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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【年始のできごと】

北地直子
 いま自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます。(太宰治『人間失格』)
 実家に帰ると、片づけ嫌いの私の机の上はほぼ大学受験後のままの状態です。チャート式や赤本などが未だに並ぶ中、ふと高校の文集を手に取ると、私の短文が載っていて、その文頭にこの引用…。暗ーい?!
 お恥ずかしながら「命の星」というその文章は、農薬散布などを身近に目にする田舎で育った私が、『沈黙の春』や『複合汚染』を読み、悶々と高校生活を送っているがこうしちゃおれん!という心意気を述べようとしながら、次第に尻すぼみに「命についてのとりとめのない思い」を綴ったもので、ゲーテの格言なども下手に引用しつつ、全ては変わっていくけど時間は永遠かしら、一さいは過ぎて行きますものね…とかいうなんとも感傷的というか何というか。こんなの書いたっけ?と笑っていたのが、次第に穴があったら入りたい気分にさせられました。文章というのはよっぽど気をつけて書かねばならないと、今も表現スタッフ日記を書きながら恐ろしく思っております。

 さて、先日牧野植物園へ行き、牧野富太郎博士が少年時代、植物学を志すにあたり抱負とした15項目を知りました。10代後半の同時期に、こうも言うことが違うのか…と情けなくなる一方で、今の自分に対しての叱咤激励と受け取って、新年早々ポジティブな気持ちになった次第です。
 
                                         
1. 忍耐を要す (行き詰まっても耐え忍んで研究し続けること)
2. 精密を要す (いい加減で済ますことがないよう正確であることが必要)
3. 草木の博覧を要す (少ない材料で済まさず、多くを観察すること)
15. 造物主あるを信ずるなかれ (自然界の未だ分からないことを神の摂理と考えて済ますことにつながるので神様はいないと思うこと)
 
 また、植物図鑑を発行する際、牧野博士が入れた印刷の校正も展示されていたのですが、その細かいことといったら…。花びらのくま取りの影の具合、茎の立体感の修正などなど、文章にも図版にも、こんなに直すの!?というくらい赤が入っていました。しかもとても微妙な調整。印刷屋さん泣かせ、とも言われたようですが、誰が見てもその植物の特徴が間違いなく伝わるようにと、絵で、文で、本当に懸命なその精神に心を打たれました。



[北地直子]

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