表現スタッフ日記
展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。
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【分裂】
2003年4月1日
北地直子
 私はずーっと誰かの細胞だったんだ!
 そう思うとちょっと不思議な気がしますね。でも、みんな元々は母親の卵細胞だったのであって、その卵細胞は祖母の卵細胞だったのであって…、自分になるはずの細胞をずっと遡って辿ることができるわけです。当たり前ですが、気が遠くなるようなすごい話ですね。そのうちヒトじゃなくなって、猿やら馬やら、蛇やら蛙やら、虫やら菌やら…いろんなものと一緒くたになって、ずんずん遡っていかねばなりません。新しい細胞、と普通に言葉で考えると、なんだか0歳の細胞がどこからともなく誕生するように感じてしまいますが、細胞は分裂によって増えるのですから、リセットされるとはいえ、ある意味分かれただけ。数えようによっては、私の細胞は(といいますか全ての細胞は)40億歳なのですね。
 3月のイベント「死と再生」の人形劇を見て、「死すべき体細胞と生き続ける生殖細胞」を改めて意識しながら、ある映像を思いだしました。
 それは私が小さい頃に頭の中に何度も勝手に浮かんでくる図で、白い正方形があって、それを半分にします。それをまた半分にします。それをまた半分にします。それをまた半分にします…と、しばらくやると小さくなりすぎて見えなくなるので、また最初くらいの大きさに拡大します。それをまた半分にします…と延々飽きるまで考えていたのですが、そうか、あれは細胞分裂だったのだな、と思ってみました。どこかの2分割が、体細胞と生殖細胞の分かれ道や、種の分かれ道となる。2分割の単純な営み、増えては減りしていく様子が、40億年も変わらず続いてきたのです。最初の正方形のなんという大きな可能性を秘めていることでしょう。
 今後の私の正方形分割妄想図には、それぞれにいちいち核ゲノムが加わることになりそうです。



[北地直子]
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