年度別活動報告

年度別活動報告書:2009年度

分子系統から生物進化を探る 3-2. 昆虫類をはじめとする節足動物の系統解析

蘇 智慧(主任研究員) 楠見淳子(奨励研究員)

佐々木綾子、尾川武史(研究補助員) 石渡啓介、宮澤秀幸、上田千晶、長久保麻子、坂内和洋(大阪大学大学院生)

 

はじめに

 現生の節足動物は、分類上節足動物門に属し、記載されている種数においては動物界最大の分類群であり、鋏角亜門 (Chelicerata)、多足亜門 (Myriapoda)、甲殻亜門 (Crustacea)、六脚亜門 (Hexapoda) の4つの亜門に分類される。この節足動物門に属する生物は、地球上の至る所に分布しており、人類にとって身近なものも多い。しかし、節足動物門内の系統関係は未だ明確になっていない点が多い。従来、鋏角類は節足動物門の中で祖先的な位置にあり、六脚類は多足類と近縁であると考えられていたが、最近の分子系統解析により、六脚類は多足類ではなく甲殻類と近縁であることが明らかになった。さらに、ミトコンドリア遺伝子を用いた研究では、無翅昆虫の内顎類(カマアシムシ目+トビムシ目+コムシ目)は甲殻類よりも以前に分岐した可能性が示唆され、六脚類の単系統性にも疑問がもたれた。しかし、これまでの我々の研究結果では六脚類が単系統である可能性が非常に高いことが判明した。一方、鋏角亜門と多足亜門の節足動物門内での系統的位置については、多くの研究が行われてきたが、意見の一致が得られていない。特に各亜門における「綱」間の系統関係が混乱しており、明確になっていない5-8)。また、六脚類内部の「目」間の系統関係についてもまだ不明なところが多い。しかし、地球上においてもっとも多様化している昆虫類を始め、節足動物の進化を理解するためには、これらの生物群の系統関係を明らかにするのが基礎であり、極めて重要である。昆虫類を始め、節足動物の系統関係について、これまで多くの研究が行われてきたにもかかわらず、なぜなかなか解明できないのか? これまでの解析において使用していた分子情報の不適切性と情報量の不足がもっとも大きな原因であると考えられる。そこで、我々は六脚類或いは節足動物全体の系統解析に適切であると思われる核ゲノム上のタンパクをコードしている多数の遺伝子を比較して、昆虫類をはじめとする節足動物の系統進化の解明を試みている。今年度は主として、鋏角類と有翅昆虫における新翅類の系統解析、それから、ミトコンドリア遺伝子による鞘翅目(甲虫目)のゴマダラカミキリの系統解析の結果について報告する。

 

結果と考察

1)鋏角類の系統関係

 鋏角亜門内には、現生のものとしてウミグモ綱 (Pycnogonida)、カブトガニ綱 (Xiphosura)、クモ綱 (Arachnida) の3綱が含まれるとされるが、ウミグモ綱を鋏角亜門に含めないとする説もある。本研究は鋏角亜門内の各綱間の系統関係、特にウミグモの系統的位置を明らかにすることを目的とした。系統解析には、核DNAにコードされた3種のタンパク質遺伝子RNA polymerase II largest subunit(RPB1),RNApolymerase II secondlargest subunit (RPB2) とDNA polymerase δ catalytic subunit (DPD1)の分子情報を用いた。解析方法として、まず生きた状態のサンプルからTotal RNAを抽出し、逆転写によりcDNAを得た。そのcDNAを鋳型としてPCR法にて目的遺伝子の増幅を行った。その後、目的遺伝子の塩基配列を決定し、アミノ酸配列に翻訳した後、近隣結合法や最尤法にて系統解析を行った。
 その結果、ウミグモ綱は鋏角亜門内に収まり、カブトガニ綱、クモ綱と比較して祖先的な位置にあることが分かった。また、クモ綱内ではオオヒメグモとウデムシが近縁であり、クモ亜綱という分類群が支持されたが、クロアシマダニとザトウムシがクラスターを形成せず、ダニ亜綱の単系統性が支持されなかった。本研究の結果から、ウミグモ目は現生の他の節足動物全てと姉妹群を成すという従来の説の1つとは異なり、真鋏角類(カブトガニ綱+クモ綱)と姉妹群関係となる鋏角類の1目とするのが適切であると考えられる。

 

 

2)有翅昆虫における新翅類の系統関係

 昆虫類(六脚類 Hexapoda)は、無翅昆虫類と有翅昆虫類とに大きく分けられる。無翅昆虫類は5目(カマアシムシ目、トビムシ目、コムシ目、イシノミ目、シミ目)、有翅昆虫類は28目を含んでいる。しかし、形態学による分類では、カマアシムシ目、トビムシ目とコムシ目は内顎類、イシノミ目/シミ目とすべての有翅昆虫は外顎類とされている。さらに有翅昆虫は旧翅類(カゲロウ目とトンボ目)と新翅類に分類され、また新翅類は多新翅類(11目)、準新翅類(4目)と完全変態類(11目)の3グループに分けられている。我々は上記で述べた3つの核タンパク遺伝子 (RPB1, RPB2とDPD1) を用いて、これら六脚類の各目間の系統関係の解明を試みている。有翅昆虫類においては、昨年度までにジュズヒゲムシ目とカカトアルキ目の2目を除いた26目の系統関係の解析を行っていたところ、 多新翅類の単系統性や完全変態類の目間の関係を明らかにすることができた。多新翅類に属するジュズヒゲムシ目とカカトアルキ目は日本に分布しておらず、これまでサンプルの入手が困難だったが、今年度は共同研究者を介して材料を手に入れることに成功した。そこで、本年度は外顎類30目すべてを含めた系統解析を行った。その結果、この2目を加えても多新翅類が単系統群となることが強く支持され、これまでの我々の結果と一致した。また、カカトアルキ目はガロアムシ目と姉妹群になることも強く支持された(図7)。

図7 DPD1+RPB1+RPB2 3521aa による新翅類の系統樹(ML-r-F α=0.15 RAxML WAG-CAT-F)、枝上にある数値はその枝の信頼度を表している

 

 

3)ミトコンドリアCOI遺伝子によるゴマダラカミキリ属とその近縁種の系統解析

 本研究は愛媛大学農学部環境昆虫学研究室との共同研究である。ゴマダラカミキリ属 (Anoplophora) は鞘翅目(甲虫目)、カミキリムシ科 (Cerambycidae) に属する一群で、東洋区を中心にニューギニアや中国から日本まで広く分布し、約40種が知られている。日本には南西諸島を中心に5種が分布しており、そのうちの1種(ゴマダラカミキリ A. malasiaca)が北海道まで分布を拡大している。また、小笠原諸島にはオガサワラゴマガラカミキリ (A. ogasawaraensis) 固有種がいる。本研究の目的は、(1)ゴマダラカミキリの日本列島への進入・拡大ルートを明らかにすることと、(2)より客観的な分類体系を確立することである。そこで、我々は日本とその周辺地域(中国、台湾、韓国、ベトナム、ラオス)からゴマダラカミキリ属13種、ヨコヤマヒゲナガカミキリ属 (Dolichoprosopus) 2種、ヒゲナガカミキリ属 (Monochamus)、Calloplophora 属と Pseudonemophas属、それぞれ1種、合計114個体のCOI遺伝子の解析を行い、それらの系統関係を調べた。
 その結果、ゴマダラカミキリ属、ヨコヤマヒゲナガカミキリ属とヒゲナガカミキリ属の3属は1つのグループを形成し、Calloplophora 属と Pseudonemophas属はこれら3属と大きく離れていることが分かった。また、3属で形成したグループはさらに6つの系統に放散分岐し、そのうちの4つの系統はすべてゴマダラカミキリ属の種で形成されているが、残りの2つの系統のうち、1つはヨコヤマヒゲナガカミキリ属の2種で形成し、もう1つはゴマダラカミキリ属とヒゲナガカミキリ属の種が混合して形成することが判明した。つまり、ゴマダラカミキリ属は単系統ではなく、別属の種により近縁な系統も含め複数の系統を有していることが分かった。これらの結果から、ゴマダラカミキリ属、ヨコヤマヒゲナガカミキリ属とヒゲナガカミキリ属の3属に関して、分類の再検討をする必要があることを示唆された。今後、形態的な検討を加え、これら3属を1つの属にまとめるか、ゴマダラカミキリ属を複数の属に分割するか、というのが適当であると考えられる。ただし、ヒゲナガカミキリ属はアフリカに98種、アジアおよびユーラシアに59種、北米に8種が分布する大きな属で、日本にも10種がいるので、最終的な結論をするにはサンプルを増やした、更なる解析が必要である。
 ヨコヤマヒゲナガカミキリ属の2種(D. yokoyamaiとD. sameshimai)は形態的に似ているが、寄主植物が異なっており、前者はブナ属で、後者はマテバシイ属である。今回の解析によって両種間の遺伝的変異が確認された。この結果に、D. sameshimaiの分布域が九州南端部に限られていることも考慮して、この種は寄主植物(或いは食性)の転換によって、D. yokoyamaiから分かれ、種分化したものであると考えられる。
 日本産ゴマダラカミキリ属の種を含む系統の詳細な系統関係を調べたところ、この系統は2つの亜系統に分かれることが判明した。そのうちの1つにはベトナム、中国、韓国と日本の本州産のものが含まれ、もう1つは台湾と日本の南西諸島産のものを含んでいた。また、2つの亜系統はそれぞれさらに複数の地域グループに分岐していることが分かった。これらの結果から、日本産ゴマダラカミキリ属は、ベトナムなど南の地域から中国大陸に北上したものが中国の東部(或いは北東部)から朝鮮半島を経由して進入したもの(北ルート経由)と、台湾から南西諸島に進入したもの(南ルート経由)によって構成されていることが考えられる。また、系統樹の結果からはどちらのルートからも複数回の進入があったと思われ、さらに北ルートから進入したものが南下して奄美大島と沖縄本島で交雑が起きていることも示唆された9)

 

おわりに

 本研究の結果により、ウミグモ綱は鋏角類内で、最も祖先的な位置にあることが確認されたが、多足類を含む他の節足動物全体の姉妹群ではないことが示唆された。今後、主として多足類の材料を増やして鋏角類と多足類の単系統性と「綱」ないし「目」間の関係を解明し、節足動物の進化を探りたい。一方、六脚類の起源と系統進化において、今年度はジュズヒゲムシ目とカカトアルキ目の材料を入手し、外顎類30目すべてを含む解析を行い、多新翅類の単系統性を強く支持する結果が得られた。今後は、有翅昆虫類の多新翅類と準新翅類内部の系統関係、それから、無翅昆虫類の目間の関係を解明するために、更なる分子情報を加え、研究を進めていきたい。

 

 

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