進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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コミュニケーションと言語

2017年11月15日

前回、記憶の機能がいかに言語により高まったかについて私の考えを説明したが、駆け足だったので分かりにくかったかもしれない。そこで、図を使ってもう少し記憶と言語について説明してからコミュニケーションの問題に進むことにする。

私たちの脳への入力情報の7割以上が視覚からの入力であり、前回述べたが視覚表象の形成やその記憶は途方もなく複雑だ。ただ、作業記憶や長期記憶を形成するとき、より単純な情報と連合させることで、記憶を高めることができる。その最たる例が感情との連合で、おそらく言語を持たない動物の記憶の大半は感情と連合しているのではないだろうか(満開の花の思い出も、団子と連合している点で人間も同じだが)。この最も分かりやすい例が、メトロノームの音で、食べ物を連想させるパブロフの反射だ。同じことを、たまたま存在する簡単な表象と連合させることで記憶力を上げることができるが(mnemonicと呼んでいる)、都合の良い単純な連合相手はそうあるわけではない。この連合相手の機能を持つのが言語で、それ自身は情報量の少ない音の並びからなる単語を脳内で表象して連合の相手とすることで、複雑な情報の記憶を高めることができる。

言語を記憶のためのmnemonicな印(一種メモと考えればいい)と考えると、単語がそれに対応する対象の表象とリンクした途端、その表象は他の様々な表象が含まれた脳内ネットワークの中に組み込まれることになる。言語が存在する前から、りんごの表象は、ミカンやブドウの表象ともネットワークを作っており、さらには果物というカテゴリーの表象とも連合している。従って、単語の表象が実物の表象と連合した時から脳内の様々な表象のネットワーク内に言語も体系化されることになる(図1)。

とはいえ、りんごそのものの表象と、「りんご」という単語の表象は、ネットワークの中では、反射的に双方が想起されるほど密接に結びついている。これは音と実物の表象をリンクさせるパブロフの条件反射と同じで、この連合は手続き記憶成立に似た過程で形成されるのだろう。この結果、無意識にりんごという単語からりんごが浮かぶようになる(黄色の矢印)。さらに、果物は例えば食べると甘くて美味しいという感情に裏付けられた行為の記憶によってカテゴリー化されているだろう(赤い矢印)。すなわち、りんごの表象がリンクしている一連のアクションを表象するネットワークに単語もリンクすることになり、このアクションの表象が「私・食べる・りんご」といったプリミティブな文法の元になるように思える。


図1:メモ代わりの標識表象としての言語が脳内の表象のネットワークに組み込まれて、言語が成立する。言語としての統語は、それぞれの表象が属する様々なカテゴリーによって決まる。例えば、食べるという表象が最初から果物には属している。このような言語の構造のおかげで、新しい単語を学ぶとそれは実物についての表象を介して脳全体の表象ネットワークの中に位置付けられる。これが、私たちが急速に単語を覚えることのできる基盤だと私は思っている。

図1を見ながら繰り返すと、(文字のできる前の)言語とは、脳内に形成した重要な表象を覚えておくための単純なmnemonic表象として脳内ネットワークに形成される。脳内の複雑な表象と、単語というそれ自身音の並び以外の意味を持たない単純な表象(シンボル)が脳内で手続き記憶を通して実物の表象と結合した途端、単語は脳内表象のネットワークの中に組み込まれる。これにより、りんごという音からなる単語の表象は、実際のりんごの表象と結合することで、果物としてカテゴリー化され、果物以外のカテゴリーと比べて、様々な果物とより強く連合する。言い過ぎかもしれないが、一旦カテゴリー化されると文法に当たるものは頭の中で過去の行為の記憶として成立している。「りんご(かき、ぶどう、梨、メロン)、食べる、美味しい」というわけだ。これを普遍文法の原型と呼んでもいいが、実際には単語が対応するものや行為にリンクした私たちの行動様式で、子供が最初に話すほとんどの言葉の並び(統語)はこの行動様式を反映していると思う。

このように、生物の寿命が伸び、複雑な内容の記憶が要求されればされるほど、mnemonicな連合相手が必要になる。この要求が、いつどのように言語という解決手段を見出したのか、それが次の問題になるが、今述べたのは個人の記憶の問題で、言語が発生する前も何らかのmnemonicな表象を使っていたと思う。しかしそれが言語になるためには、個人レベルのmnemonicな表象を他の脳とも共有できるようになる必要がある。そしてこれを考えるためには、もう一つの言語の機能、コミュニケーションについて考える必要がある。

ほとんどの生物が、何らかのレベルでコミュニケーションを行っている。それら全てを網羅して考えると複雑になるので、コミュニケーションを同種の高等動物同士が体を接しないで行う情報のやり取りに限定して考えると、1)子孫を残すためにオスメスが行う生殖行動に向けたコミュニケーション(生殖行為自体とは異なる、例えば発情期を知らせるサイン)、2)個体間の階層性を示すためのコミュニケーション、3)そして縄張りを相手に知らせるコミュニケーション、を動物にとって個体間のコミュニケーションが必要な3種類の状況と考えることができる。このときコミュニケーションが成立するためには、こちらが伝えたい内容について自分自身で理解しているとともに、同じ理解を相手も共有する仕組みが必要だが、この3種類のコミュニケーションでは、本能的感情が共有する情報の中心にある。メーティングや階層性についてのコミュニケーションは、生殖本能や、生存本能に基づく感情により動かされた行動だが、あらゆる個体が本能として等しく持っている感情(=情報)であるがゆえにコミュニケーションが図りやすい。

3つの中で、縄張りは直接対面しない個体間のコミュニケーションで、本能に基づく行為だが、様々なマークが縄張りの主張に使われる点で一層言語に近い。哺乳動物の場合、多くの動物の縄張りは、尿や糞など匂いの強いものを場所場所に残すことで主張される。これは、匂いが強い本能的感情を誘導するからで、このおかげで標識の意味を共有できる。クマのように、木に傷をつけて視覚的な標識を縄張りの主張に用いる種もあるが、実際には引っ掻いた場所に自分の皮膚や毛を擦り付けて残していることから、視覚的なシンボルに頼るわけではなく、印の付いた場所に匂いを付けて感情を惹起していることがわかる。遠吠えのような音で縄張りを主張する場合は、さらに言語に近いが、出し手と受け手が共有するのは、結局競争本能に基づく感情と言える。

一方多くの鳥類では匂いではなく、聴覚や視覚に訴える縄張りの主張が行われる。わが国で有名なのは、モズの高鳴きで、越冬場所を決めるまで鳴き声で縄張りを主張し続ける。他にも、極楽鳥の仲間のように美しい色を見せてメスを呼んだり、あるいはパッフィングと呼ばれる行動で相手を威嚇するなど多様で、これがバードウォッチャーを楽しませる(図2)。鳥の場合、いずれも感情を基盤とした本能的な行動であることがわかる。


図2:鳥の縄張り主張のための、モズの高鳴き(左)と、Victoria's rifle birdのメーティング(左)。出典:Wikipedia

人間以外の哺乳動物と比べた時、鳥類には極めて複雑な音の並びを発することができる種類が多い。例えば、インコのモノマネからわかるように、鳥の中には様々な発声を学習することができ、その結果同じ種類でも場所によって鳴き方が異なるのを観察できる。しかし、その機能は生殖と縄張り、時に仲間に対する警告に限られており、共有する情報は本能的感情に限られる。しかし共有する情報が本能的感情だとしても、それに一つの表象を標識としてリンクさせる点で、形式としてはかなり言語に近い。(季刊生命誌70号では和多和宏さんによるキンカチョウの研究を紹介しています「小鳥がさえずるとき脳内では何が起こっている?」

縄張り主張よりさらに高度なコミュニケーションが必要になるのは、社会生活を営み個体間で協力しあう時のコミュニケーションだろう。狼などの肉食動物や、チンパンジーの狩りなどが有名だが、この時のコミュニケーション手段はどれほど複雑なのだろうか?

例えばオオカミの群れが協力する狩りを考えてみよう(図3)。これまでの観察により、狼は多様な鳴き声を出せることがわかっている。このため協力して狩りをするとき、声を使って複雑なコミュニケーションを取っているのではと思ってしまうが、最近の論文では、狼が協力しておこなう狩りの途中ではそれほど複雑なコミュニケーションを必要としていないことが明らかにされている(MacNulty DR, Tallian A, Stahler DR, Smith DW (2014) Influence of Group Size on the Success of Wolves Hunting Bison. PLOS ONE 9(11): e112884. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0112884)。すなわち、襲うという合図と、狩りに必要な自動的行動パターンを学習していることが重要で、狩りが一旦始まると個体間のコミュニケーションは必要ない。人間の争いでも修羅場になると、dog fightというようにコミュニケーション抜きで戦うのと同じだ。


図3:バイソンに立ち向かう狼の群れ:MacNulty DR, Tallian A, Stahler DR, Smith DW (2014) Influence of Group Size on the Success of Wolves Hunting Bison.
PLOS ONE 9(11): e112884. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0112884の図1を転載。大きな群れでハンティングするときには、連携なく単独でのアタックでバイソンを倒すことが観察されている。

協力する狩りの例として有名なもう一つの例は、チンパンジーの集団によるヒヒの狩りだ。有名なジェーン・グドールの『In the shadow of man』にも、それまで毛づくろいをしていた集団が、急に立ち上がってヒヒを襲う行動を見せることが描かれているが、チンパンジーの狩りについての最も詳しい研究はBoeschらのコートジボアール・タイ国立公園での研究だろう(Boesch and Bosche, Hunting behavior of wild chimpanzees in the Tai' National Park, American Journal of Physical Anthropology 78:547, 1989)。この論文によると、チンパンジーは実際の狩りより随分前から、胸をたたくドラミングやhootingと呼ばれる叫び声で狩りを始める合図を確認し、用意が出来たところで餌の声をキャッチすると、急に静かになって一定の距離を保って静かに獲物の方へと移動し、アタックすることが報告されている。さらに、タイ国立公園で観察されたグループでは、狩りの後獲物を奪い合うだけではなく、分け合うことも行われ、より高いレベルの協力関係が成立していると言える。さらには、追いかける役、行く手を遮る役などの分担も観察され、協力して狩りが行われており、獲物を食べる時の道具の使用も普通に観察される、知能的にも高度な集団と言える。しかし、狩り自体は、集団で狩りをするという意思の確認と、後は学習により身についた自発的な行動により行われていることから、役割分担といった複雑な関係を維持するために、コミュニケーションが存在しているのではないことがわかる。

以上のことから、集団の狩りは一見コミュニケーションが必要に思えるが、結局狼でも、チンパンジーでも、さらには私たちの先祖も、「ワー、オー」といった始まりの掛け声さえあればほとんどのことは済んでいたのではないだろうか。

図4:感情と意志の関係を、hootingの音で他の個体と共有できる。感情の伝達はコミュニケーションの原点。

ただ、感情を基盤としたコミュニケーションを侮るわけにはいかない。ゆっくり鑑賞した絵画の詳細を思い浮かべることの難しさについて前回強調したが、感情を伝える最も高度な伝達手段の音楽では、一度聞いた曲が気に入れば、プロでなくともそのフレーズを正確に思い出すことができる。このことは、感情がもともとコミュニケーションを図りやすい表象で、例えば「これから狩りをするぞ」といった行動の意思統一も、肉を食べたいという強い感情が簡単なhooting音と組み合わさるだけで、比較的簡単に共有できる(図4)。

一方、得られた獲物を餌の分配する行動は、より高いコミュニケーション能力が必要とされる。この行動には、全体の、あるいは他の個体のために、自分は諦めるという利他性が要求される。そこで、次回は利他性とコミュニケーションについて考えるところから始める。

[ 西川 伸一 ]

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