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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【ゲノムはむずかしい】

2012年10月1日

平川美夏

先月ENCODE(The Encyclopedia of DNA Elements:DNA構成要素の百科事典)計画の論文発表がありました。米国が中心になってポストヒトゲノム解析として行われてきた研究の報告です。ヒトゲノム計画の結果、ヒトのゲノムを構成するDNAの塩基配列が決まり、そのうち蛋白質の構造に翻訳される遺伝子はわずか2パーセントと結論されました。そこで残り98パーセントになにがあるのか、それを調べるのがENCODE計画の目的です。今回の報告で80パーセントの配列に役割を与えることができたといいます。ゲノムのDNAのほとんどはRNAに転写され蛋白質に翻訳されるのではなく、いつどこでどれだけの蛋白質をつくるかの情報を担っていたことがわかったのです。蛋白質はそれぞれはたらきがあるので、その遺伝子配列は異なる生きものの間でもよく似ていて、入れ替える実験をしても平気なことがわかっています。遺伝子は生きものの間で同じとすると、それ以外のところにそれぞれの生きものらしさがあるのは当然と言えるでしょう。

生命誌には、「ゲノムを基本単位として考える」という発想がありますが、まさにこういうことです。ただこのゲノムということば、結構やっかいなのです。最初にゲノムということばを作ったウィンクラー博士と木原均博士は染色体の遺伝子のGeneと染色体のChromosomeを合わせてGenomeという言葉をつくり、種を決める遺伝情報の総体、種のもつ遺伝情報の最小セットとしてゲノムを定義しました。ヒトゲノムは常染色体1から22番までの1セットと性染色体XYというヒトの染色体全種類を指し、ヒトゲノムプロジェクトで配列決定したヒトゲノム約30億塩基というのはここに含まれるDNAです。実際はこのような組み合わせで染色体をもつ細胞は存在しませんので、遺伝情報の単位と言えます。

最近、ゲノムの言葉の定義が変わり始め、Geneにギリシア語の全体を指す接尾辞-omeをつけたものという解釈が広がっています。こうすると細胞の中にある遺伝子全部をゲノムという使い方も可能です。ただヒトの体の細胞にある染色体は常染色体が2セットと性染色体が2本なので、前述のゲノムとは異なります。遺伝情報の「総体」をどう考えるかで実体が変わってしまうのです。ENCODE計画ではヒト147種類の実際の細胞を調べました。遺伝子の活動を含めて遺伝情報とすると刻一刻ゲノムの状態は変わっているのかもしれません。ようやくゲノム百科事典の項目が集まり始めたところですが、ゲノムの示す全体像はますますむずかしくなっているようです。こういうこととも向き合いながらゲノムを考えるのも生命誌ではないかと考えています。

[ 平川美夏 ]

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