1. トップ
  2. 研究
  3. これまでのラボ・研究
  4. 【収斂進化1:カニの王者タラバガニはカニのそら似】

宮田 隆の進化の話

最新の研究やそれに関わる人々の話を交えて、生きものの進化に迫ります。

バックナンバー

【収斂進化1:カニの王者タラバガニはカニのそら似】

2005年2月1日

宮田 隆顧問
 多様性は生物の大きな特徴の一つで、多様性の一つの目安として種の数で計ってみると数千万種から一億種に達するほどの驚異的な数になる。こうした膨大な種も一つの共通の祖先に由来するというのが現代進化学の認識である。種が増殖することを最初に認識したのはダーウィンであった。ガラパゴスの三つの島で採取したマネシツグミは三つの異なった固有種であることを鳥類学者のジョン・グールドから指摘を受けたダーウィンは、これら三種のマネシツグミは南米大陸のマネシツグミの一種とよく似ており、それに由来したと正しく理解した。この事実からダーウィンは、共通の祖先から枝分かれ(Divergence)によって種が増殖すると考えた。またダーウィンは、生物の進化が枝分かれを繰り返す樹で表現できることを初めて認識した。これは画期的なことで、当時は種は増加せず、例えばラマルクは、生物進化をおのおのの種が時間とともに変化していく直線的な系列として表現していた。
 姉妹種がよく似ているのは互いに共通の祖先種から由来したからである。ところで「他人のそら似」という言葉がある。進化にもこれと似た現象が知られている。収斂現象である(よく似た現象として平行現象というのがあるが、両者には本質的差がないのでここでは区別しないことにする)。起源の異なる生物に由来する器官や形態が進化の結果互いに似てくる現象を収斂進化(Convergence)と呼んでいる。有名な例は、有袋類と有胎盤類との間に見られる形態的類似性である。また、翼竜、鳥類、コウモリの翼は互いに起源の異なる爬虫類やほ乳類の前肢から独立に進化したもので、収斂進化の例としてしばしば引用される。
 起源となった生物の近縁度にもよるが、異なる生物から独立に変異を蓄積して似たような形態や器官を進化させるのは一見難しそうに思えるが、そうした直感に反して収斂現象が驚くほど頻繁に観察される。古生物学の大御所ジョージ・ゲイロード・シンプソンは進化における著しい特徴である「便宜主義」(Opportunism)が収斂進化にもしばしば見られることを述べている。生物の進化では新しい形態や器官を一から作り替えることはせず、あらゆる機会を捉えて手近にある材料に働きかけ、それを利用することで器官や形態を発展させてきた。便宜主義が働くと生物は速やかに形態や器官に関する問題を解決することができるであろうが、その反面機能的にはむしろ不完全なものになるのはやむを得ないことなのであろう。
 鳥の祖先は空を飛ぶという「問題」を解決するために、手近にある前肢を利用して翼を発達させたが、コウモリの祖先も同じ問題を同様の便宜主義で解決し、よく似た翼を獲得することに成功している。両者の共通の「問題」は飛ぶという点で、その解決にどちらもたまさか前肢を利用したことでよく似た形が進化したのであろう。似ているのはそこまでで、それ以外は爬虫類とほ乳類の特徴をいぜん残している。陸上を歩いていたクジラの祖先は、水中を泳ぐという「問題」を解決するために体全体を魚によく似た形に変えたが、ほ乳類としての特徴は決して変えていない。
 収斂進化の典型的な例を紹介しよう。ここで紹介する例については最近、このシリーズではおなじみの、生物が過去に辿った進化の道筋を分子で再現する「分子系統学」から収斂進化を強支持する証拠が得られている。タラバガニは英名キング・クラブと呼ばれているように、体のサイズから見ても、また味からいってもカニの王者にふさわしい。奇妙なことに、タラバガニは分類学上エビ目(十脚類)ヤドカリ下目(異尾類)に属していて、カニ下目(短尾類)に属していない。ヤドカリは英名ハーミット・クラブという。ハーミットとは隠者の意味で、名は良く体を表しているが、タラバガニはどう見ても立派すぎるカニであって、カニ下目(短尾類;普通のカニの仲間)に分類されずに、似てもにつかない、貧相なヤドカリのグループに分類されていることがどうにも納得がいかないということは誰しも感じることであろう。
 分類学者がタラバガニをヤドカリのグループに分類したにはわけがある。タラバガニにはヤドカリによく似た曲がった腹が付いている。ただしとても小さく裏側にしまい込まれている。これは普通のカニには見られない。また、両者は成体では形が著しく違うが、幼生はとてもよく似ている。もう一つ、両者に共通するがほかのカニには見られない形質として、5対ある脚のうち、極端に短いものが一対ある点があげられる。この分類は本当なのだろうか?
 C.W.カニンガム、N.W.ブラックストーンとL.W.バスはこの疑問に答えるために、リボソームRNAを使ってタラバガニを含めたヤドカリのグループの分子系統樹を推定した。その結果、驚くことに、タラバガニがヤドカリの一つ、ホンヤドカリのグループから比較的最近進化したことが明らかになった(図1)。つまりタラバガニはヤドカリの一系統で、形態がカニのグループに酷似しているのは収斂進化の結果ということになる。形態の著しい相違にもかかわらず、タラバガニを正しくヤドカリの一員として位置づけた分類学者の眼力はさすがである。この論文は英国のネイチャー誌の表紙を飾ったが、「隠者から王者」という一文が印象的であった。
図1:18SリボソームRNAに基づくヤドカリの分子系統樹
※ホンヤドカリの一系統から形態がカニに酷似したタラバガニが分岐していることに注意。
 タラバガニのように、ヤドカリのある祖先から形態がカニに似たヤドカリの系統が進化することを「カニ化」と呼んでいる。カニ化は外形が大きく変わった収斂進化である。ところで、ヤドカリではしばしばカニ化が起こることが昔から知られていた。カニンガムらはヤドカリの分子系統解析をさらに押し進め、カニ化が頻繁に起きていたことを分子で確認した。普通のカニの仲間は大きなグループを作って短尾類(カニ下目)として、ヤドカリの異尾類(ヤドカリ下目)とは独立したグループに分類されているが、かつてはカニ化によって派生したヤドカリの一系統で、その後大きなグループに発達したのではないだろうか?現在解析中である(今回の公開までには間に合わなかったが、結果が出次第、本文に付け加えておく)。
 ところで、カニ、ヤドカリ、エビの仲間は互いに系統的に近縁な関係にあるのだが、ヤドカリでは「カニ化」という言葉はあるが、「エビ化」という言葉がないのはなぜだろうか?図鑑など見ていると、確かにエビによく似たヤドカリもあるようだ。ヤドカリの腹はエビの腹と比べると貧弱で、左右どちらかに曲がっている。カニの腹は痕跡程度に残っているだけである。ヤドカリの腹は貝に挿入する以外に取り立てて大きな役割はなさそうだ。他方、エビの腹は立派で、遊泳の際の推進力として立派な機能を持っている。腹の主要な機能をなくしたヤドカリにとって、腹の機能を復活させるエビ化よりも、機能をさらに喪失するカニ化の方がずっと起き易いからではないだろうか。
−次回に続く−


[宮田 隆]

宮田 隆の進化の話 最新号へ