宮田 隆
宮田 隆の進化の話
最新の研究やそれに関わる人々の話を交えて、
生きものの進化に迫ります。
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【カンブリア爆発と遺伝子の多様性】
2004年8月1日
宮田 隆顧問
 この地球上には数千万種を数える多様な生物が棲息しているといわれています。多様性はだれもが関心を寄せる生物の大きな特徴の一つです。現在、私は生物多様性の分子機構に興味を持って研究を進めております。ひと口に、生物多様性の分子機構といっても問題が漠然としていますが、たとえば、「生物の進化に伴って、遺伝子の多様化はどう進んだか」という問いには具体的に答えられそうです。これは生物進化と分子進化の関連についての問題で、分子進化学の古くて新しいテーマなのです。
 今からおよそ10億年前、単細胞の真核生物は多細胞の動物へと進化しました。この頃の動物は多細胞といっても細胞の種類はわずかで、現在のカイメンのような原始的な動物だったと思われます。以来われわれヒトをはじめとしてさまざまな多細胞動物が進化しましたが、その過程で多細胞動物に特有の遺伝子が進化したと考えられています。例えば、細胞間で情報を伝達したり形態形成に関わる遺伝子などがそれです。では、そのような遺伝子はいつ、どのように多様化したのでしょう?
 化石の研究から、およそ6億年前、デザインの斬新さではどの時代の生物にもひけを取らない様々な形をした動物たちが突如出現し、現在の主要な動物門が形作られたと言われています。このことをカンブリア爆発と呼んでいます。まさにこの時期に、形態の爆発的多様化に呼応して、新しい機能を持った遺伝子が一斉に作られたのではないか。私たちはその考えを検証するため、原始的なカイメンをはじめ、現存するさまざまな動物から細胞間シグナル伝達や形態形成に関与する遺伝子を取り出し、分子系統学的解析を行ってみました。すると、当初の予想とずいぶん違った結果になりました。カンブリア爆発当時、新しい機能を持つ遺伝子はほとんど作られていませんでした。それよりはるか以前、菌類や植物の祖先から動物の系統が分かれた直後に、多細胞動物特有の遺伝子が一斉に作られ、1億年足らずで現在の多細胞動物にみられる多様な基本的遺伝子の創造が完了してしまったようです。細胞間接着も細胞間協調もほとんど見られないと言われているカイメンの祖先が、哺乳類が持つ基本的遺伝子のセットをすでに持っていたのです。もっとも、カイメンの長い進化の過程で、その幾つかは欠失した可能性はありますが。
 最近、多細胞動物に最も近縁とされている単細胞原生生物の立襟鞭毛虫を培養し、いくつかの遺伝子の単離を試みました。驚いたことに、多細胞動物になって作られたと信じられていた、チロシンキナーゼ(PTK)のような細胞間情報伝達に関係する遺伝子の多様化は、動物と立襟鞭毛虫との分岐あたりあるいはそれ以前、すなわち単細胞の時代にすでに完了していたのです。われわれは、多細胞生物には多細胞独特の遺伝子があって、そうした遺伝子が多細胞らしさを形作っていると信じてきましたが、その考えはどうやら捨てなければならないようです。多細胞動物が持つ独特の細胞間情報伝達遺伝子や形態形成遺伝子の期限は単細胞の時代に遡ると思わねばならないようです。立襟鞭毛虫の全DNA塩基配列は、多細胞性の起源と進化を分子レベルで理解するための多くの情報を提供するでしょう。それにしても、PTKは立襟鞭毛虫で何をしているのでしょうか?その興味ある問題の解明に向けた研究も進められています。
 この遺伝子多様化パターンが示唆する最も重要な点は、遺伝子の爆発的多様化はカンブリア爆発の直接の引き金ではなかったということです。カンブリア爆発と遺伝子多様化との時間的ずれは、カンブリア爆発の分子機構を考える上で、新しい遺伝子を作るという「ハード」の視点ではなく、すでにある遺伝子をいかに利用してカンブリア爆発を達成したかという「ソフト」の視点が重要であるということを示唆しています。例えば、Pax6という形態形成遺伝子があります。この遺伝子は脊椎動物の発生の初期には神経管の腹側に発現し、発生が進んで器官形成時になると眼や鼻の形成を誘導します。さらに成体ではインスリンのα細胞の誘導に関係します。つまり一つの遺伝子がいろいろな目的で使われているのであって、目的に応じて別々の遺伝子を作ったのではないのです。
多細胞動物特有の遺伝子族メンバーの断片的多様化



[宮田 隆]
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