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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【ゲノムと30年と】

2016年3月1日

平川 美夏

季刊生命誌87号では、ヒトゲノムに注目しました。ヒトのゲノムの塩基配列を全て決めようというアイディアが生まれて約30年、ほぼ全容が見えたのが15年前、今や1人のゲノムが約1日で解析できる時代になりました。ヒトの何たるかをゲノムから読み取る研究はまだまだ途上ですが、がん組織の特徴を調べることや、新生児診断など実用は広がっています。

カードの表紙とWebジャーナルに、ヒトゲノムの内訳を示しました。配列としてどのような要素が、どんな比率で存在するかを円グラフにしたものです。ここではmRNAに「転写」される部分を遺伝子とし、転写の後にスプライシングで切り取られたり、タンパク質にならない配列が含まれます。その1つ反復配列のSINEは9%がmRNAに転写されますが、そのうちAluファミリーの配列が、細胞の核の構造維持に必要だという発見がありました。反復配列はゲノム中に何百万コピーもあり、それが遺伝子の中に入り込んだら遺伝子を壊してしまい、その生きものは滅んでしまっただろうと考えられていましたが、ゲノムの居場所である核を守っているというのです。配列だけではないゲノムの機能がだんだんと解き明かされている一例です。

さて、その反復配列のSINEの研究の第一人者といえば、88号のサイエンティストライブラリーに登場する岡田典弘先生です。実は、私の大学院の指導教官で、今も一緒に研究をすることもあり、頼もしい恩師です。ところが今回の取材の前日、胆嚢炎で緊急入院されたとの連絡が入り、お体は心配だし、取材の日程もどうなるかとハラハラでした。順調に退院なさったと聞き、安心して臨んだ取材の当日、新幹線の中で電話を受けると「悪化して今日は難しいかもしれない」というご連絡です。お聞きすると退院翌日、恩師の西村暹先生の文化功労者のお祝いで司会をつとめられたとおっしゃるのです。日頃お元気とはいえ、無茶ぶりに愕然としつつ、さてどうしようと、車窓の富士山にため息をつきました。

幸い予定より遅れましたが、取材は無事決行。つくばの国際科学振興財団に開設されたシーラカンス研究所のシーラカンスと笑顔のツーショットに収まりました。数々の発見をされたヒストリーを感慨深くお聞きしていると、頭の中で30年前に学生時代にお聞きした若き日の岡田先生の「おもしろいんだよ、ノーベル賞かもしれないねっ」とはずんだ声が響きました。これからまだまだ「おもしろいんだよ」にたくさん出逢われますように。

[ 平川 美夏 ]

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