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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【ゲノムの見る夢】

2018年2月1日

平川 美夏

科学研究は技術の進歩に左右されます。一流の研究者は、流行に流されず、先を見越して技術に向き合う人だと思いますが、論文を賑わす技術につい手を伸ばしたくなるのも研究者らしさです。1980年代半ばにDNAクローニングが一般の研究室でも手がとどく技術になりました。雑誌をみても「何々遺伝子のクローニングと塩基配列」のような論文が目白押しで、ウチもウチもと研究室が競い合うように遺伝子探しを始めました。実は私もその隅っこに参戦し、活気のある遺伝子組み換え施設でヒトやマウスのDNAを組換えた大腸菌を増やしては、目的遺伝子の配列をもつプローブDNAを餌?に「遺伝子釣り」に励んでいました。

当時の人気のターゲットはガンの原因となるガン遺伝子の探索で、その遺伝子を培養細胞に入れてガン細胞になれば「当たり!」です。セルやサイエンスのような有名雑誌に掲載され、羨望の眼差しで見られるのです。仲間の学生たちもそれぞれが目当ての遺伝子を追って寝る間も惜しんで実験していました。しかし、遺伝子を見つけ塩基配列を決めても、どのような機能をもちどう働くかを知るのは難しく、面白いのが「当たれば」ラッキーというムードでした。

おそらくその状況を見かねてレナート・ダルベッコが、ヒトゲノム塩基配列を全決定するヒトゲノムプロジェクトを提案しました。細胞の基本を全体としてわかった上で、個別の現象を見ようとしたのです。この計画を聞いて、ゲノムについて考えていくうちに、「大腸菌を育てている場合ではない!これからはゲノムだ」と確信しました。ゲノムという視点こそが、何をしているのかもわからない遺伝子を追って、競争に勝つことが目的になっている状況を変えられるのではないかと切実に思ったのです。

日本のミスターゲノムと呼ばれた松原謙一先生が、ゲノム研究にはコンピュータが大事だとおっしゃるのを聞いて心は決まりました。ゲノムを切り口に生きものの物語を読み解く生命誌を提唱している中村桂子さんの言葉に心酔し、コンピュータを使ってゲノムの全体像をつくりたいと思いました。そうすることで、仲間たちの見つけた遺伝子が生き生きと動き出すのを想像して、胸が躍りました。誰もが自分の見つけた遺伝子の物語が語れる研究を夢見たのです。

そこから少しも変わっていないのに、少しも近づけていないのかもしれないと大いに反省して、今年こそはと決意の気持ちで認めました。ご指導ご支援どうぞお願いします。

[ 平川 美夏 ]

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