解析を通して研究を進めてきた。

 

結果と考察

1)イヌビワとその近縁3種およびそれらの送粉コバチの系統解析

 イヌビワ (Ficus erecta) は広い分布域をもち、日本、済州島(韓国)、台湾、中国南部とベトナム北部に生息している。その近縁種は台湾に3種いる。それらは F. formosana, F. tannoensisF. vaccinioides で、後者の2種は台湾の南部にのみ生育している。それぞれの植物種にたいして特異的な送粉コバチがいる(図1)。植物種間では形態的に明白に区別できるが、それらの送粉コバチは形態的に容易に区別できない。これら4種の種分化とコバチとの共生関係の構築を理解するために、複数の分子マーカーを用いた系統解析と花の匂い物質の解析を行った。

イヌビワとその近縁種およびそれらの送粉コバチ

 

 

1.1. 葉緑体DNAによるネットワーク解析

 葉緑体DNA 6 領域(rps16イントロン、trnGイントロン、petBイントロン、trnLイントロン、trnL-trnFスペーサー、atpB-rbcLスペーサー)およそ3500塩基を用いて解析を行った。解析ソフトは TCS v.1.21である。その結果、イヌビワには合計13ハプロタイプが見つかった。日本産のイヌビワは6ハプロタイプを有しているが、そのうちの2つはメインである(八重山タイプと本州・九州・沖縄タイプ)。イヌビワと比較して他3種からは2ないし4ハプロタイプしか発見されていない。この結果はイヌビワがより多様性に富んでいることを示唆している。また、F. tannoensis-F. vaccinioides 間と F. formosana-F. erecta 間で同じハプロタイプを有するサンプルも見られたが、基本的に種特異的なハプロタイプを持っていることが判明した。

 

 

1.2. 核遺伝子aco1とg3pdh による系統解析

 各種の分布域の複数地点から少なくとも10以上のサンプルを採集し、両核遺伝子の塩基配列を決定した。NJ法による系統解析を行った結果、Aco1系統樹では、F. formosana のサンプルは明らかに単一クレードを形成しており、単系統性を強く示唆した。一方、g3pdh系統樹では、F. tannoensisF. vaccinioides はそれぞれ単系統を形成した。種間で入り混じるサンプルもいくつか見られたが、これはおそらく交雑による結果であると思われる。両系統樹の結果を総合的に考察すると、それぞれの種が遺伝的に分かれていると考えられる。しかし、4種間の系統関係は系統樹のブートストラップ値が低いために解明できなかった。これは今後の課題である。

 また、4種間の遺伝的交流が起きているかどうか、またはどの程度起きているかを調べるために、マイクロサテライト解析も行った。その結果、交雑による多少の遺伝的交流が起きていることが見られたものの、4種は明らかに遺伝的分化をしていることが分かった。さらに、花の匂い物質の解析も行った。F. formosana の花匂いの採集が失敗したため、残りの3種の花匂い物質をもって解析を行った。その結果、3種間の花匂い物質は明確に区別できることが明らかになった。

 

 

2)イヌビワの花の匂いに対するイヌビワコバチの選好性

 本研究では、種特異的な送粉者であるイチジクコバチが、寄主であるイチジク属植物の花の匂いに対して選好性を示すかどうかを明らかにするため、沖縄県の石垣島に生育するイヌビワ(Ficus erecta)とイヌビワコバチ(Blastophaga nipponica)を用いて研究を行った。イヌビワコバチの寄主であるイヌビワの花嚢と葉の匂いを、Y字型のガラス管を用いて提示し、それらの匂いに対する雌のイヌビワコバチの反応を観察した。その結果、26匹中24匹が花嚢の匂いの方に移動し、イヌビワコバチは寄主であるイヌビワの花嚢から発せられる揮発性物質に対して選好性を示すことが明らかになった(二項検定 P<0.01)。今後は、同様の実験を行い、イチジクコバチが花の匂いで寄主植物と非寄主植物を識別できるかどうかを調べることで、寄主特異性維持における花の匂いの役割と重要性を探っていく。

 

 

3)沖縄県石垣島に生育する5種のイチジク属植物の花の匂いの比較

 本研究では、オオバイヌビワ (Ficus septica) とそれに比較的近縁で同所的に生育するアカメイヌビワ(F. bengutensis)とギランイヌビワ(F. variegata)、さらに系統的に離れてはいるものの同所的に生育するハマイヌビワ(F. virgata) とイヌビワの合計5種を対象に花の匂いを捕集 (ヘッドスペース法)し、ガスクロマトグラフ質量分析計で分析した。その結果、どの種も主にテルペノイドを主成分とした匂いを持ち、それぞれの種に共通する物質が存在する一方、種に特異的な物質が少なくとも1つ以上存在することが明らかになった。また、それぞれの種の花の匂いが種に特異的かどうかを明らかにするため、花の匂いの組成を元にサンプル間の非類似度(Bray-curtis Index)を算出し、散布図を作成した結果、イヌビワとギラン、イヌビワとアカメの間では匂いのオーバーラップが見られるものの、その他の種間について花の匂いが異なることが明らかになった。特に、しばしば隣り合って生育し、近縁な関係にあるアカメイヌビワとオオバイヌビワでは匂いが異なることが示され、イチジクコバチが寄主を認識する際のシグナルとなる可能性を示唆している。今後は上記5種間での匂いの組成の比較を行い、寄主特異性に関わる物質の探索を行う予定である。

 

 

4)台湾に生育する5種のイチジク属植物の花の匂いの比較

 本研究では台湾に生育する5種のイチジク属植物に注目して研究を行った。 具体的には、前述の(3)でも対象にしたアカメイヌビワとオオバイヌビワの2種と、近縁なイヌビワ、F. tannoensis、F. vaccinioidesの3種を対象に花の匂いの捕集と分析を行った。後者の3種は、形態的には明確に区別できるものの、葉緑体DNAや核遺伝子を用いた分子系統解析では極めて近縁であることが判明している(上記(1)を参照)。ところが、花の匂いの分析の結果、それらは明確に区別できることが明らかになった。これは、極めて近縁なイチジク属植物でも、全く異なる花の匂いを用いて種に特異的なイチジクコバチとのパートナーシップを成立させていることを示唆している。今後はそれぞれの花の匂いを特徴づける揮発性物質と、イチジクコバチを用いた行動実験を行うことで、極めて近縁なイチジク属植物がどのようにして種特異的な関係を維持しているかの解明を目指す。

 

おわりに

 イチジク属とイチジクコバチとの共進化と共種分化機構を解明するためには、これまで主として分子系統解析と集団遺伝学的解析の手法を用いて行ってきた。両者の間に、同調的な種分化が示される一方、一致しない結果も見られた。これらの解析に加え、昨年度から花の匂い物質の解析も行ってきた。本年度の結果からも分かるように、遺伝的に極めて近縁な種類の間でも、花の匂いの違いは明白であった。この結果は花匂いの違いがイチジク属植物の種分化をもたらす大きな要因の1つであることを強く示唆している。今後はさらに種間、種内の花の匂い物質の組成解析、コバチに対する特異的な成分の同定などを行い、花の匂いの違いと種分化がどう関わっているのかを解明していきたい。

 

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