表現スタッフ日記
展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。
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【月下美人】
2003年9月15日
桑子朋子
 夏色のワンピースのよく似合う叔母が、月下美人を分けてくれた。「これだけ水に挿しておけば、今夜、咲くわよ。」と豪快に白いつぼみをもぎ取るので驚いた。月下美人はサボテンの仲間で、一年のうち一晩だけ、厚い葉肉の先に花を咲かせる。美人薄命というイメージを勝手に抱いていたが、実は、接ぎ木でどんどん増える頑強な種らしい。葉も茎も無い状態で咲いてくれるのかなあ、と私は疑ったが、今夜が「その時」だと叔母はにっこり笑った。月下美人に宿る自律リズムが勝つか、それとも冷房&蛍光灯の劣悪環境(我が家)が勝つか。ちっともロマンチックじゃない発想で気にしていると、九時頃、甘ったるい匂いと共に大仰な花がひらいた。「おほほほほ、そういうふうになっているのよ。なめないでちょうだい。」と大柄な美人に勝ち誇られたようで、なんだか情けない気分に・・・。
 8月23、24日、恒例のサマースクールで「サイエンスコミュニケーションで何かを伝えたい」と SICPセクターに集まってくれた皆さんとのディスカッションでも改めて感じたのが、知識や発見の集積だけではなく、そういうふうになっていることへの驚きや感動の大切さ。植物も、赤ん坊も、そういうふうになっているからこそ、時が満ちて、受精卵が分裂し、花開き、胎内から生まれてくる。お題は「クローンをテーマに展示をつくる」だったが、クローン人間の是非を倫理などでとやかく言う前に、生きものとしてそういうふうになっていることを、見つめ直して、そこから出発しようというところに落ち着いた(全員ではないけれど)。
 『その昔、なりたいと思えば人は動物になれたし動物も人になれた、みんな同じ魔法の言葉をしゃべり、口にだせばそれが起こった。世界はただ、そういうふうになっていた』、エスキモーに伝わるお話だ。科学にもきっと、そういうふうになっていることでストレートに伝わる魔法の言葉みたいな部分がある。じゃあ、それを展示で伝えるとなると、どうするのだろう・・・。こうやってうねうね考えるのは悪い癖だ。「くわこって頭で考えすぎなんだよね。私みたいに毛穴で考えないと!」とチーフの工藤さんに叱咤(?)される身としては、月下美人の気孔と毛穴を通じ合わせ、来年の夏には「おほほ、今夜がその時ね」と笑いたい。



[桑子朋子]
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