進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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意識と無意識

2017年4月3日

最初意識を夢遊病状態と覚醒状態を区別するものとして始めながら、最後はアメフラシにも意識があっていいなどと前回終わったので、混乱させたのではと反省している。

なぜこのような議論になったかを思い出してもらうと、私たちが普通感じている意識のような高次脳機能が関わる現象を、「脳に入力される情報から、それまでの経験をもとに形作ってきた神経系の自己を基準に、一部を選択する」ことと定義したことに起因する。もし意識が入力の選択過程だけなら、最も単純なアメフラシの神経系でも同過程は存在していい。

ただ忘れてはならないのが、選択の基準となる各動物の神経回路に表現されている自己は、単純な回路から複雑な回路まで、多種多様な点だ。神経回路として同じ原理を共有していても、その違いはアメフラシから人間まで途方もなく異なっている。当然、脳神経系が複雑になればなるほど、神経回路に表現された自己自体も複雑になり、それに基づく選択基準も多様かつ複雑になる。従って、脳内に入ってきた情報を自己を基準に選択するという点では同じでも、選択過程は質的、量的に大きく異なる。最初定義した狭い意味での意識はこの選択過程のほんの一部を代表する最も高次な過程に関わっている。

図1:意識を形成する脳内活動。自己の様々な回路に合わせて選択が起こり、選択された表象がまた自己の神経回路に統合される。

図1を使って説明しよう。私たちの脳は多くの情報に曝されているが、基本的には自己の生存に必要な情報だけを選択して他の情報を無視するフィルターを持っている(この傾向がすべての脳回路には備わっており、選択する行為自体を動機付けている)。このフィルタリングを受けた情報が脳内に新しい表象を作る過程が感覚として認識されることが意識だが、神経系の自己全体が反映されたフィルタリングが起こるレベルは多様で、同じ刺激に対しても、様々な表象が選択され、脳の異なる領域に新たな回路が生まれる。こうして選択された様々な表象は、既存のネットワークと統合され、短期的、長期的に脳ネットワークの書き換えが行われるが、最初に定義した意味での意識に上るのはその中のほんの一部になる。すなわち、ほとんどの選択過程は意識されることはない。

もう少し具体的に見てみよう。感覚神経は様々な刺激に反応できる。視細胞は光に、聴覚は有毛細胞への圧力、嗅覚はニオイ物質の嗅覚受容体への結合を神経興奮に転換する。この神経興奮は他の多くの神経興奮とともに統合され表象されるが、この表象は入力とは全く物理的関係を持たず、神経ネットワークの構造変化としてシンボル化されている。まずこの入力に対応する表象を形成する過程でフィルターが存在している。例えばそれぞれの感覚神経細胞レベルで感受できる刺激に限界が存在し、これがフィルターになる。分かりやすく言うと、どんなに頑張っても私たちには紫外線は見えない、また高ヘルツの音波を感じることもない(図2)。

図2:最も原始的なフィルター。それぞれの感覚神経の、刺激に対する閾値は最初のフィルターになる。当然意識されることはない。

次に、アメフラシの水管反射で、エラからの神経回路が、頭からの神経回路の刺激を受けると新たな回路を構成する例からわかるように、他の入力とネットワークが形成されることで、一つの入力だけでは生まれない新しい表象が生まれる。このような表象はしたがって、神経ネットワークの連合の仕方に変化が起こることでもフィルターされる(図3)。

図3:新しい神経回路の連絡路の形成もフィルターになる。

これは単純な回路の例だが、私たちのように複雑な脳になると、連合過程でのフィルターが常に行われていることがもっとはっきり見えてくる。例えば私たちは網膜に入る感覚を、目を動かす動眼神経の運動と統合させることで、空間内の物体を形として背景から区別し、物体の動きを追跡している。すなわち、一つの表象が少なくとも2種類の全く異なる入力を統合することで形成される。すなわちこの統合過程も表象を形成するまでに通過するフィルターと考えることができる。このフィルターの基準となる神経系の自己は遺伝、発生過程で決まるだけでなく、発達途上で経験を通してネットワークが書き換えられることで形成される。

この結果、外来刺激に対する異常な反応は、神経ネットワークの発生異常でも、生後の発達過程の回路形成過程の以上でも起こる。たとえば同じ顔の写真を見たとき、自閉症や統合失調症の患者さんたちが意識に上らせる表象が、普通の人とはずいぶん違っていることはよく知られている。以前私のブログで紹介したことがあるが(http://aasj.jp/news/watch/753)、てんかん発作の原因を確かめるために脳内に埋め込んだ電極を記録に使った研究から、健常児の扁桃体は通常目に強く反応するが、自閉症児は口に反応することがわかっている。すなわち、同じ像を見ても、フィルターされる表象は全く異なる。

このように脳が高次化するに従って、フィルターの基準となる神経の自己も多様化し、フィルターされた表象が書き換える神経ネットワークも多様化している。前回述べたように、人間のような複雑な脳を持つ生物の場合、これらの書き換えは狭い意味で意識される場合もあるし、意識されない(無意識)場合もあるが、行われていることはどちらも様々なレベルの神経的自己を基準にした表象の選択だ。したがって、脳の複雑さが一定レベルに達するまでは、すべての選択は、我々の言う「無意識」下に行われる。一方、特定のレベルを超えると、最初定義した狭い意味の意識過程としての選択が誕生することになる。実際、高度に発達した脳を持つ人間も、生まれてすぐは、入力の選択による表象の形成と新たな脳へ書き換えが起こるとはいえ、おそらく意識はまだ存在しない。例えば両眼競合は起こっても、どちらを選択したかを意識することはないだろう。しかし、成長するにつれ選択結果が意識できるようになる。このことからも、入力の選択による表象が、進化過程、発生過程、成長過程で起こる脳構造の変化に応じて起こり、その一部だけが意識されることがわかる。

ようやく問題が狭い意味での意識に戻ってきた。要するに、意識の基盤にある過程は、ほとんどの動物に存在する神経回路の基本的性質だ。そして、脳の発達があるレベルに達すると、意識が生まれる。ただ意識を可能にする脳機能についてはまだ定説はない。神経回路内での選択過程を認識できる意識に特化した新しい回路が出現したと考える研究者が存在する一方、意識は選択時の基準となる神経回路の複雑化の延長上にあり、意識だけのための特定の回路は存在しないと考える研究者もいる。おそらく現時点ではこの議論を脳科学的にこれ以上進めることは難しいと思う。この結果意識の問題は、もう少し現象論的レベルで議論されることになる。

実際、入力の選択についていえば、無意識下の選択、選択した結果の認識、意識による表象の選択などを、脳科学的メカニズムから離れて現象論的に考えることは現在も普通に行われている。このような様々な意識や無意識、あるいは基準としての様々なレベルの自己、表象選択の動機付けの問題を現象論的に考えた巨人がフロイトだ(図4)。

図4:フロイトのポートレート(出典:wikipedia)

フロイトは精神分析学の父としておそらく最も有名な精神医学者と言っていいだろう。科学者や医学だけでなく、彼は20世紀の哲学に大きな影響を与えた。彼の著作を読んだことがなくとも、彼の用語、「エゴとイド」「リビドー」などの言葉を知っている人は多いのではないだろうか。

彼の生涯はほぼカハールと一致しているが、おそらく彼の精神についての現象論を神経回路に当てはめて考えたことはなかっただろうと思う。しかし普通の人間の行動の傾向、あるいは様々な精神疾患の患者さんの異常な行動を、現象学的ではあっても共通の基盤から科学的に説明しようと努力した。そして、この共通基盤の重要な要素として、「イド、エゴ、スーパーエゴ(エゴイデアル)」、「無意識、前意識、意識」、そして「力動、リビドー」などの概念を提唱した。

これらの概念の詳しい説明は次回に回すが、「イド、エゴ、スーパーエゴ」の概念は、これまで議論した入力の選択基準になる神経回路の様々なレベルの自己に対応すると考えられるし、「無意識、前意識、意識」の概念は、入力選択後の表象が、脳回路を書き換える過程で意識の意味を考えるためのヒントを多く与えてくれる。そして、「力動、リビドー」は、これまで議論してこなかった疑問「意識を維持する力とは何か?意識、無意識を問わず選択、表象、統合に関わる神経回路を動かし、新しい神経系の自己を形成し続ける原動力とは何か?」を考えるための重要な示唆を与えてくれる。

次回は、フロイトが進めた私たちの精神についての現象論について解説して、意識と自己についての説明の最後にしたい。

[ 西川 伸一 ]

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